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しおりを挟む「ねぇ、そこの貴方」
この世には二つの人種が存在している。選ばれた者とそれ以外だ。
選ばれた人間は欲しいものを欲しいままに。それ以外の者達は欲しいものを手に入れる事はほとんど無い。
「…ビック…はい…」
「…はぁ、貴女クビね」
「へ…?」
「聞こえなかったの?クビよ、ク・ビ」
そしてそんな選ばれた人間である彼女は実に傲慢で傍若無人。我儘で勝手で勝ち気でこの世の全てが自分のためにあるのだと平気で言ってのける。
人は彼女をこう呼ぶ。
「…悪女」
「えぇ。私は正真正銘の悪女ですわ」
稀代の悪女。
プルメリア・アド・ソサイアス。
ソサイアス公爵家に生まれ、地位、名声、人脈、権力…あらゆる物を生まれながらに手にし、更に神は彼女に美貌と聡明さも与えてしまった。
故に彼女は常にあらゆる面で注目を浴びる存在だった。
「お嬢様、またクビにしたんだって…」
「えっ!次は誰!?」
「ソフィアよ…。あの子の家、お父様が戦争で亡くなり、お母様は病で倒れて…」
「それに弟さんが最近学校に入ったばかりで、あの子の収入で何とか持ってたのよ」
「…知らないはずなのに、お嬢様は鬼だわ」
更に注目に拍車をかけるのが彼女の性格だった。
何年も前から勤めていた使用人だったとしても気に入らなければ簡単にクビにするのはいつもの事。
美味しくないからとカップを割り、苛立っていたからと物を投げつけ、小さなミスで罵倒し、人格を否定する。
着飾るのも大好きで金と地位に物を言わせてドレスや宝飾品を買い漁り、気に入ったからと言ってとある令嬢の仕立てたドレスを横取りして、一度も着ずに捨てたり、パーティーで自分よりも目立っていた令嬢がいたからと昔から贔屓にしていた仕立て屋を閉店に追い込んだり、やることなす事が悪役非道。
更にここに私の知っている彼女の逸話を幾つか話そうと思う。
優秀で容姿端麗な彼女の兄上はパーティーでは常にご令嬢達が群がっていた。愛想が良く、家柄に優れ、資産もある有料物件である彼に誰もが憧れているからだ。
あるパーティーでいつものようにご令嬢の群れがなしていた時、彼女は群がる令嬢達を払い除けて兄に擦り寄り、『兄様、ここに居たら鼻が腐るわ』と彼女らをまるでゴミのように扱い、罵ったらしい。
また、とあるティーパーティでは色白で儚げで麗しいご令嬢がいて、彼女はそのパーティーで令息達の視線を釘付けにしていた。
彼女はそのご令嬢に後ろから声をかけると、後ろにいる群がっていた令息達ごと臆する事なく、顔面に水を浴びせて、『その化粧、貴女に似合わないわ』と吐き捨てたこともあった。
そんな非道な行いを続けていれば、そりゃあ悪女と言われても仕方がないとしか言えない。
「メリー」
プルメリアの説明はこれで十分だろう。
とにかく権力を傘に悪を働くどうしようもない女だ。
この世の全てが自分の思い通りになると思っている最悪の存在。
「また来たの?」
しかし、そんな彼女を一身に愛している男がいた。彼はラドルク。
南の公爵家であるネピア家の嫡男で彼女の事を“メリー”と呼ぶ事を唯一許されている幼馴染であり、友人で、親友で、婚約者でだった男だ。
「急に愛しいメリーに会いたくなって」
「へぇ、そう。良い迷惑ね」
「事前に連絡しなかったのは悪かったけど、君はいつ来ても美しいのだから問題ないだろう?」
「私が美しいのは当たり前よ」
勿論、彼も私と同じく彼女とは幼い頃からの付き合いなので彼女が傍若無人な人間であることを知っている。
でも、彼は彼女のことを心から愛している。それは彼女が公爵家の生まれだからでも、膨大な資産を持っているからでも、絶世の美女だからでもない。
プルメリアという存在を心から愛しているのだ。
「アンタは頭がおかしいわ」
「そうかもしれない。狂わされた責任を取ってもらいたいな」
勿論、プルメリアが本当はいい人なのではないかと思った人も1人や2人ぐらいならいるかもしれない。
———が、それはない。一切ない。
「だから、今日はメリーが前から見たいと言っていたブルースの音楽隊の講演のチケットを持ってきた」
「行くわ」
「あぁ!良かった!楽しみだね、メリー」
「馬車の用意は?」
「勿論できてるよ」
もしかしたら、そんな彼女も好きな人の前では優しかったり、可愛らしい一面を見せるのかと思った人もいるかもしれない。
———が、それもない。一切ない。
彼女は自他共に認める完全なる悪女である。
でも、彼女には秘密があった。
ラドルクは家族以外でその秘密を知る唯一の人間である。
だから、彼は彼女を受け入れる。
どれだけ悪いことをしても全てを許す覚悟がある。
「メリー、講演会までまだ時間があるよ。
行きたいところはあるかい?」
「ポロンコ」
「そういうと思って予約しておいた」
「褒めて欲しんでしょうけどしないわよ?
私と一緒の時間を過ごしたいならそれくらい出来て当然なんだから」
「うん、君を満足させられるように日々精進するよ」
「良い心がけだわ」
そして、そんな彼は彼女の望むすべてのことを叶える為に人生を注いで来た。それは家柄も財力も人脈も権力も全てを手にしなければならないのと同義だった。
彼には彼女にならそれだけの事をする価値があると思っていて、その思いがあったから彼は努力を続けてこれたと、本人が言っていた。
私には理解しかねる。
「流石だったわ。私が唯一認めた楽団なだけある」
「そうだね。特にソロパートを弾いていた彼はとても情熱的な演奏家だ」
「ラドは見る目だけはあるのよね」
「君に褒めて貰えるなんて嬉しいな」
「頭はおかしいのにね」
どれだけ悪態をつかれようと彼の笑顔が崩れる事はないし、彼女への想いが消える事もない。
プルメリア自身はどう思っているのかは分からないが彼女がエスコートを受け入れくらいには信頼があるのだという事は見て取れる。
私の手は一度も触れさせたこともないのに。
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