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第10話 パーティナイト
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27で社交界デビューか。
先代である父が、早くに亡くなって、ミイナがあとをついでから、こっち、アルセンドリック侯爵家は、火の車だった。
パーティーなど主催したこともなく、どうしても出なくてはならない王室がらみのパーティーには、ミイナは、男装で乗り切っていた。
ミイナは、しみじみと考える。
もともと、10代の半ばを地下牢で独居するはめになったのも、いま、自分自身が、アルセンドリック侯爵(侯爵家令嬢でも侯爵夫人でもない)として、この世に存在しているのも、そもそも、彼女が九つのときに、姉たちと一緒にデビュタントさせろと、親にゴネたのが遠因である。
そこから、いままでの歳月。数奇な運命に翻弄された十数年であることは、ミイナも承知していた。
そしてそれを選ばせたそもそもの原因が、自分のわがままにあるということがわかる程度には、ミイナは自分を客観視できていた。
10代の半ばでするべき、社交界へのデビューを、九つでさせろと、無理を言って、親に反抗して、家出までした結果が、27歳での実質的なデビュタントだ。一種の生き恥ではないか。
「アルセンドリック閣下。」
息子の方とは異なり、伯爵のほうは、一応は面識があった。高位貴族ともなれば、出席が必須な、さまざまな行事で顔を合わせる機会もある。だが、少なくとも親の代から犬猿の中とされていた伯爵と、直接言葉をかわすのは、はじめてである。
「お久しぶりでございます。アルセンドリック閣下。」
伯爵が丁寧にミイナに頭を下げたので、ミイナは目を丸くした。
「あ、いえ……。」
「ルドルフ閣下は残念なことでした。」
夫であるルドルフを討ち取った当の本人がそう言うのである。
どの口がそう抜かすのかと、ミイナは呆れた。
「このような結果になるまえに、わたしたちは互いに歩み寄るべきだったと思うのです。」
伯爵は、静かに微笑む。見かけは人の良さそうな中年の男性である。だがその笑顔の奥の感情がわからないとミイナは思う。
「溢れた水は元には戻らない、という諺はご存知ですか、伯爵。」
「ああ、」
にっこりと笑いながら、平々凡々な中年貴族は頷いた。
「我が家の家訓にはこう続いております。
『溢れた水は戻らない。だからもう一度汲めば良い』と。」
そして、静かにこう続けた。
「閣下は、我が息子をどう思われますか?」
ミイナは、その言葉に呆然とした。
「……どう、と言われても……。」
「父上、アルセンドリック侯爵ミイナさまは、最愛の連れ合いであるルドルフ閣下を亡くしたばかりなのです。」
息子の方が、嗜めるようにそう言った。
「まずは、この悲劇で心底傷ついたミイナさまを、癒すために、今宵の宴を楽しんでいただきましょう。」
「そうだな。」
伯爵は息子の言葉に微笑みながら、ミイナに一礼した。
「失礼をいたしました、閣下。ではまたの機会にでもお話を致しましょう。……ルドルフさまもきっとそれを望んでおられることでしょうから。」
再び、微笑んで優雅に頭を下げたこの夫の仇である伯爵に向かって、ミイナは乾いた笑いを浮かべるしかなかったのである。
(ああ、なんでわたし、ルドルフを殺したやつらに同情されてんだか。)
そして、また、恥ずかしいことにこれが、ミイナの社交界デビューであった。
天井のシャンデリアは、眩輝きを放ちとんでもない美酒が次々と振る舞われた。
「いくらなんでも、これは、どうかと思いますのですが。」
文句たれるゼパスであるが、しっかりと酔っている。
怪我をしてるときに、酒なんか飲むとあとで咎めるぞ、とミイナは、言ったのだが、ゼパスはすっかり目が据わっていて、少しロレツの舞わなくなった口で、だいたい、お葬儀をしていないければならないタイミングで、なんで旦那様の仇とパーティをしていないとならないのですか、と食ってかかった。
「ゼパス。」
アイシャは、アルセンドリック侯爵家に出入りが長い。
ミイナの幽閉期間中に雇われたらしく、そのためか、執事頭ではなかったころの、ゼパスも知っている。
だからと言って呼び捨てもどうかと思うのだが、少なくとも呼ぶ方のアイシャは、まったく気にも止めていなかった。
「いいか。亡きルドルフさまは吸血鬼だ。滅んだあとは、灰が一掴み残るだけだ。どうやって葬式をあげてやるんだ?」
大袈裟にアイシャは、両手をひろげて大袈裟に天を仰いだ。
「そもそもアンデッドの最上位種族の一角たる吸血鬼にとって、死とはなんだ?
やつらはそもそも生きているのか? それが滅んだ時にふさわしい見送りの儀式たる葬儀は、どうすればいい?」
「面白い!」
手を打って笑っているのは、Aクラス冒険者のメイプルだ。
艶やかな金髪の美少女は、相変わらずの真っ赤なスカートに、上半身は裸体に要所要所を紫のテープで隠しただけ。一応、薄物のストールを何枚か羽織っているが、裸体をみせる職業の女性でもここまで、露出はしないだろう。
最初からここまで、肌を見せてしまっては、もう脱ぐところがない。
一通り、集まった貴族たち、これまでアルセンドリック侯爵家と対立する派閥に属するものが多く、それが、一通り、入れ替わりで挨拶に訪れたあと、ダンスが始まるまで、しばし、ご歓談タイムとなったのだ。
ここで、やっと、ゼパスやアイシャと合流できたミイナだったが、そこに、メイプルもやってきたのである。
同じ冒険者同士のアイシャは、もちろん旧知の仲だし、ミイナも、アプセフ老師を魔法の師匠とするならば、姉弟子である。
しばし、談笑する相手として、忌避すべき相手ではないのだが。
ただし、ルドルフを倒したのが、このメイプルでなければ、なのだが。
「着眼点が、サイコーだよ、アイシャ!
恐るべき吸血鬼が、倒されたあとは、こうやってみんなで喜びを分かち合うのが、正解なんだ。」
先代である父が、早くに亡くなって、ミイナがあとをついでから、こっち、アルセンドリック侯爵家は、火の車だった。
パーティーなど主催したこともなく、どうしても出なくてはならない王室がらみのパーティーには、ミイナは、男装で乗り切っていた。
ミイナは、しみじみと考える。
もともと、10代の半ばを地下牢で独居するはめになったのも、いま、自分自身が、アルセンドリック侯爵(侯爵家令嬢でも侯爵夫人でもない)として、この世に存在しているのも、そもそも、彼女が九つのときに、姉たちと一緒にデビュタントさせろと、親にゴネたのが遠因である。
そこから、いままでの歳月。数奇な運命に翻弄された十数年であることは、ミイナも承知していた。
そしてそれを選ばせたそもそもの原因が、自分のわがままにあるということがわかる程度には、ミイナは自分を客観視できていた。
10代の半ばでするべき、社交界へのデビューを、九つでさせろと、無理を言って、親に反抗して、家出までした結果が、27歳での実質的なデビュタントだ。一種の生き恥ではないか。
「アルセンドリック閣下。」
息子の方とは異なり、伯爵のほうは、一応は面識があった。高位貴族ともなれば、出席が必須な、さまざまな行事で顔を合わせる機会もある。だが、少なくとも親の代から犬猿の中とされていた伯爵と、直接言葉をかわすのは、はじめてである。
「お久しぶりでございます。アルセンドリック閣下。」
伯爵が丁寧にミイナに頭を下げたので、ミイナは目を丸くした。
「あ、いえ……。」
「ルドルフ閣下は残念なことでした。」
夫であるルドルフを討ち取った当の本人がそう言うのである。
どの口がそう抜かすのかと、ミイナは呆れた。
「このような結果になるまえに、わたしたちは互いに歩み寄るべきだったと思うのです。」
伯爵は、静かに微笑む。見かけは人の良さそうな中年の男性である。だがその笑顔の奥の感情がわからないとミイナは思う。
「溢れた水は元には戻らない、という諺はご存知ですか、伯爵。」
「ああ、」
にっこりと笑いながら、平々凡々な中年貴族は頷いた。
「我が家の家訓にはこう続いております。
『溢れた水は戻らない。だからもう一度汲めば良い』と。」
そして、静かにこう続けた。
「閣下は、我が息子をどう思われますか?」
ミイナは、その言葉に呆然とした。
「……どう、と言われても……。」
「父上、アルセンドリック侯爵ミイナさまは、最愛の連れ合いであるルドルフ閣下を亡くしたばかりなのです。」
息子の方が、嗜めるようにそう言った。
「まずは、この悲劇で心底傷ついたミイナさまを、癒すために、今宵の宴を楽しんでいただきましょう。」
「そうだな。」
伯爵は息子の言葉に微笑みながら、ミイナに一礼した。
「失礼をいたしました、閣下。ではまたの機会にでもお話を致しましょう。……ルドルフさまもきっとそれを望んでおられることでしょうから。」
再び、微笑んで優雅に頭を下げたこの夫の仇である伯爵に向かって、ミイナは乾いた笑いを浮かべるしかなかったのである。
(ああ、なんでわたし、ルドルフを殺したやつらに同情されてんだか。)
そして、また、恥ずかしいことにこれが、ミイナの社交界デビューであった。
天井のシャンデリアは、眩輝きを放ちとんでもない美酒が次々と振る舞われた。
「いくらなんでも、これは、どうかと思いますのですが。」
文句たれるゼパスであるが、しっかりと酔っている。
怪我をしてるときに、酒なんか飲むとあとで咎めるぞ、とミイナは、言ったのだが、ゼパスはすっかり目が据わっていて、少しロレツの舞わなくなった口で、だいたい、お葬儀をしていないければならないタイミングで、なんで旦那様の仇とパーティをしていないとならないのですか、と食ってかかった。
「ゼパス。」
アイシャは、アルセンドリック侯爵家に出入りが長い。
ミイナの幽閉期間中に雇われたらしく、そのためか、執事頭ではなかったころの、ゼパスも知っている。
だからと言って呼び捨てもどうかと思うのだが、少なくとも呼ぶ方のアイシャは、まったく気にも止めていなかった。
「いいか。亡きルドルフさまは吸血鬼だ。滅んだあとは、灰が一掴み残るだけだ。どうやって葬式をあげてやるんだ?」
大袈裟にアイシャは、両手をひろげて大袈裟に天を仰いだ。
「そもそもアンデッドの最上位種族の一角たる吸血鬼にとって、死とはなんだ?
やつらはそもそも生きているのか? それが滅んだ時にふさわしい見送りの儀式たる葬儀は、どうすればいい?」
「面白い!」
手を打って笑っているのは、Aクラス冒険者のメイプルだ。
艶やかな金髪の美少女は、相変わらずの真っ赤なスカートに、上半身は裸体に要所要所を紫のテープで隠しただけ。一応、薄物のストールを何枚か羽織っているが、裸体をみせる職業の女性でもここまで、露出はしないだろう。
最初からここまで、肌を見せてしまっては、もう脱ぐところがない。
一通り、集まった貴族たち、これまでアルセンドリック侯爵家と対立する派閥に属するものが多く、それが、一通り、入れ替わりで挨拶に訪れたあと、ダンスが始まるまで、しばし、ご歓談タイムとなったのだ。
ここで、やっと、ゼパスやアイシャと合流できたミイナだったが、そこに、メイプルもやってきたのである。
同じ冒険者同士のアイシャは、もちろん旧知の仲だし、ミイナも、アプセフ老師を魔法の師匠とするならば、姉弟子である。
しばし、談笑する相手として、忌避すべき相手ではないのだが。
ただし、ルドルフを倒したのが、このメイプルでなければ、なのだが。
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