21 / 244
異世界
旅路
しおりを挟む馬車はとても簡単な作りだった。
木で作られた長方形の箱型に同じく木で作られた硬い椅子が備え付けられている。
よく言えば中の空気が籠らないほど開放的で外の景色がよく見えるようになのか、目線の高さはくり抜かれている。
だが、悪く言えば外が見えるのは有り難いのだが、車輪で巻き上げられた砂埃を遮る窓がないので快適とは言えない。
更に、椅子にはクッションなんて言う親切な物はないので、ただ剥き出しの木の椅子ではお尻が危険だ。
「貴方達は初めてなのかしら?」
「うん!はじめてだよ!」
「そうなのね。一つしか無いのだけど…予備で持ってきたからどうぞ」
「これは…」
「リザおねえちゃん、それマリーにかして!」
「う、うん」
おばあさんに貰ったのは薄緑色の大きな葉っぱを小さく折り畳んでいる物で、それをマリーちゃんに手渡すと慣れた手付きでそれを広げ、両手で挟んだ。
「みててね!」
「うん」
それをパンッと良い音が出るくらい思いっきり叩くとゆっくりムクムクと膨らんで行く。
「膨らんだ!面白いね」
「ムクムクそうっていうの!」
そのまんまな名前に思わず吹き出す。
「お尻に敷くと少しマシになるわ」
「すみません。分けて頂けて助かりました」
「良いのよ。こう云うのはお互い様なんだから」
何かお礼を、とポケットを漁って出てきたのは時間があればマーサさんに見せようと思って持ってきていたハンカチ。今私の手元に渡せる物はこれしかない。
迷った末に私はハンカチを差し出す。
このハンカチは売る気はなかった。けれども、実は結構自信作だったりする。なんとなく何処にも出さないのは何となく寂しく感じたのだ。
「あ、あの…。もし宜しければ此方を…」
「まぁ!こんなに素敵な物を頂いて良いのかしら?」
「はい。喜んで頂けて嬉しいです」
「寧ろ得した気分だわ…」
「本当に素敵なハンカチーフだ。実は今日は私達の結婚記念日でね。妻が何もいらない何て言うから温泉にでもと思ったんだが、素敵な記念日になったね」
「そうね。リザさん貴方のお陰だわ」
「いえ、私は…その、おめでとうございます」
本当に素敵なご夫婦だ。こんなに歳を取ってもお互いを思い合っていると言うことが伝わってくる。
そんな二人が私の作ったハンカチをとても喜んでくれて、素敵な記念日になると言ってくれた。
私が作った物が誰かの記念の品になって思い出に残ってくれる。
それがとても嬉しかった。
「みて!マリーのリボンもリザおねえちゃんがくれたの!」
「まぁ!そのおリボンもとっても素敵だわ。何処で買ったのかしら?お土産に買って帰ったら孫が喜びそうね」
「これはね~ひみつなのよ!」
「まぁ、それはとても残念だわ」
マリーちゃんは何処で買ったのかを知らないのだと思ったのか、チラリと老夫婦から視線を貰ったが、私は笑って誤魔化すしかない。
二人はとても素敵な人だけど、身なりがとても綺麗だ。それは他の乗客と比べても明らか。
とても気安くて、貴族ぽくはない立ち振る舞いだが、それはお忍びだからかも知れない。
そりゃ貴族だからと言って皆んながみんな悪い人ばかりではないと思うし、そんなお二人だから意を決してハンカチを渡したのだが、貴族と関わりたいくないと言うのは今も同じだ。
「じゃあ、やっぱりお土産はお菓子かしら?」
「実は孫は甘い物が好きでね」
「じゃあ、“マダム・ヘンリーのフローネげんていポポンあめ”がいいとおもう!」
「“ポポン飴”?知らない名前だわ」
「帰りに行ってみようか?」
「そうね、ありがとう。マリーちゃん」
やっぱり、この二人はとても良い人達だ。言いたくないのだと察して直ぐに問いただすのを辞めてくれた。
地球にいた時は殆ど一人だった。ハンドメイドをしている時間は私にとって癒しの時間だったけど、やればやる程人との関わりが希薄になっていった。
「リザさん。ハンカチ、ありがとうね。大切にするわ」
年の功だろうか。多分、おばあさんもおじいさんも私が作ったのだと分かってるような気がする。それがこのお礼の言葉に詰まっていた。
「大切にして下さると嬉しいです」
本当に憧れてしまうほどに素敵なご夫婦だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
840
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる