小悪党、転生~悪事を重ねてのし上がって大往生、これでいいやと思ったらなぜか周りが離してくれません

此寺 美津己

文字の大きさ
26 / 59
第三章 迷宮

第26話 異世界の妙薬

しおりを挟む
実戦経験について、よく勘違いされている事がある。
相手を攻撃する。
例えば、相手が闘う気があろうがなかろうが。
無造作にその頭に、斧を振り下ろせる。
そういう、覚悟もまあ、実戦経験ではあるのだが。

それだけで、「実戦」の「経験」を得たつもりになっているものは、自分自身がそうされる覚悟がつかないのだ。
具体的には、自らの痛みへの耐性である。

戦いの興奮のなかでは、紛れる痛みも、ひとたび、戦いが終われば、ヒシヒシと身を苛んでくる。それに耐えて、再び戦いに挑めるのが、実戦経験なのだ。

見たところ。
ティーンは、この部分でも及第点だった。

「あの煙は、仮死状態におかれた蜘蛛でさえ、逃げ惑うほどの効果があるんだ。」

サリアは、コートの裏の試験管をまた混ぜ合わせて、汚液にしか見えないドロっとした液体を作っていた。
ポケットに“収納”がかかっているのか、取り出した清潔な布のうえに、ティーンは寝かされている。

全身、傷だらけだった。
致命傷になるような深い傷は、ひとつもない。ただ、全身、ほぼくまなく、傷のないところは皆無だった。


■■■■■

サリアの作り出した煙を浴びた蜘蛛は、壁に偽装することをやめた。
それほど、高度な知能を持たされていない彼らは、明らかにパニックに陥っていた。
こちらを襲うわけでもない。
逃げるわけでもない。
ただ、ただ恐慌状態で、暴れ回っていた。

そこに、ぼくらは突っ込んだのだ。

こんなことにも多少のコツは、あるのだろう。
サリアは、ほとんど、無傷。
ぼくは、両手両足をけっこう、深く切り裂かれたが、動けなくなるほどではなかった。

問題は、ティーンであって、ぼくらの中では一番小柄だった彼女は、暴れまくる蜘蛛の群れから、脱出するのに、ほんの数秒だが、余分に時間が、かかったのだ。

ぼくは、ティーンを担ぐようにして、とにかくそこから離れた。
蜘蛛たちは、こちらを追ってくる様子はなかった。
ただ、ひたすらに荒ぶり、ごちゃごちゃと駆け回り、だが、それでもお互いを故意に攻撃することは、なさそうだった。

これが、サリアの作りだした煙の効用である。

なら、最初からこの煙を使えば?
出てくる魔物が、ギムリウスの眷属である蜘蛛ばかりの第一階層では、無敵ではないか。


■■■■

「そうはいかない。」
と、サリアは、ティーンの肩の傷口に、汚液を垂らした。
ティーンは、顔をしかめた(ちゃんと意識はある。)が、あれ?という顔して、サリアを見上げた。

「痛みが和らいでる!?」

「これで、傷口の洗浄、消毒、痛みを和らげ、治癒促進も兼ねているんだ。外傷には、万能薬だよ。」
サリアは、すばやく、しかし、丁寧な手つきで、傷薬をティーンに塗り込んでいった。

「すごいな。」
「どっちが?
さっきの煙、それともこの薬のこと?」
「両方だよ。」
「お褒めいただき、ありがとう。でもどっちにも限界はある。
煙のほうは、蜘蛛たちを不安がらせて、バニックを起こさせるけど、殺せるわけでも、大人しくさせるわけでもない。おまけに、蜘蛛にはなんのダメージにもならない癖に、人体への悪影響が大きくて、ね。」

確かにそうだ。

ほんの少し吸い込んだだけで、ぼくの喉は酷いことになっていた。

「こっちの薬は、わたしが元いたところのレシピを改良して、作ったものよ。あそこは、ここと違って、治癒魔法が発達しておなくてね。
少なくとも戦闘中に発動できるような治癒魔法は、なかった。」

「その煙と、この薬だけで、ひと財産のろうな気がするけど。」

あらかた薬を塗ってもらった、ティーンは、体を起こした。
胸を隠しながら、壁のほうをむいた。
背中は、擦過傷だけだったが、ほぼ全面にわたり、出血していた。
そこに、サリアは、手早く薬を塗り込んでいく。

「大量生産できるだけの人手がないんだ。」
サリアは、とりわけ酷いところには、傷口を布にひたしたものを貼り付け、ボロボロになった革鎧を着せてやる。

蜘蛛のダンスに巻き込まれたそれは、だいぶ軽量で露出の多いものになっていたが、なんとかまだ鎧の形態を保っていた。

「それに扱いが、難しいんだ。基本的の直前に2つ以上の薬をまぜることになる。そのときに分量を間違えると」
「かえって、症状が悪化する、と?」
「いや」

サリアは、顔の前で、握った拳を開いて見せた。

「ボン、だ。」
「ボンって」
「爆発するんだ。」

ティーンの指が、サリアの首を絞めあげた。

「そんなものをわたしに処方したのかっ!」
「いや、大したもんだよ、効き目は。」

ぼくは、なんとかティーンを、サリアから引き離した。

「浅い傷とはいえ、全身の皮膚をあれだけ失った直後に、ひとの首を絞める元気があるとは。」

ティーンは、しぶしぶ手を離した。
たしかに、薬が効いたのは分かったのだろう。

「ヒスイ、おまえは大丈夫なのか?
蜘蛛に踏まれかけたわたしを助けて、運んでくれたたろう。」
「これでも、魔法のほうはオールマイティでね。」

ぼくは、にっこりと笑って見せた。
むかし。
本当に若かったころは、これでコロリといった町娘もいたのだ。ジウルの作ってくれた義体は、当時の容貌そのままのはずなのだが、ティーンは、なにも感じないように、なら良かった、と、つぶやいて、サリアに向き直った。

「これで、どのくらい時間を短縮できたんだ?」
「ざっと、半日。あの蜘蛛たちは、半時間もすれば、もとの壁に戻るから、誰も通れはしない。通常のルートを通って、半日かけてここに来るしかない。」
「ああ……ここはどこなの?」
「そこの扉をあけると、第二階層に降りる階段ある……通常、“溶岩湖”と呼ばれる空間に出る。」


ティーンは、立ち上がった。
薬が効いているのは、間違いないはずだ。
痛み止め、そして治癒促進効果もある薬とのことだったが、失った血も、皮膚の欠損もそこまで、回復はしていない。

それでも、立ち上がるべきであったから、立ち上がったのだ。

「行こう、ヒスイ。せっかく稼いだ時間だ。有効に使おう。」
「まだ、追っ手が誰かは言っていなかったと思うが」
「想像はつく。グリシャム・バッハだろう。わたしたちが撒いた情報に、どのくらい食いついてどのくらい時間が稼げるのかは、わからないが、やつには、組織がついている。
グランダの街も魔道院も、やつらの命令に、抵抗することはできないだろうし、な。」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...