破滅の芽は根っこから 第一部 解離の片割れ異世界へ編

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 家の中での問題が大方片付いた所で私は次の行動を開始した。

「私に協力して欲しいの」

「プルメリアから手紙で誘って貰えるなんて初めてだからドキドキしたよ」

「真面目に聞いてくれるかしら」

 完璧な笑顔だこと。
 でも、そう思っていないことは丸わかりだ。

 これぞ公爵家嫡男なのか、と思わせる威厳、しかし、相手が話しかけられるだけの友好的且つ優しげな雰囲気を纏い、人の懐に入り込むのが上手い。

 顔面もなかなかに完璧で周りの視線の方が気になるくらいには注目を集めている。

 何で待ち合わせをカフェにしてしまったのかしら。
 ……なるほど、プルメリアの記憶ではこの視線は皆、自分への注目だと思っていたからなのね。

 次回からはもう少し記憶を辿ってから行動する事にしましょう。

「もう、分かっているのでしょう?気を遣わなくていいわ」

「ん?何のことかな?」

「貴方が私の事をメアリーと呼びたくないのは私がプルメリアではないと気付いたからじゃないくて?」

「…分かったよ。で?どうしたらメアリーを返してくれるのかな?」

「残念だけど、プルメリアは今、深い眠りについてしまっていて私にはどうにも出来ないの」

「…詳しく聞こうか」

 要注意人物であり、私の正体について絶対に騙せない相手であることは間違えない一人。
 元婚約者で幼馴染、ラドルク・ガル・ネピア。
 南部の大公爵家であるネピア家の嫡男でありながら、素晴らしい剣術が認められて最年少で隊長の地位を捥ぎ取り、皇帝から子爵位を与えられた大変優秀な男だ。
 家の事が少し落ち着いたのを機に私は重い腰をあげて、彼に私の正体とプルメリアの状況、これまでの噂についてや家で起こっていた事、それらがやっと片付いた事などを明け透けに全てを話した。

「事情は分かった。僕としてはメアリーが無事戻ってくるなら特に思うことはないかな」

「そう。貴方が話の通じる理性的な人で良かったわ」

「まぁ、言ってしまえば君のお陰でメアリーが無事って事でしょ?
 寝たきりで何も食べれなくなったら衰弱してしまうからね」

 とてもオブラートに包んだ表現ではあるが、要は死ぬことがないのは私のお陰だから感謝していると言いたいのだろう。

 冗談でも“死”という言葉を使わない辺り、彼に好感を持てる。

 プルメリアが一番苦しむ言葉を例え中身が違っていても使わないと言う優しい心根を感じ取れたから。

「このまま“君”と呼ぶのは不便だよね。君の事は何て呼べばいいかな?」

「お好きにどうぞ」

「じゃあ、メリーかな。メアリーと分けないと話しづらそうだし、かと言って違いすぎても周りに疑われそうだしね?」

「それでいいわ。それより、その辺の考え方も冷静で助かるわ」

「一目見た時から別人なのは分かってたからね。今は恩人に無礼な態度を取ってしまって申し訳なかったと反省してるよ」

 確かに待ち合わせのカフェの扉を開けて目を合わせるなり、他の誰にも分からないくらい一瞬だけ目を細めたのを私は見逃さなかった。

 近づいてきた彼の足取りはプルメリアの記憶の中にある彼よりも少し落ち着き払っていたし、余所余所しくもあった。

 何より愛称で呼ばれなかったことには思わず笑いそうになってしまった。

 一目見た時から別人格だと気付いていたと言うのは本当だろう。
 別人である私をいつもの様に愛おしく思う事ができず、いつもは跳ね上がるように少しだけ高くなる語尾が今日は単調だった。

 他にもおかしな所は沢山ある。

 瞬きの少ないまぶた、一向に上がらない口角、体の前に組まれた腕、すぐ握れる距離に置かれた剣。

 だから、彼のこの反応はとても意外だった。

「…流石、プルメリアが認めただけはあるわね。信じてなかった訳じゃないけど、見る目だけは私も確かだと思うわ」

「メアリーから僕の事をなんて聞いてるのかとても気になるな。いい話ならいいんだけども」

 分かってるくせに。この男は全く。

 勿論、この男はプルメリアにはこんな試すような真似は絶対にしないのだから喰えない。

 プルメリアはこの男の何処が気に入っているのかしら。
 確かに見目は良いかもしれないけど、プルメリアの記憶には他にも麗しい人は何人もいた。
 例えば、…彼の双子の兄弟とか。

「さぁ、どうかしらね」

「じゃあ、協力の報酬はそれにしようかな?」

 なるほどね。この男の根幹にあるのは常にプルメリアだと言う、彼の揺るぎない心内が見れて安心する。

 今回の件が片付けばプルメリアは目を覚ますだろう。
 よって私に何か求めたところで結局はその報酬を払うのはプルメリア自身となる。

 プルメリアはプライドの高い女だけどその分義理堅いところもある。私とした約束だったとしても、彼女がきちんと義理は果たす。

 そういうところまで恐らくこの男は折り込み済みなのだろう。

 まぁ、彼女の本心は行動や表情からラドルクへの思いはダダ漏れも良いところだったでしょう。
 けど、プライドが高すぎて絶対に自分の本当の気持ちを言葉にはしなかったプルメリアから直接聞きたい言葉を報酬とするのは頭がいいし、プルメリア自身も強制的に素直になる機会を与えられるのだから、この計画が全て成功した時、恐らく全てが丸く収まる事だろう。

 だから、私はそれを出し惜しみして貴方を利用させてもらうだけ。
 これは貴方にとっても理のある事なのだから、せいぜい私の…引いてはプルメリアの為に必死に動いてちょうだいね。

「因みに今した全ての発言は彼女にも伝わってるから、よく考えて発言してね」

「それは気が抜けないね」

 何にしても、プルメリアの前以外のこの男は超が付くほどの完璧なのだからプルメリアがこの男に贈った残念と言うのは言葉は本当にそのままの意味なのね。

 それにしても中身が私だと告げても彼の見る目は変わらなかったのは有難い。
 中にプルメリアがいると分かったからかしら。

 最大級にプライドが高く、理想も双璧と成すほどに高いプルメリアを射止めただけあって見た目はこの国で一、二を争うほどに麗しく、学生でありながら自らの手柄で子爵位を貰えるだけ優秀であるラドルク。

 国の為に剣を握る彼の掌は他の貴族達とは違い、皮が厚くなっていて大きくてゴツゴツなのに、プルメリアの髪を一束掬い上げて優しいキスを落とす所作は自然で繊細だ。

 彼の大切な物を見守るような優しい視線はプルメリアだけが見れる特別なもの。それがプルメリアに特別な優越感を与えていて、大好きなものの一つ。

 だから、私に対してそこまでしなくて良いのよ。
 誠実な態度は彼らしいといえば彼らしいのだけど、その愛の言葉はプルメリアだけの為に取っておいて欲しい。
 
「でも、その野蛮な娘の件も片付いたなら、僕は何に協力したら良いのかな?」

「あら、プルメリアが怨んでる相手は別にエレナだけじゃないわよ」

「ふふ、僕も嫌いな人かな?」

「貴方がこの世で一番だーい嫌いな男よ」

「全力で協力するよ」

 ラドルクはがこの世で一番大嫌いな男。
 この国の皇太子であるアレキサンドル・ディ・ドメイアス。彼からこの世で最も大切な愛する人を奪っておいて蔑ろにする最低な男だ。

 アレキサンドルはプルメリアと出会った当初、プルメリアのあまりの麗しさに目を奪われ、王である両親に懇願して彼を溺愛する両陛下の意向で二人は婚約する事となる。

 しかし、彼女の生い立ちや境遇を知らない…いや、王族として本来なら習うはずのプルメリアの生い立ちを知ろうとしなかったアイツは苦しみを打ち明けたプルメリアに対して言葉にするのも悍ましいような罵詈雑言で追い討ちをかけるような最低な奴だ。

 コイツの嫌な所は自分の信じたい事しか信じず、自分の都合の良いことしか覚えていない。
 また自分の事は棚に上げて他者を馬鹿にするような言葉を使い、都合が悪くなるとすぐ周りの一番弱そうな人に押し付けて逃げ、挙句それは全て当然の事だと思い込んでいて、自分が悪いとは一切思っていない事。

 たとえば、プルメリアが痛みに耐えきれず「今日は少しだけ休ませて」と漏らしたときでさえ、アイツは「怠け者」と笑って言い捨てた。

 他にもまだまだあるが、全てを語るならば1日あっても足りないほどで、これはそれらを要約しただけである。

 そして何よりムカつくのが、何故かヤツはとても優秀な王子であるかのように扱われていること。

 まぁ、理由は簡単だ。彼に甘い両陛下が周りに特段優秀な人材を当てがって代わりにやらせているから。それを知っているのは本当に一部の人間だけ。

 そして、その親達がその状況を良しとしているのはそれ程最善な手はないからだ。
 無駄に何も出来ないのにやりたがる無能な馬鹿より、無能で何も出来ないけど傀儡になる方が優秀なもの達で管理するだけで国は完璧に機能する。

 プルメリアも態度や性格、人格に少し難が合ったが令嬢としては極めて優秀で、王妃として立つだけの威厳も、ある意味ではある言える。

 何故なら王妃として必要なのは後宮を管理する能力を持ってかが大きく、プルメリアに逆らうものなど当然存在しないのだから、両陛下はアレキサンドルのプルメリアを妃にしたいという進言も人選として申し分ないと簡単に受け入れたのだ。
 しかし、アレキサンドル本人がプルメリアを懇願しなくとも必ず二人は婚約者になっていた。
 それは以前から濁していたプルメリアの体の弱さが関係している。

 プルメリアが———この国の“守護者”になってしまったから。

 守護者の力は国を覆うように結界を張り、飢饉や病災、魔物などあらゆる災いから人々を守る力だ。
 その代償は———身体を、精神を、削りながら、その全てを背負う苦しみ。

 しかも厄介なのは、この国が“広がるほど”守護者への負荷も増すという点。
 かつて暴走した先々代の国王が領土欲に任せ、戦争で国土を広げた時、守護者はその場で命を落とした。

「私がいなくなったこの国には、災いが訪れます」

 その言葉通り、国は干上がり、食料は枯れ、流行病に弱い者から死んでいった。
戦争に勝ったはずなのに、国民の暮らしは崩壊した。

 混乱の中、皇室は非難され、当時の国王は討たれた。
 そして———やっと生まれてきた次の守護者が、プルメリアだったというわけだ。

 けれど、この国の国土は今も広がったまま。
 だからプルメリアの身体には絶え間なく痛みが襲い、命を削られ続けている。

 その代わりに———皇室はソサイアス家に一つの約束をした。

『どんな行いをしても決して裁かない———守護者を守り、尊重する』

 つまり、本来なら誰よりも庇護される立場のはずが、プルメリアを追い詰めたアイツアレキサンドルは、その契約すら知らなかったのだ。



 













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