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異世界
一抹の不安
しおりを挟むルーペリオさんはそのまま暫く鞄を観察している。普段から優しげな表情で見守ってくれている彼だが、今日はその眉間に珍しく皺が寄っている。
ただ、私には如何してルーペリオさんがそんなに険しい表情をしているのか予想がついていた。
やっぱりダメだったか、と言う残念感と諦めで緊張も何もなかった。
「リザ様。こちらは本当に素晴らしい商品です。それにこれなら冒険者に需要があります」
「はい」
「ただ…」
「…はい」
何と説明しようか、と戸惑うルーペリオさんに申し訳なくなってついつい細かな相槌がでしまう。
ルーペリオさんはこれまで私のやることに対して一度も否定をした事がない。どんな時も私を主人として最優先にし、何の躊躇もなく受け入れてくれて、販売についても決して無理とは言わず、それの代替案を示してくれる。
何よりどんなに隠し事をしても決して聞いてこない。貴族と関わりたくない理由や必要以上に毛嫌いしている理由、何処から来て、どの様な生活をしていて、どうやって作ったのか。何もかもだ。
「その、規格外過ぎて…」
「やはり、売るのは難しいですよね」
「い、いえ。売ることは可能です」
「え?」
ルーペリオさんが言うにはこれまでも鞄は幾度となく作られてきて、その度に需要と価格が合わず廃れたのだと言う。
革で作ると重く、価格も上がり、内容量も減る。普通の布で作ると安く、軽いが丈夫さがない。かと言って魔物素材を使うのは勿体無さすぎるのだとか。
なので主に使うのはお金がある冒険者か商人ぐらいで、そのどちらも防具屋などで特注して作る事が多いそう。
ただ、嬉しいことに貴族は鞄を持たないらしい。荷物などは全て使用人やお付きの侍従か侍女が運ぶ。
「なので、リザ様のご要望通り冒険者に売ることは可能です」
「じゃあ、一体何が問題なのでしょうか…?」
「私には値段の付けようがないのです…」
「…金貨2枚くらいでは売れないのでしょうか?」
「そんな金額で売ったら人が殺到してしまいます!」
「え?」
梨沙の作った革鞄。
大きさは掌に収まる程度の小さいサイズで重さも気にならないし、邪魔にもならないが、小さ過ぎて需要は望めない。
初めはそう思った。
だが、それには商人としてありとあらゆる物を見てきたルーペリオですら驚いてしまう特殊な効果が《付与》されていた。
「私は見たことがないんです。《収納》と言う効果を鞄に《付与》されているのを」
「…珍しいということですか?」
「はい。珍しいどころの話ではありません」
ルーペリオさん曰く、《収納》は指輪か腕輪に《付与》するのが一般的なのだとか。いや、そもそも《収納》に限らず《付与》自体魔法が馴染みやすい宝飾品に施すのが普通なのだとか。
その中でも冒険者に人気なのが《収納》でそれが《付与》された指輪や腕輪はとても人気で容量の少ない最低限の物でも金貨10枚とかなり高額だが、便利なので商人や冒険者でも持っている人はいるそうだ。
ただ、やはり武器を持つ手にはアクセサリーは邪魔だったり、宝石の質や大きさによって込められる魔力量が決まっているので《収納》の容量も大きくはない。
なので、それなりの量を《収納》しようとすると結局何個も持つ必要があるし、身につけるには邪魔なのでベルトやチェーンに通して首から下げたり、小さな革鞄などを持つことになるそう。
「鞄自体に《収納》を《付与》事が恐らくですが世界初のことです」
そもそも部門が違うとルーペリオさんは言う。
鞄を作るのは防具屋。付与するのは付与術師。だから鞄に魔物素材を使って、丈夫で軽量な鞄を作り《収納》を付与すると言う発想自体が生まれて来なかった。
でも、よく考えてみれば宝石よりも安く、物によっては魔力の通りも良い魔物素材ならば《付与》自体は簡単だ。ただ、宝石の様にどの素材が何属性なのか分かっていればの話だが。
勿論、これは私にそう言う一般的か知識がなかった故の副産物で理論上《付与》が出来る人ならばカバンを用意すれば誰にでも出来る事だ。
「このようなアイディアなら、他も直ぐに真似してくるでしょうし、この鞄のせいで貴族に絡まれるなんて事もないと思いますので、現状では売り物として一番最適な品だと思われます」
これまでルーペリオさんはとても物腰柔らかく優しく見守ってくれるタイプの老紳士だったが、今その目には闘志が燃えている。
そんなルーペリオの変化に嬉しく思いながらも、何か嫌な予感が拭い切れていなかった。
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