ブラウンは魔法研究員に仕返ししたい

桜月みやこ

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01.

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全編に渡り、合言葉は「細かい事は気にしない」でお願いします……すみません
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


「団長、魔法士団の方が、緊急の案件だと」
「何だと?」

 このタイミングでか? とうず高く積まれた書類の間でブラウンは思い切り顔を顰めた。
 そして一度はぁぁっと深い息を落としてから顔を上げると、息を吸い込む。

「――通せ」

 何も悪い事などしていないはずの団員は、ブラウンにすみませんっ! と謝ってから団長室の扉を開けた。
 コツリ、と入室してくる軽い足音を聞きながら、ブラウンは書類の束に目を向ける。

 八日後に控えた騎士団と魔法士団の合同演習に向けて、ここ数週間ブラウンは地獄の真っ只中にいた。
 今年は五年置きに行われる大規模合同演習の実施年だ。
 騎士団と魔法士団各々の小隊の編成、そのいくつもの小隊をどう組ませるかといった配置や指揮系統の整備、演習で必要となる備品の確認・調達――勿論それらの細々した事は各部隊長が主軸で行われているが、最終的に全てが団長の元へと上がってくる。
 部下を信頼していないわけでは、勿論ない。
 けれど生真面目なブラウンは全ての書類に目を通してから承認印を押している。
 その承認作業もようやく落ち着いた今、机上に積まれている物のほとんどは承認された書類の写しで、本来は閉じられて所定の場所に保管されるべきものだ。
 事務作業の苦手な団員が多い為〝分類毎にまとめる〟という作業が後回しになって、こうして机上に蓄積されてしまっている。
 二日後に騎士団・魔法士団の役職者全てが揃う会議が行われ、そこで全てが決せられる予定だが、こんな直前で何か重大な変更でも発生したのかと、ブラウンは蓄積されまくった書類の中の、魔法士団から上がって来ている書類が積まれている山に手を伸ばそうとして――
 そうしてピタリと動きを止めた。 

「お久しぶりです、ブラウン様」

 ブラウンの耳に届いた聞くだけであれば可愛らしい、けれど可能であれば記憶から消し去りたいが消し去ることなど出来ないその声に、ブラウンはギギギ……と錆びついた音が聞こえてきそうな程ぎこちなく首を動かした。

「……マー、シャ……?」

 信じられないものを見た、というような顔をしているブラウンに、騎士団長室に入ってきた魔法士は――マーシャは、にっこりと可愛らしく微笑んだ。

「時間がかかってしまってすみません。ブラウン様をお待たせしてしまっているとは分かっていたのですけれど。どうにも満足のいく仕上がりにならなくて……」
「全然全く何にも待っていなかったから安心しろ」

 憂いを帯びた表情で溜め息を落としながら話し始めたマーシャに、ブラウンは即座に、且つ早口で否定する。

「――マーシャ、緊急案件だと聞いたが」
「はい! 遂に出来たんですよ!! それはもう素晴らしい仕上がりで! これはすぐにブラウン様にご報告しなくっちゃって!!」

 ぱぁっと顔を輝かせながら、マーシャは手にしていた小さな箱を持ち上げる。
 箱の中でぬちゃりと、小さいながら不可思議で不吉な音がした。
 一瞬にして表情が消え去ったブラウンに、控えていた団員はびくりと身体を竦ませる。

 ブラウンの表情が消える時――それは普段は厳しくも優しい兄貴中の兄貴であるブラウンの静かなる怒りの合図だ。
 しかし今の会話の何にブラウンが怒ったのか、団員には全く分からなかった。
 全く分からないが、しかしこんな可愛らしい女人が団長の怒りを浴びてはきっと泣いてしまうと、団員はぐっと拳を握った。
 
「あ、あの、団長……!」

 団員が意を決して呼び掛けると、ブラウンの視線がすぅっと団員へと移る。
 やはり無表情のままのブラウンに、団員は青い顔をして反り返りそうなほど背筋を伸ばした。
 少しでも怒りを和らげられないかと思って声をかけてみたものの、ブラウンのあまりの無表情っぷりに続く言葉が一切出てこなかったのだ。
 小さく震えてすらいる団員の姿に、ブラウンはふっと息を吐くと目頭を揉んで固まった表情筋を解す。

「……少々込み入った案件のようだ。すまないが、暫く外してくれ」
「はっ!!」

 ビシッと礼をして即座に、脱兎のごとくとはかくありなんという体で飛び出していった団員の背を見送って、ブラウンはさり気なく己の上着のポケットに手をやった。
 もう二度とあんな事・・・・になってたまるかと、あの後魔法士団長であるガルーシュから借り受けたブツの感触を確かめながら、箱を持ち上げたままにこにこと微笑んでいるマーシャに視線を戻す。

「……俺は今、忙しい」
「でしたらリフレッシュが必要ですね!」
「そうだな。確かにそうだろう。……だが俺にそれ・・は必要ない」
「……え?」

 きょとりと目を瞬かせたマーシャは、数拍の後にこてんと首を傾げる。
 相変わらず、その表情と仕草だけは可愛らしい。

「でもブラウン様。とってもとっても自信作なんです。もう絶対絶対! ぜーーったい!! ブラウン様も私も大満足出来る仕上がりなんです!!」
「俺が満足するわけないだろう!?」

 箱を手にしたまま鼻息荒く詰め寄ってくるマーシャに、ブラウンが思わずといったように声を荒らげながら立ち上がると、マーシャは不満そうに頬を膨らませた。

「試してもいないのに、どうして分かるんですか」
「当たり前だろう!? 俺には!! 尻を掘られる趣味は!! ない!!!」

 ブラウンがバァンっ! と両手で机を叩くと、その衝撃で積まれていた書類がぐらりと傾いだ。
 しまった! と、咄嗟にブラウンは書類の山に手を伸ばしたが、そんな事は当然無駄な足掻きだ。
 傾いだ書類は無情にも崩れ、ばさばさと音を立てて床へと散らばって行く――はずだった。
 けれど書類は崩れることなく、何かに押されるようにふわんと元通りに――それ以上にきっちりと整った山に戻った。

「……な……」

 何故、と言おうとして、ブラウンははっと目の前のマーシャに視線を戻す。
 ブラウンからの視線に、マーシャはにっこりを微笑みを返した。

「……助かった」

 元はと言えばマーシャのせいではあるが、それでも惨事を免れた事にブラウンは小さく息を落とす。
 
「あぁ、そうですね。こんなにたくさんお仕事なさって……ブラウン様、きっととってもお疲れですよね」

 マーシャは大事そうに両手で持っていた箱を小脇に抱えると、空いた方の指先をくるくると回す。
 と、乱雑に積まれていた書類が一斉に浮かび上がったかと思ったらざざざっと音を立てていくつかの山に組み直されて、そしてきっちりと机上へと戻る。

「内容までは分からないので、とりあえず色毎です」

 にこりと微笑んだマーシャの言う通り、書類は色――発行元毎の山に分かれている。

「……すごいな」

 その山をぽかんと見つめていたブラウンは、だから反応が遅れてしまった。
 団長室の扉の鍵ががちゃんっと締まった音にはっと顔を上げた時には、ブラウンの身体はふわりと浮き上がっていた。

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