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第5話 アプセブ老師
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そう。
Sクラス冒険者ルドルフは、また吸血鬼でもあった。
のちの世では「爵位持ち」と呼ばれることになった、理性で吸血衝動を抑えることのできる吸血鬼。
人の世に交わり、人と共に暮らすことができる吸血鬼。
ルドルフを、アルセンドリック侯爵家の専属護衛として、雇い入れる際に、野心家でもあったルドルフは、侯爵家の娘を自分の妻に差し出すよう、要求したのだ。
当時のアルセンドリック侯爵家は、それを受け入れざるを得ない事情を抱えていたし、実際に、「うってつけ」の娘がひとりいた。
旅の途中にたまたま、アルセンドリック侯爵領を通りがかったとある吸血鬼の毒牙にかかり、地下牢に幽閉中の三女ミイナの存在である。
かくして、ミイナは、地下牢から数年ぶりに出され、吸血鬼の花嫁となったのだ。
もちろん、それは、普通の人間同士の契りとは全く異なる。
血を媒介にした、隷属契約に他ならなかったが。
吸血衝動の克復や日光への耐性など、いくつかの条件をクリアした吸血鬼は、一種の超人に他ならない。
人間をはるかに、凌駕する体力、魔力、驚異的な回復力、そして通常の「寿命」が存在しないなど、多くの長所を兼ね備えている。
だが、すすんで吸血鬼になろうもするものは皆無だった。
根本的に心に根付いた恐怖。闇夜に自分たちを捕食するものへの恐怖。
そして、最終的に、吸血衝動を抑えることができ、人に混じって暮らせるまでに、成長出来る吸血鬼は万に一つ、二つ。
誕生したばかりの吸血鬼は、おぞましいばかりの怪物であり、しかもかなり脆弱なものにすぎない。
「親」となった吸血鬼の保護下で無ければ、ひと月、生存し続けるのも困難であろう。そして、多くの場合、親吸血鬼は、理想的保護者とは言いかねた。
「なんで滅びないのと、言われても。」
ミイナは、変わり者の師匠の顔を覗き込んだ。
「なにしろ、わたし、ルドルフに従属すらしておりませんし。」
そう。
ルドルフとミイナは、理想的、とは行かぬまでも、政略結婚で嫁いだ夫婦くらいにはよくやっていた。
そして、少なくともルドルフは、(最初はともかく)ミイナを愛していた。
そして、吸血鬼の愛し方というものは・・・
言うまでない。
--------------------
新婚当初、ミイナは、血を吸われた。
毎晩のように、血を吸われた。
ミイナは、食事に精が付くように肉を増やし、体力をつけるために、アイシャに剣術を習い、いろいろと努力はしてみたが、とにかく、ルドルフの欲求が、酷かったので、三日に一度は、行為を拒否することにしたのだった。
「わ、わかった。」
怒るより、明らかに狼狽しながら、ミイナを覗き込むルドルフの目は、紅き光を放っていた。
「そのお腹をすかした目はやめなさい。」
と、ミイナは諭したものだった。
「おまえは、わたしのものだ。」
「その言葉は、愛情表現のひとつとしては、受け入れるわ。でも、わたしは自分の意志で動くしね。夜のことは双方の合意が大事なのよ。」
「・・・・・・」
そのときのルドルフの様子って言ったら!
まるで、怖いものでも見たように、よろよろっと後ろに下がって、寝室のソファに座り込んでしまったのだ。
--------------------
アプセブは、ミイナの首すじに、手を伸ばしてきた。
ミイナは、その手首を掴んで、アプセブ老師を捻り倒した。
「これじゃ! この怪力!」
まったくこのじじいには、学習能力がないのだろうか。立ち上がると今度は、唇に手をかけて、犬歯を確かめようとする。
「犬歯には目立った変化はなし。」
ほっぺたを腫らしたアプセブは、一行と同じテーブルに腰を降ろして、手帳を取り出して、あれこれとメモを付け始めた。
「なによりも、彼女は10年前は17に見えた。いまは、きちんと20台後半に見える。つまり、吸血鬼特有の不老効果がまったく、見られない。
食事はどうだ? 取れているのか?」
「少食、ではあるかもね。」
ミイナは、少しイライラしていた。
年相応に老けて見える、というのは、あまり、うれしくはない。
「師匠。わたしの身体のことはいいです。これから、アルセンドリック侯爵家について、セパスやアイシャといろいろと相談したいのです。いったん外してくれる気はないですか?」
「ふむ。」
いかにも知恵者らしいアプセブ老は、あごひげをしごいた。
「お主の考えてる事は、一応は分からんでもない。なにぶん、左前のアルセンドリック家じゃ。敵は敵であぶりだしておきたかったのは、わからいでもないが、予想以上に敵だらけのようじゃ。
なにしろ、Sクラス冒険者で吸血鬼のルドルフの威光でもっていたところだからのう。それがなくなるとなると・・・のう?」
アプセブ老は、事務所に入ってきた一団に、おおい、こっちじゃ、と手を振った。
先頭にたつのは、十代中半に見える、とんでもない、美少女だった。ショートボブにした理知的な顔立ちなのだが、身をつけているものは、恐ろしく扇情的であった。いや、身につけているもの、というより、身につけるべきものを身につけてい無さすぎるのだ。
むろん、彼女は、ミイナよりもだいぶ年上のはずだ。見かけが若いのは、強い魔力を持って生まれた人間特有の老化遅延が働いているのだろう。
アプセブ老師の弟子たち中でも選りすぐりの一人。Aクラス冒険者メイプル。
冒険者にも得手不得手があるとすればメイプルの得意は、魔物退治。特にあの吸血鬼とかいうやっかいな隣人を抹殺するのを得意としていた!
Sクラス冒険者ルドルフは、また吸血鬼でもあった。
のちの世では「爵位持ち」と呼ばれることになった、理性で吸血衝動を抑えることのできる吸血鬼。
人の世に交わり、人と共に暮らすことができる吸血鬼。
ルドルフを、アルセンドリック侯爵家の専属護衛として、雇い入れる際に、野心家でもあったルドルフは、侯爵家の娘を自分の妻に差し出すよう、要求したのだ。
当時のアルセンドリック侯爵家は、それを受け入れざるを得ない事情を抱えていたし、実際に、「うってつけ」の娘がひとりいた。
旅の途中にたまたま、アルセンドリック侯爵領を通りがかったとある吸血鬼の毒牙にかかり、地下牢に幽閉中の三女ミイナの存在である。
かくして、ミイナは、地下牢から数年ぶりに出され、吸血鬼の花嫁となったのだ。
もちろん、それは、普通の人間同士の契りとは全く異なる。
血を媒介にした、隷属契約に他ならなかったが。
吸血衝動の克復や日光への耐性など、いくつかの条件をクリアした吸血鬼は、一種の超人に他ならない。
人間をはるかに、凌駕する体力、魔力、驚異的な回復力、そして通常の「寿命」が存在しないなど、多くの長所を兼ね備えている。
だが、すすんで吸血鬼になろうもするものは皆無だった。
根本的に心に根付いた恐怖。闇夜に自分たちを捕食するものへの恐怖。
そして、最終的に、吸血衝動を抑えることができ、人に混じって暮らせるまでに、成長出来る吸血鬼は万に一つ、二つ。
誕生したばかりの吸血鬼は、おぞましいばかりの怪物であり、しかもかなり脆弱なものにすぎない。
「親」となった吸血鬼の保護下で無ければ、ひと月、生存し続けるのも困難であろう。そして、多くの場合、親吸血鬼は、理想的保護者とは言いかねた。
「なんで滅びないのと、言われても。」
ミイナは、変わり者の師匠の顔を覗き込んだ。
「なにしろ、わたし、ルドルフに従属すらしておりませんし。」
そう。
ルドルフとミイナは、理想的、とは行かぬまでも、政略結婚で嫁いだ夫婦くらいにはよくやっていた。
そして、少なくともルドルフは、(最初はともかく)ミイナを愛していた。
そして、吸血鬼の愛し方というものは・・・
言うまでない。
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新婚当初、ミイナは、血を吸われた。
毎晩のように、血を吸われた。
ミイナは、食事に精が付くように肉を増やし、体力をつけるために、アイシャに剣術を習い、いろいろと努力はしてみたが、とにかく、ルドルフの欲求が、酷かったので、三日に一度は、行為を拒否することにしたのだった。
「わ、わかった。」
怒るより、明らかに狼狽しながら、ミイナを覗き込むルドルフの目は、紅き光を放っていた。
「そのお腹をすかした目はやめなさい。」
と、ミイナは諭したものだった。
「おまえは、わたしのものだ。」
「その言葉は、愛情表現のひとつとしては、受け入れるわ。でも、わたしは自分の意志で動くしね。夜のことは双方の合意が大事なのよ。」
「・・・・・・」
そのときのルドルフの様子って言ったら!
まるで、怖いものでも見たように、よろよろっと後ろに下がって、寝室のソファに座り込んでしまったのだ。
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アプセブは、ミイナの首すじに、手を伸ばしてきた。
ミイナは、その手首を掴んで、アプセブ老師を捻り倒した。
「これじゃ! この怪力!」
まったくこのじじいには、学習能力がないのだろうか。立ち上がると今度は、唇に手をかけて、犬歯を確かめようとする。
「犬歯には目立った変化はなし。」
ほっぺたを腫らしたアプセブは、一行と同じテーブルに腰を降ろして、手帳を取り出して、あれこれとメモを付け始めた。
「なによりも、彼女は10年前は17に見えた。いまは、きちんと20台後半に見える。つまり、吸血鬼特有の不老効果がまったく、見られない。
食事はどうだ? 取れているのか?」
「少食、ではあるかもね。」
ミイナは、少しイライラしていた。
年相応に老けて見える、というのは、あまり、うれしくはない。
「師匠。わたしの身体のことはいいです。これから、アルセンドリック侯爵家について、セパスやアイシャといろいろと相談したいのです。いったん外してくれる気はないですか?」
「ふむ。」
いかにも知恵者らしいアプセブ老は、あごひげをしごいた。
「お主の考えてる事は、一応は分からんでもない。なにぶん、左前のアルセンドリック家じゃ。敵は敵であぶりだしておきたかったのは、わからいでもないが、予想以上に敵だらけのようじゃ。
なにしろ、Sクラス冒険者で吸血鬼のルドルフの威光でもっていたところだからのう。それがなくなるとなると・・・のう?」
アプセブ老は、事務所に入ってきた一団に、おおい、こっちじゃ、と手を振った。
先頭にたつのは、十代中半に見える、とんでもない、美少女だった。ショートボブにした理知的な顔立ちなのだが、身をつけているものは、恐ろしく扇情的であった。いや、身につけているもの、というより、身につけるべきものを身につけてい無さすぎるのだ。
むろん、彼女は、ミイナよりもだいぶ年上のはずだ。見かけが若いのは、強い魔力を持って生まれた人間特有の老化遅延が働いているのだろう。
アプセブ老師の弟子たち中でも選りすぐりの一人。Aクラス冒険者メイプル。
冒険者にも得手不得手があるとすればメイプルの得意は、魔物退治。特にあの吸血鬼とかいうやっかいな隣人を抹殺するのを得意としていた!
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