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第五章 迷宮ゲーム
第55話 女神の信徒
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イネアは、戦女神の神官である。
その行動は、単純、明確。
思ったことはすぐさま実行に移す。
人命救助などは、その最たるものだった。
イネアは、床に倒れたものたちに、駆け寄った。
生命力の著しい減少。外傷はないにも関わらず、呼吸、脈拍が弱まり、掘っておけば死を招く。
イネアは、すうと息を吸った。
倒れた男の首根っこを掴んで引き上げて、耳元に口を近づけた。
「気合いだっあっ!!」
ビクン、と男の身体が揺れた。
「気合いだ、気合いだ、気合いだ、気合い、気合い、気合い、きあいだああっ!!!」
ビクンビクンと、男の体は痙攣し、ゲホッゲホッと、咳き込むで、男は目を開けた。
「げっ…戦巫女のイネア。」
感謝どころか、いやそうである。
そう言えば、こいつは見たことがあった。
“銀狐”のひとりで、毒針をつかった嫌らしい戦い方をするやつだ。
イアンは、そいつを床に投げ捨てると、次の相手に向かう。
気合いだ、気合いだ!
鼓舞、というが、その言葉の通り、魂を奮い立たたせる。
ウリムは、呆れたようにそれを見ていた。
「イネア、それって」
「うむ。呪縛や上位存在に対峙したための自我の崩壊、生命力の減衰などに効果の高い戦女神の秘儀だ。」
「ちゃんとした儀式なんだな…」
最後のひとりは、かなり重症だった。
すでに、脈は感じられず、呼吸も止まっていた。
イネアは、彼のベルトを掴んで持ち上げた。
篭手に包まれた手で、その尻を引っぱたいた。
さらに耳元で叫ぶ。
「帰ったこーいっ!!」
げはっ。
黒い固まりが、口元から吐き出された。
死霊の陰気が、体内で固まったもほだが、これは死霊のせいではない。
ダメージをうけた精神が、死にたいと思うあまりに、体のなかで、「死」を醸成してしまうのだ。
バシッ、バシッ!
イネアの手が、男の尻を叩くたびに、口元から黒い固まりが零れた。
「それくらいで、いいのではないか?」
言われて、イネアははじめて、ハイベルクに気がついた。
「うむ、たしかにこのくらいでいいだろう。」
イネアは、掴んでいた男を投げ出した。
男は完全に気を失っていたが、これは死霊の影響ではない。
イネアのけつ叩きの衝撃のせいである。
「こんなところでなにをしている!!」
この問いは、三人の口から同時に発せられた。
イネアはハイベルクに。
ハイベルクは、イネアに。
そして、部屋の主である第五階層主オロアからは、ウリムに。
「アルディーン姫の捜索だ。」
ハイベルクは、答えた。
「わたしも、だ。」
イネアは、素直にそう答えた。
「ここは、二層のボス部屋だな? こいつを倒せば、三層にいけるのか?」
「ま、まて!」
ハイベルクが、あわててイネアを止めた。
「なぜかここのボスは、第五層のオロア老師が務めている。戦って戦える相手ではない。」
「大丈夫だ。わたしは神官だぞ。アンデットの類には特効をもっている。」
「おまえの攻撃は、物理的に殴ったり蹴ったりしか見たことがないのだが」
「大丈夫だ。物理的な攻撃の効きにくい相手にも、ちゃんと対処する。」
「ど、どうやって?」
「気合いをいれて、ぶん殴るんだ。」
ハイベルクは、助けを求めようと、オロアを振り返ったが、こちらはこちら出取り込み中だった。
「なにをしに来たのだ、ギ」
「やあ、わたしは迷宮ガイドのウリムだよ。はじめまして!」
オロアは、まじまじと小柄な少年を見つめた。
「わしがここにいるのもそもそも、おまえとラウルが」
「わたしの役目は、この戦女神の巫女を、アルディーンのとこに連れていくことなんだ。アルディーンは三層にいるんだよね?」
「アモンが戻るまでは、何人なりとも三層に入れるな、というのが、おまえとラウルからの依頼であったはずで」
「礼金を受け取ったんだ。戦女神神殿の金貨だよ。これって、すごく使い道があるよ、ね?」
オロアは、黙った。
「……うむ。たしかにそうだ。」
階層主は、うなずいた。
「戦女神神殿の力を借りることが、出来るのがこの金貨だ。地上の阿呆どもは、小競り合いに、戦巫女を傭兵替わりにするためにつかっているが、本来は、戦女神に願いを叶えるための対価。」
オロアのひとみの奥で、妖しい焔が燃え上がる。
「つまり、あのフィオリナに言うことを聞かせられることが出来るのが、その真の価値だ。いいものを手に入れたな、ギ」
「ウリム! わたしはガイドのウリムだってば。」
「ウリム。」
しぶしぶ、オロアは頷いた。
「しかし、なぜガイドをしているのだ?
“城”はどうした?」
「三十年法だよ、オロア。いまのあその城主は、アルセンドリック侯爵だ。」
「まあ、たしかに人材の厚さでは、“城”に勝る場所はないか。」
ウリムは、つかつかとオロアのそばに歩み寄った。
「というわけなので、三層にいかせてよ?」
「だから、そもそも三層への侵入をとめろと行ったのはおぬしとラウルなのだ。
訂正するなら、ラウルを連れてこい。」
対して、ウリムは、うん、わかった、といって、瞬時に姿を消した。
戻ってきたときには、その腕のなかに半の美女を抱いていた。
「な、なんだ! 入浴中だぞ!」
湯浴み着は、びっしょり濡れていて、全裸わりもたちの悪い代物だった。
「オロア! いったいなにが、それにギ」
「わたしは、迷宮ガイドのウリム。」
全員が、憐れむように。この可憐な生き物を見やった。
もう、無理だ。
やめてくれ。
イネアは、すっと、ウリムの前にひざまついた。
「恐れながら。偉大なる神獣に我が忠誠を捧げることを、お許しください。」
「なにを言ってるの。わたしは迷宮ガイドのウリムだよ!」
「わたしは、戦女神神殿のなかでも、“真なる戦女神”派に属するものでございます。」
イネアの表情は、敬虔な信徒が、至高の存在を目の当たりにしたときの、ものだった。
「“真なる女神”派では、戦女神以外の“踊る道化師”も神として崇めます。
大神獣ギムリウスさま。」
その行動は、単純、明確。
思ったことはすぐさま実行に移す。
人命救助などは、その最たるものだった。
イネアは、床に倒れたものたちに、駆け寄った。
生命力の著しい減少。外傷はないにも関わらず、呼吸、脈拍が弱まり、掘っておけば死を招く。
イネアは、すうと息を吸った。
倒れた男の首根っこを掴んで引き上げて、耳元に口を近づけた。
「気合いだっあっ!!」
ビクン、と男の身体が揺れた。
「気合いだ、気合いだ、気合いだ、気合い、気合い、気合い、きあいだああっ!!!」
ビクンビクンと、男の体は痙攣し、ゲホッゲホッと、咳き込むで、男は目を開けた。
「げっ…戦巫女のイネア。」
感謝どころか、いやそうである。
そう言えば、こいつは見たことがあった。
“銀狐”のひとりで、毒針をつかった嫌らしい戦い方をするやつだ。
イアンは、そいつを床に投げ捨てると、次の相手に向かう。
気合いだ、気合いだ!
鼓舞、というが、その言葉の通り、魂を奮い立たたせる。
ウリムは、呆れたようにそれを見ていた。
「イネア、それって」
「うむ。呪縛や上位存在に対峙したための自我の崩壊、生命力の減衰などに効果の高い戦女神の秘儀だ。」
「ちゃんとした儀式なんだな…」
最後のひとりは、かなり重症だった。
すでに、脈は感じられず、呼吸も止まっていた。
イネアは、彼のベルトを掴んで持ち上げた。
篭手に包まれた手で、その尻を引っぱたいた。
さらに耳元で叫ぶ。
「帰ったこーいっ!!」
げはっ。
黒い固まりが、口元から吐き出された。
死霊の陰気が、体内で固まったもほだが、これは死霊のせいではない。
ダメージをうけた精神が、死にたいと思うあまりに、体のなかで、「死」を醸成してしまうのだ。
バシッ、バシッ!
イネアの手が、男の尻を叩くたびに、口元から黒い固まりが零れた。
「それくらいで、いいのではないか?」
言われて、イネアははじめて、ハイベルクに気がついた。
「うむ、たしかにこのくらいでいいだろう。」
イネアは、掴んでいた男を投げ出した。
男は完全に気を失っていたが、これは死霊の影響ではない。
イネアのけつ叩きの衝撃のせいである。
「こんなところでなにをしている!!」
この問いは、三人の口から同時に発せられた。
イネアはハイベルクに。
ハイベルクは、イネアに。
そして、部屋の主である第五階層主オロアからは、ウリムに。
「アルディーン姫の捜索だ。」
ハイベルクは、答えた。
「わたしも、だ。」
イネアは、素直にそう答えた。
「ここは、二層のボス部屋だな? こいつを倒せば、三層にいけるのか?」
「ま、まて!」
ハイベルクが、あわててイネアを止めた。
「なぜかここのボスは、第五層のオロア老師が務めている。戦って戦える相手ではない。」
「大丈夫だ。わたしは神官だぞ。アンデットの類には特効をもっている。」
「おまえの攻撃は、物理的に殴ったり蹴ったりしか見たことがないのだが」
「大丈夫だ。物理的な攻撃の効きにくい相手にも、ちゃんと対処する。」
「ど、どうやって?」
「気合いをいれて、ぶん殴るんだ。」
ハイベルクは、助けを求めようと、オロアを振り返ったが、こちらはこちら出取り込み中だった。
「なにをしに来たのだ、ギ」
「やあ、わたしは迷宮ガイドのウリムだよ。はじめまして!」
オロアは、まじまじと小柄な少年を見つめた。
「わしがここにいるのもそもそも、おまえとラウルが」
「わたしの役目は、この戦女神の巫女を、アルディーンのとこに連れていくことなんだ。アルディーンは三層にいるんだよね?」
「アモンが戻るまでは、何人なりとも三層に入れるな、というのが、おまえとラウルからの依頼であったはずで」
「礼金を受け取ったんだ。戦女神神殿の金貨だよ。これって、すごく使い道があるよ、ね?」
オロアは、黙った。
「……うむ。たしかにそうだ。」
階層主は、うなずいた。
「戦女神神殿の力を借りることが、出来るのがこの金貨だ。地上の阿呆どもは、小競り合いに、戦巫女を傭兵替わりにするためにつかっているが、本来は、戦女神に願いを叶えるための対価。」
オロアのひとみの奥で、妖しい焔が燃え上がる。
「つまり、あのフィオリナに言うことを聞かせられることが出来るのが、その真の価値だ。いいものを手に入れたな、ギ」
「ウリム! わたしはガイドのウリムだってば。」
「ウリム。」
しぶしぶ、オロアは頷いた。
「しかし、なぜガイドをしているのだ?
“城”はどうした?」
「三十年法だよ、オロア。いまのあその城主は、アルセンドリック侯爵だ。」
「まあ、たしかに人材の厚さでは、“城”に勝る場所はないか。」
ウリムは、つかつかとオロアのそばに歩み寄った。
「というわけなので、三層にいかせてよ?」
「だから、そもそも三層への侵入をとめろと行ったのはおぬしとラウルなのだ。
訂正するなら、ラウルを連れてこい。」
対して、ウリムは、うん、わかった、といって、瞬時に姿を消した。
戻ってきたときには、その腕のなかに半の美女を抱いていた。
「な、なんだ! 入浴中だぞ!」
湯浴み着は、びっしょり濡れていて、全裸わりもたちの悪い代物だった。
「オロア! いったいなにが、それにギ」
「わたしは、迷宮ガイドのウリム。」
全員が、憐れむように。この可憐な生き物を見やった。
もう、無理だ。
やめてくれ。
イネアは、すっと、ウリムの前にひざまついた。
「恐れながら。偉大なる神獣に我が忠誠を捧げることを、お許しください。」
「なにを言ってるの。わたしは迷宮ガイドのウリムだよ!」
「わたしは、戦女神神殿のなかでも、“真なる戦女神”派に属するものでございます。」
イネアの表情は、敬虔な信徒が、至高の存在を目の当たりにしたときの、ものだった。
「“真なる女神”派では、戦女神以外の“踊る道化師”も神として崇めます。
大神獣ギムリウスさま。」
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