アルセンドリック侯爵家ミイナの幸せな結婚

此寺 美津己

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第9話 侯爵閣下は健在也

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ミイナは。
グラハム伯爵の屋敷にいた。
着ていたものは、鎖帷子から、下着まで、剥ぎ取られ。

淡いビンクのロングドレスを、着せられていた。
ビンクは、あまり好きでは無い。
見る分にはいいのだが、少々、子供っぽいような気がするのだ。
と、文句も言いにくいほど、サイズはビッタリだった。
とはいえ、ビッタリしすぎていて、身体のラインが丸わかりなのも、これはこれで、ミイナの好みでは無い。

髪を久しぶりに結い上げ、豪奢な大粒のダイヤで飾られたチョーカーをかけたミイナは、見てくれだけなら、名門侯爵家の貴婦人に間違いない。

ノックの音がしたので、ミイナはどうぞ、と言った。
彼女の、着替えを手伝っていたメイドたちが、一斉に跪いたのは、当然だ。

彼女たちは、グラハム伯爵家のメイドであり、入ってきたのは彼女たちの主人に他ならなかったからだ。

入ってきたグラハム伯爵家の子息エクラは、ミイナのドレス姿をみて、目を輝かせて、跪いて、その手の甲にキスをした。

「素晴らしい!
最初にお目にかかった瞬間から、あまりの美しさに鼓動が激しくなるのを止めることがらできませんでしたが」

頬が僅かに紅潮したいたから、まったくの嘘や、社交辞令だけでは、なさそうだった。

ミイナは、少年らしささえ残す、エクラの首すじを見ながら、つぶやいた。
「わたしは、ひょっとすると吸血鬼かもしれなくてよ?
あのタチの悪い“魅了”にでもかかったのかもしれないわ。」

「それでもかまいません・・・ぜひ、わたしくしと、いや、ここであなたの美しさを1人で堪能していては、父や兄に怒られそうだ。さあ、会場まで、エスコートさせてください、アルセンドリック侯爵閣下!」

まったく!
屋敷にいても、召使いから、街のものまで、ミイナを奥方様と呼ぶ。
ルドルフの妻であるから、間違いではないのだが。

侯爵位を継いだのは、ミイナ自身である。
彼女自身がアルセンドリック侯爵だ。

これは、やや異例ではある。
だが、直系に適当な男子がいない場合、そして直径の女子に配偶者がいなければ、ありえない話でない。
ミイナには、夫がいたが、定まった寿命すらない吸血鬼を、侯爵につけてしまうことの、のちのちの弊害を考えれば、ミイナがあとをとるのは、当然の話である。
だから、今回、伯爵家によって討ち取られたのは、侯爵の夫であり、侯爵自身は健在なのである。


また、それぞれの貴族家の「家法」は、実は公開の義務がある。
アルセンドリック家のそれは、なにより、血筋を重んじる。まず家督相続者は、直系の男子となる。たとえば、当代が早くに無くなれば、その息子がどんなに幼くても、新しい侯爵として、立てられる。
間違っても、入婿や嫁が当主になることはないのだ。

そして、血筋を重んじるがゆえに、男子がいなければ、娘にあとを取らせることは、それまでにも何度か存在した。
なにしろ、アルセンドリック家の歴史は長いのだ。

世間、一般には逆のところが多い。
男子による相続を重視するあまりに、婿をとって、跡を継がせることはまま、存在するのだ。
この場合、夫婦が円満で、産まれた子がその次の跡継ぎになれば、丸く収まるのだか、夫の方が不義でもやらかして、外に子供をつくってしまい、夫婦に子どもがないまま、亡くなってしまうと、一悶着も二悶着もあるのだが。


ふたりの姉と叔父は、案の定、理解もせずに、実家に乗り込んだあげく、彼女を屋敷から追い出したわけだが。


その性根を見定めるために、あえて彼女はいわれるがままにした。


いかにも貴族らしい高級な調度がおかれた廊下を、エクラに先導されて歩く。
用意された靴は、ヒールが高く、機能性と値段だけを基準に買い物をしてきたミイナには、これまで無縁の長物だった。
歩きにくそうなのか、エクラが、そっと腰に手を回して支えてくれた。

まったく!
親戚筋から、家を追い出され、敵であるはずの、伯爵家で歓待をうける。
わけのわからない話ではあるが、ミイナはそれを楽しむだけの心の余裕があった。

二人が、広間にはいった瞬間、楽の音が響き渡った。
もちろん、偶然では無い。
主賓であるアルセンドリック侯爵ミイナの到着を祝うためのものにちがいなかった。

ゼパスとアイシャは、こざっぱりしたものに、着替えさせられ、会場の隅で待機の姿勢である。

ゼパスにとっては久しぶりの、パーティーだったはずだ。
ミイナの代になってからは、舞踏会など開いたこともない。
ただ、ゼパスの表情は冴えなかった。
今朝から、あっちに行きこっちに行き、行く先々で小突かれ、焦燥しきっているのだろう。
アイシャもまた、憮然とした面持ちであり、こちらの理由は、武装を解除されてしまっているからだった。

アイシャのようなベテランの冒険者にとっては、武具を残らず取り上げられるというは、裸に剥かれるのも同然の仕打ちに感じられるのだろう。
あるいは、自分のパーティー「氷漬けのサラマンドラ」が駆けつけるよりも、敵であるグラハム伯爵家のものがやってきたのが、気に食わないのかもしれない。

それを興味深く見ながら、ミイナは、グラハム伯爵に、膝を着いた礼を行った。

生まれて初めて?にしては、上手くいったなあ、と思いながら、はたと、ミイナは気がつく。
いままで、社交界などに縁のなかったミイナにとって、これが正式なディビュタントとなるのだ!

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