8 / 28
第8話 我が家のお・も・て・な・し
しおりを挟む
「大丈夫なんでしょうか?」
若いメイドのひとりが、メイド長に話しかけた。
メイド長は、ギロリとメイドを睨めつけた。
「大丈夫、とは?」
「その‥‥」
おずおずとメイドは、声を低くして、
「マハラさまとシャルロットさまを、奥方さまの地下部屋にお通ししたことです。」
「ああ。それは、どうなのかしらねえ。夜はだいぶ冷え込むでしょうし、ネズミも毒虫も出るわ。まあ、でもほら、マハラさまたちのご要望通りにしたわけだから、わたしたち、下々のものとしては、それでいいんじゃないかしら?」
「でも、スパルが鍵をかけたって。」
「なんだよ、アニー。なんかぼくが、マハラさまとシャルロットさまを、奥方さまの寝室に閉じ込めたみたいじゃないか。」
若くハンサムな執事見習いスバルは、アルセイに出すはずのオードブルの皿から、薄く切った鶏肉をつまみ食いしながら、平然と言った。
「お二人に鍵をかけるようにに言われたから、施錠したまでだ。もちろん、出たいと言われたらすぐに鍵を開けにいくよ。」
「ここで、つまみ食いしてたら、出してくれって言われても絶対に聞こえないわよね、スバル?」
「それは仕方ないじゃないか。」
スバルは、肩と両腕にいくつも皿を載せながら言った。
「こっちはこっちで忙しいんだよ。アルセイ閣下にお出しする酒と食べ物だけなら、知れているが、あのひとが連れてきた傭兵に、マハラさまたちの護衛も含めると20人!
それを接待しないといけないんだから。」
アルセンドリック侯爵家には、いまは専属のコックはいない。
なにしろ、ルドルフは、基本的にあまり食べ物は欲しないし、ミイナは、まるきり好き嫌いなく、調理されていて、痛んだり、腐ったりしていないものなら、喜んで食べる。
なので、メイドたちや、スバルなど、料理がわりとまあ、苦にならないものたちが代り番でコックを勤めているのが現状だ。
最初は、出てくる料理が予想と違って、極めて質素なことに、文句を言っていたアルセイも、
酔いが回るにつれて、質よりも量が十分なことに満足し始め、いまでは、まわりから「アルセンドリック侯爵閣下」と呼ばれてご満悦だった。
もともとは、自分の息子を跡目に押し込むつもりだったのだが、すっかり自分が爵位につく気になっていた。
「そうだ! おまえらも貴族になってみるか!」
すっかり機嫌をよくしたアルセイは、出来もしないから手形を乱発し始めた。
確かに、男爵位や騎士爵などは、金でなんとかなるのだが、それはイコール金がないどうにもならないということに他ならない。
アルセンドリック家は、権利書よりも借用書の厚みが上回っており、ミイナとルドルフはそれをこつこつと返済している最中であった。
「よし、だいたい、酔いつぶした。」
からになった皿を回収してきたスバルがご満悦でそういったのは、それから二時間はたっていた。
片手には、かなり分厚い紙の束を下げている。
メイド頭は、とっとと、引っ込んでしまったが、アニーは、最後まで、ウェイトレスをさせられていて、疲れきっていた。
「さて、洗い物は、俺がやっておくから、アニーも休んでいいぞ。」
皿を水桶に叩き込むと、スバルは紙束を眺めながら、ニヤニヤと笑いを浮かべた。
「なに、そのニヤけた笑い方! 気持ち悪い!」
「おまえも見るか?」
スバルは、紙束をアニーに向けて開いた。
貴族家では、使用人に文字が明るいものがいるのを、好まないところもあったが、アルセンドリック公爵家はまったく違っていた。
少なくとも読み書き、足し算、引き算が出来なければ雇って貰えない。それが出来ないような幼子を雇う時は、しっかりと、それを叩き込まれた。
アニーも、そのクチだった。
「なに、それ。」
紙束には、料理の名前がびっしりと書かれている。
それが、いまスバルが作った料理の数々なのは、アニーにもわかった。
だが、その横にかかれた数字は、いったい・・・・・・。
「なにって、請求書だよ。」
「お金をとるのっ!!」
「当たり前じゃないか! ここは、アルセンドリック侯爵家であって、食料の配給所ではないんだっ!」
「もうっ!!!」
アニーは、とうとう泣き出した。
「なんで、男爵閣下やマハルさまたちを挑発するのよ!
確かに、腹はたつわ!
でも、ルドルフさまが死んで、後継者がいない以上、あのひとたちの子どもの誰かをたてるしかないじゃない。
こんなことをしてたら、」
アニーは、スバルの襟に顔を突っ込んで本格的に泣き始めた。
「クビじゃ、すまないわよ。いえ、本当の、意味でクビを切られるかも。」
「あのねえ。アニー」
呆れたように、スバルは、言って、一応髪を撫でてやった。
「やつらは侵入者だし、ご当主がいれば当然するであろう対応だよ、これ。」
「そんなこと言っても!
ルドルフさまはいないじゃない。」
言ってから、ギョッと、したように周りを見回した。
「ま、まさか、生き返るとでも言うの、ルドルフさまがっ!」
「あのね、アニー。」
スバルはため息をついた。
「気を使うことは、多かったけど、あのひとは悪い主人じゃなかった。
いくら吸血鬼でも、しかるべき相手に滅ぼされたら復活は出来ないよ。」
「じゃあ、やっぱり、やつらの誰かの子どもが当主になるんじゃない。
ああ、どうしよう。このまま夜逃げしようかな、今月のお給金貰ってないけど、胴体と首が離れ離れになってからじゃおそいものね。」
「だから、次の当主選びなんて、何十年も先のことを心配しなくてもいいって。」
「だって、ルドルフさまは・・・」
「まあ。きみが分かってないのはしょうがないとして、親戚筋まで同じ間違いをおかすのは、まったくもって、納得いかないね!」
若いメイドのひとりが、メイド長に話しかけた。
メイド長は、ギロリとメイドを睨めつけた。
「大丈夫、とは?」
「その‥‥」
おずおずとメイドは、声を低くして、
「マハラさまとシャルロットさまを、奥方さまの地下部屋にお通ししたことです。」
「ああ。それは、どうなのかしらねえ。夜はだいぶ冷え込むでしょうし、ネズミも毒虫も出るわ。まあ、でもほら、マハラさまたちのご要望通りにしたわけだから、わたしたち、下々のものとしては、それでいいんじゃないかしら?」
「でも、スパルが鍵をかけたって。」
「なんだよ、アニー。なんかぼくが、マハラさまとシャルロットさまを、奥方さまの寝室に閉じ込めたみたいじゃないか。」
若くハンサムな執事見習いスバルは、アルセイに出すはずのオードブルの皿から、薄く切った鶏肉をつまみ食いしながら、平然と言った。
「お二人に鍵をかけるようにに言われたから、施錠したまでだ。もちろん、出たいと言われたらすぐに鍵を開けにいくよ。」
「ここで、つまみ食いしてたら、出してくれって言われても絶対に聞こえないわよね、スバル?」
「それは仕方ないじゃないか。」
スバルは、肩と両腕にいくつも皿を載せながら言った。
「こっちはこっちで忙しいんだよ。アルセイ閣下にお出しする酒と食べ物だけなら、知れているが、あのひとが連れてきた傭兵に、マハラさまたちの護衛も含めると20人!
それを接待しないといけないんだから。」
アルセンドリック侯爵家には、いまは専属のコックはいない。
なにしろ、ルドルフは、基本的にあまり食べ物は欲しないし、ミイナは、まるきり好き嫌いなく、調理されていて、痛んだり、腐ったりしていないものなら、喜んで食べる。
なので、メイドたちや、スバルなど、料理がわりとまあ、苦にならないものたちが代り番でコックを勤めているのが現状だ。
最初は、出てくる料理が予想と違って、極めて質素なことに、文句を言っていたアルセイも、
酔いが回るにつれて、質よりも量が十分なことに満足し始め、いまでは、まわりから「アルセンドリック侯爵閣下」と呼ばれてご満悦だった。
もともとは、自分の息子を跡目に押し込むつもりだったのだが、すっかり自分が爵位につく気になっていた。
「そうだ! おまえらも貴族になってみるか!」
すっかり機嫌をよくしたアルセイは、出来もしないから手形を乱発し始めた。
確かに、男爵位や騎士爵などは、金でなんとかなるのだが、それはイコール金がないどうにもならないということに他ならない。
アルセンドリック家は、権利書よりも借用書の厚みが上回っており、ミイナとルドルフはそれをこつこつと返済している最中であった。
「よし、だいたい、酔いつぶした。」
からになった皿を回収してきたスバルがご満悦でそういったのは、それから二時間はたっていた。
片手には、かなり分厚い紙の束を下げている。
メイド頭は、とっとと、引っ込んでしまったが、アニーは、最後まで、ウェイトレスをさせられていて、疲れきっていた。
「さて、洗い物は、俺がやっておくから、アニーも休んでいいぞ。」
皿を水桶に叩き込むと、スバルは紙束を眺めながら、ニヤニヤと笑いを浮かべた。
「なに、そのニヤけた笑い方! 気持ち悪い!」
「おまえも見るか?」
スバルは、紙束をアニーに向けて開いた。
貴族家では、使用人に文字が明るいものがいるのを、好まないところもあったが、アルセンドリック公爵家はまったく違っていた。
少なくとも読み書き、足し算、引き算が出来なければ雇って貰えない。それが出来ないような幼子を雇う時は、しっかりと、それを叩き込まれた。
アニーも、そのクチだった。
「なに、それ。」
紙束には、料理の名前がびっしりと書かれている。
それが、いまスバルが作った料理の数々なのは、アニーにもわかった。
だが、その横にかかれた数字は、いったい・・・・・・。
「なにって、請求書だよ。」
「お金をとるのっ!!」
「当たり前じゃないか! ここは、アルセンドリック侯爵家であって、食料の配給所ではないんだっ!」
「もうっ!!!」
アニーは、とうとう泣き出した。
「なんで、男爵閣下やマハルさまたちを挑発するのよ!
確かに、腹はたつわ!
でも、ルドルフさまが死んで、後継者がいない以上、あのひとたちの子どもの誰かをたてるしかないじゃない。
こんなことをしてたら、」
アニーは、スバルの襟に顔を突っ込んで本格的に泣き始めた。
「クビじゃ、すまないわよ。いえ、本当の、意味でクビを切られるかも。」
「あのねえ。アニー」
呆れたように、スバルは、言って、一応髪を撫でてやった。
「やつらは侵入者だし、ご当主がいれば当然するであろう対応だよ、これ。」
「そんなこと言っても!
ルドルフさまはいないじゃない。」
言ってから、ギョッと、したように周りを見回した。
「ま、まさか、生き返るとでも言うの、ルドルフさまがっ!」
「あのね、アニー。」
スバルはため息をついた。
「気を使うことは、多かったけど、あのひとは悪い主人じゃなかった。
いくら吸血鬼でも、しかるべき相手に滅ぼされたら復活は出来ないよ。」
「じゃあ、やっぱり、やつらの誰かの子どもが当主になるんじゃない。
ああ、どうしよう。このまま夜逃げしようかな、今月のお給金貰ってないけど、胴体と首が離れ離れになってからじゃおそいものね。」
「だから、次の当主選びなんて、何十年も先のことを心配しなくてもいいって。」
「だって、ルドルフさまは・・・」
「まあ。きみが分かってないのはしょうがないとして、親戚筋まで同じ間違いをおかすのは、まったくもって、納得いかないね!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる