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第18話 アルセンドリック……というヤツら
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完全武装の冒険者と傭兵の行進。
平和な王都の、貴族の屋敷が並ぶ一角で、あっていいわけが無い。
実際には、傭兵たちは、剣ではなく、鈍器を携えていたし、アイシャの剣も、アウデリアの斧も、虚仮威しのためで、本気で使うつもりはない。回復魔法に長けたベルゼンを連れてきているのも、もちろん、死人を出さないためである。
「何ごとです!?」
見覚えのある立派な口髭の男が、勇気を奮って、ミイナに話しかけてきた。
隣りに住むソントン伯爵家の家令である。
「夫が亡くなりまして」
と、ミイナが応えると、一瞬彼は、絶句した。
「そ! それはご愁傷さまです。」
と、通り一遍の答えを返したが、その口調にどこか、ほっとしたような響きはなかったか。
吸血鬼が隣屋敷に住んでいる、というのは、十分なストレスになるのだろう。
「しかし…この人数は。」
「誠にお恥ずかしい限りですが」
ミイナは、丁寧に答えた。
ソントン伯爵家は、政治にはあまり絡みたがらない。むしろ、経済面で成功している希少な貴族で、その影響力は、王都の各組合に大きく及んでいる。
それを仕切っているのが、目の前の家令ジョンストンだった。
「夫の死を聞きつけた親族どもが、昨日、手勢を連れて乗り込んで参りまして…屋敷を追い出されました。」
「それはひどい!」
ここらは、演技である。
落ち目のアルセンドリック侯爵家の内輪の争いなど、勝手にやればいいと思っているだろうし、ついでに潰しあって、ここから、立ち退いてくれないかな、とでも考えているだろう。
「昨夜は、グラハム伯爵家にお世話にありました。」
さりげなく、ジョンストンが欲しい情報を与えてやる。
ジョンストンの目が見開いた。
グラハム伯爵家は、先代のときから、アルセンドリック侯爵家とは、深くいがみ合っていた。
家の格からいえば、侯爵家のほうが上ではあるが、先代はいろいろと問題の多い人物で、ルドルフは…まあ、その冒険者としての伝説的な技前はともかく、人間では無い。吸血鬼である。
しかも、グラハム伯爵は、王都で主流の派閥「王党派」のリーダー格の貴族だった。
その屋敷にミイナが泊まったということは。
いよいよもって、アルセンドリック侯爵家が、グラハム伯爵家の軍門に下ったということか。
ジョンストンは、忙しく頭を働かせている。
見ているミイナにもそれが、よく分かった。
アルセンドリック侯爵家については、先代がもたらした果てしない借金返済のスバイラルから、脱出できるチャンスになるかもしれない。
また、グラハム伯爵にとっては、あのアルセンドリック家をついに、屈服させた、と。
その評判だけで、評価はうなぎ登りになるはずだ。
あそこの長男は、第二王女メアリ姫の婿の座を巡って、ライバルたちと熾烈な争いを行っているが、それにもプラスになる。
「ひとつ、穏便に。」
と、ジョンストンは釘を指した。
「ここは、その身分高い方々の多く住む住宅街でありますので、あまり武張ったことは。」
「ご心配をおかけいたします、ジョンストン殿。」
ミイナは、鷹揚に微笑んだ。
そうすると、確かに高位貴族の令夫人にしか見えない。
「ですが、だいたい終わってしまったようです。あとは、不埒ものを役所に突き出す、簡単な仕事ですわ。」
アルセンドリック屋敷の、正面の扉が開き、若者がひとり、よろよろと歩み出た。
お仕着せの執事服は、ぽろぽろ。
両袖がなく、ボタンはひとつも残っていない。
髪も乱れに乱れ、頬に引っかき傷があった。
「これはこれは、閣下。お早いお帰りで。昨晩はどちらに。」
スバルは、颯爽と。
足を引き摺っていたので、彼が意図したほど颯爽とはしていなかったが。
歩み出た。
「グラハム伯爵家にお世話になったのよ、スバル。」
ヘイゼルを促して、スバルの肩を支えてやる。
「こ、これはどうも。」
スバルは、目に見えて緊張した。
「骨は折れておらん。」
ヘイゼルは、いいお年だ。いまは滅多にクエストには、同行しない。
同行しても、キャンプ地で待機して回復役に徹することが多い。
「だが、あちこち打撲のあとがある。冷やしておかんとあとで腫れるぞ。」
「任せていいかな、ヘイゼルさん。」
「もちろんじゃ。しかし手酷くやられたのう。」
スバルは、にやりと笑った。
「下町じゃあ、喧嘩無敗だったんですが。」
「流石に傭兵相手では分が悪かっかか?」
「また、記録を伸ばしちまいました。
やつらは全員縛って転がしてあります。あ、お姉さま方は、縛ってません。」
「縛っておいたほういいわよ。」
ミイナは本気で言った。
「きっと、金目のものを物色してるわ。体はあらためた?」
「ミイナさまの寝室を見たいとのことだったので、地下の方の寝室を案内いたしました。
施錠をしろというご指示でしたので、そのように。そのあとはとくになにもありませんね。そのままお休みになられたのでしょう。」
「あら、そう。叔父上は?」
「充分にお・も・て・な・しを、した差し上げたのですが、今朝お会計の段になって、揉め始めして。
どうもアルセンドリック家では、招かざる客でもただで飲み食いできると思い込んでいらしたようです。」
「まったくとんてもない叔父貴ねえ。」
ミイナは、スバルから渡された借用書をあらためた。
叔父の名前でサインがある。
20名以上の宴会の代金としては、妥当に思えた。
「ジョンストンさん、祐筆をお借りできるかしら。これを1部複写して、アルセイ男爵の屋敷へ送りたいのです。」
「お安い御用です。」
ジョンストンから見れば、ミイナだって、そうまともでは無い。
なにしろ、吸血鬼を伴侶にして、先代から爵位を奪い取った女である。
それでも、先代や親族たちに比べれば、遥かにまし、だった。
アルセンドリックとは、世間から見れば、そういう一族であった。
平和な王都の、貴族の屋敷が並ぶ一角で、あっていいわけが無い。
実際には、傭兵たちは、剣ではなく、鈍器を携えていたし、アイシャの剣も、アウデリアの斧も、虚仮威しのためで、本気で使うつもりはない。回復魔法に長けたベルゼンを連れてきているのも、もちろん、死人を出さないためである。
「何ごとです!?」
見覚えのある立派な口髭の男が、勇気を奮って、ミイナに話しかけてきた。
隣りに住むソントン伯爵家の家令である。
「夫が亡くなりまして」
と、ミイナが応えると、一瞬彼は、絶句した。
「そ! それはご愁傷さまです。」
と、通り一遍の答えを返したが、その口調にどこか、ほっとしたような響きはなかったか。
吸血鬼が隣屋敷に住んでいる、というのは、十分なストレスになるのだろう。
「しかし…この人数は。」
「誠にお恥ずかしい限りですが」
ミイナは、丁寧に答えた。
ソントン伯爵家は、政治にはあまり絡みたがらない。むしろ、経済面で成功している希少な貴族で、その影響力は、王都の各組合に大きく及んでいる。
それを仕切っているのが、目の前の家令ジョンストンだった。
「夫の死を聞きつけた親族どもが、昨日、手勢を連れて乗り込んで参りまして…屋敷を追い出されました。」
「それはひどい!」
ここらは、演技である。
落ち目のアルセンドリック侯爵家の内輪の争いなど、勝手にやればいいと思っているだろうし、ついでに潰しあって、ここから、立ち退いてくれないかな、とでも考えているだろう。
「昨夜は、グラハム伯爵家にお世話にありました。」
さりげなく、ジョンストンが欲しい情報を与えてやる。
ジョンストンの目が見開いた。
グラハム伯爵家は、先代のときから、アルセンドリック侯爵家とは、深くいがみ合っていた。
家の格からいえば、侯爵家のほうが上ではあるが、先代はいろいろと問題の多い人物で、ルドルフは…まあ、その冒険者としての伝説的な技前はともかく、人間では無い。吸血鬼である。
しかも、グラハム伯爵は、王都で主流の派閥「王党派」のリーダー格の貴族だった。
その屋敷にミイナが泊まったということは。
いよいよもって、アルセンドリック侯爵家が、グラハム伯爵家の軍門に下ったということか。
ジョンストンは、忙しく頭を働かせている。
見ているミイナにもそれが、よく分かった。
アルセンドリック侯爵家については、先代がもたらした果てしない借金返済のスバイラルから、脱出できるチャンスになるかもしれない。
また、グラハム伯爵にとっては、あのアルセンドリック家をついに、屈服させた、と。
その評判だけで、評価はうなぎ登りになるはずだ。
あそこの長男は、第二王女メアリ姫の婿の座を巡って、ライバルたちと熾烈な争いを行っているが、それにもプラスになる。
「ひとつ、穏便に。」
と、ジョンストンは釘を指した。
「ここは、その身分高い方々の多く住む住宅街でありますので、あまり武張ったことは。」
「ご心配をおかけいたします、ジョンストン殿。」
ミイナは、鷹揚に微笑んだ。
そうすると、確かに高位貴族の令夫人にしか見えない。
「ですが、だいたい終わってしまったようです。あとは、不埒ものを役所に突き出す、簡単な仕事ですわ。」
アルセンドリック屋敷の、正面の扉が開き、若者がひとり、よろよろと歩み出た。
お仕着せの執事服は、ぽろぽろ。
両袖がなく、ボタンはひとつも残っていない。
髪も乱れに乱れ、頬に引っかき傷があった。
「これはこれは、閣下。お早いお帰りで。昨晩はどちらに。」
スバルは、颯爽と。
足を引き摺っていたので、彼が意図したほど颯爽とはしていなかったが。
歩み出た。
「グラハム伯爵家にお世話になったのよ、スバル。」
ヘイゼルを促して、スバルの肩を支えてやる。
「こ、これはどうも。」
スバルは、目に見えて緊張した。
「骨は折れておらん。」
ヘイゼルは、いいお年だ。いまは滅多にクエストには、同行しない。
同行しても、キャンプ地で待機して回復役に徹することが多い。
「だが、あちこち打撲のあとがある。冷やしておかんとあとで腫れるぞ。」
「任せていいかな、ヘイゼルさん。」
「もちろんじゃ。しかし手酷くやられたのう。」
スバルは、にやりと笑った。
「下町じゃあ、喧嘩無敗だったんですが。」
「流石に傭兵相手では分が悪かっかか?」
「また、記録を伸ばしちまいました。
やつらは全員縛って転がしてあります。あ、お姉さま方は、縛ってません。」
「縛っておいたほういいわよ。」
ミイナは本気で言った。
「きっと、金目のものを物色してるわ。体はあらためた?」
「ミイナさまの寝室を見たいとのことだったので、地下の方の寝室を案内いたしました。
施錠をしろというご指示でしたので、そのように。そのあとはとくになにもありませんね。そのままお休みになられたのでしょう。」
「あら、そう。叔父上は?」
「充分にお・も・て・な・しを、した差し上げたのですが、今朝お会計の段になって、揉め始めして。
どうもアルセンドリック家では、招かざる客でもただで飲み食いできると思い込んでいらしたようです。」
「まったくとんてもない叔父貴ねえ。」
ミイナは、スバルから渡された借用書をあらためた。
叔父の名前でサインがある。
20名以上の宴会の代金としては、妥当に思えた。
「ジョンストンさん、祐筆をお借りできるかしら。これを1部複写して、アルセイ男爵の屋敷へ送りたいのです。」
「お安い御用です。」
ジョンストンから見れば、ミイナだって、そうまともでは無い。
なにしろ、吸血鬼を伴侶にして、先代から爵位を奪い取った女である。
それでも、先代や親族たちに比べれば、遥かにまし、だった。
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