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08.
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ちゅっとレイヴィスの首筋に唇を寄せたロゼリアに、レイヴィスは自身を落ち着かせるようにふーっと息を吐くと、ロゼリアの頬にキスをして、少し待ってろと言って寝室を出て行った。
程なくして戻ってきたレイヴィスの手には、小さなナイフ。
「まさかとは思うけど……」
というかそれしかないのだろうけれど……とロゼリアは眉を下げる。
「ロゼリアが俺の血を飲むには、こうするしかないからな」
「痛そう……」
うーと唸って泣きそうな顔をしているロゼリアに、レイヴィスが苦笑を零す。
「ロゼリアが痛いわけじゃないだろう」
「そうだけど……」
「痛みはするが、すぐに治るから大した事じゃない」
「すぐって言っても、一瞬でってわけではないでしょう?あんまり痛くない場所とか…ないのかしら…」
そう言ったロゼリアに、レイヴィスが首を傾げる。
「見たことなかったか?切り傷程度なら、本当にすぐだ」
見てろ、と言われて、ロゼリアが身構える間もなくレイヴィスは自分の手首にすっとナイフを滑らせる。
「……っ!!」
レイヴィスの手首に赤い線が走ったと思ったら、瞬きの後にすぅっと傷口が消えていって、溢れた少しの血液だけが肌の上に残された。
「な?もう痛みもないし、本当に大した事ないんだ」
言いながら、ぺろりと自身の血を舐め取ったレイヴィスに、ロゼリアはあ、と声をあげる。
「今のじゃ……ダメだった、の?」
「流石に少なすぎるだろうからな」
「そ……そう、なの……」
一体どれほど飲まなければならないのか。
ロゼリアは不安そうにレイヴィスを見上げる。
「俺も初めての事だからよく分からないが……ここくらいでないとダメらしい」
ここ、と首を──頸動脈をとんと指で叩いたレイヴィスに、ロゼリアはきゅっと唇を引き結ぶ。
「大丈夫なの…よね…?」
「大丈夫だから、心配するな。出血量は多いらしいが、今見せたみたいにすぐに塞がってくるから」
ぽんぽんと頭を撫でられて、ロゼリアは一度きゅっと拳を握りしめると、レイヴィスを見上げて頷いた。
レイヴィスはロゼリアの向かいに腰を下ろすと、ロゼリアを自分の前に膝立たせてその頬を撫でる。
「良いか?」
短く問われて、ロゼリアはこくんと頷くと、レイヴィスの肩に手を乗せる。
レイヴィスはロゼリアが頷いたのを確認すると、ゆっくりと自身の首筋にナイフをあてて、引く。
溢れ出した血液に思わず目を瞑りそうになって、けれどロゼリアは必死で堪えると、
レイヴィスの首筋に唇を寄せた。
こくん、こくん、と、ロゼリアの喉が鳴る。
錆びたような味と匂いにむせそうになりながらも、ロゼリアは必死にレイヴィスの血液を飲み下す。
傷が塞がり始めたのか少しずつ溢れる量が減ってきている血液に、あとどれくらい飲めば良いのかしらとロゼリアが不安に思い始めた頃、ロゼリアの身体がじんわりと熱を帯び始めた。
「ふっ………」
思わず漏れた吐息がレイヴィスの首筋にかかって、レイヴィスの肩が僅かに跳ねる。
「ロゼリア?」
大丈夫かと背を撫でてくれる手を感じながら、けれどロゼリアは内側から広がっていく熱に、レイヴィスに返事をする事が出来ずに、ただその肩に額を押し付ける。
心臓が、ドクドクと音を立てている。
呼吸が荒くなって、じわりと汗が滲む。
天地も分からなくなるくらいにぐらぐらする意識を必死に保って、何かに縋り付いていたロゼリアの中でじわじわと広がっていた熱が、
突然爆ぜた。
それと同時に心臓がドクンと大きく波打つ。
息が止まる程の衝撃に、ぐらりと傾いだ身体を、誰かが抱き留めてくれて──
そうして熱も乱れた心臓も落ち着いた頃、ふと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
のろのろと頭を持ち上げると、目の前に僅かに零れた赤。
美味しそうなのに、勿体ない──
そんな考えが浮かんで、ロゼリアはゆっくりとその赤に唇を寄せる。
舐めてみたけれど、物足りなくて、焦れた様に歯を立てる。
「そのまま、噛んでごらん」
あぁ、そうか。噛まないといけないのね──
どこかから聞こえたその声に、ロゼリアはうん、と小さく返して、そして目の前のそれにかぷりと噛みついた。
レイヴィスの首から溢れる血液を飲み始めて暫く、ロゼリアの様子がおかしくなって、そして突然ぐらりと傾いだ。
慌ててその身体を支えて、抱きしめる。
「ロゼリア?大丈夫か?」
何度か問いかけてみたけれど答えはなく、ただ苦しそうなロゼリアの様子にレイヴィスが焦り始めた頃、ふとロゼリアが顔を上げた。
苦しそうだった呼吸は落ち着いているようで、レイヴィスはほっと息をついて、ロゼリアの名を呼ぼうとして、目を瞠る。
ロゼリアの碧色だった瞳が、深紅に染まっていた。
「ロゼリア……?」
ぼんやりとしたままのロゼリアは、やはりレイヴィスの問いかけには答えずに、ふっとレイヴィスの首に吸い寄せられるように唇を寄せた。
暫くミルクを舐める子猫のようにレイヴィスの首に残った血液を舐めていたロゼリアが、もどかし気に歯を立てた。
レイヴィスは歓喜の声を上げそうになって、けれどぐっと堪える。
「ロゼリア。そのまま、噛んでごらん」
ロゼリアの頭を撫でて、そっと囁くと、ややあってロゼリアが「うん」と小さく返事をして、かぷりと、レイヴィスの首に噛み付いた。
まだ傷が塞がり切っていなかった首に、つぷりとロゼリアの牙が沈み込む。
再び溢れ出したレイヴィスの血を啜るロゼリアの吸血技術は、当然ながらまだ拙い。
これは暫く練習をさせないといけないなと、レイヴィスは緩む頬をそのままにロゼリアの髪を撫でた。
満足したのか、上手く吸えなくて諦めたのか、ロゼリアがレイヴィスの首から唇を離した。
「ロゼリア」
名を呼んでみると、今度はゆるりと顔を上げてレイヴィスを見つめ返してきたロゼリアの口端からは、飲み込み切れなかったレイヴィスの赤が零れている。
レイヴィスがそれを指で拭ってロゼリアの口元に持って行くと、ロゼリアはぺろりとレイヴィスの指を舐める。
「美味いか?」
「うん……」
こくんと頷いたロゼリアが、次の瞬間ふと瞬いた。
ぼんやりとレイヴィスを見つめていた瞳に力が戻って、ぱちぱちと数度瞬く。
「レイヴィス……?わたし……」
「無事になれたようだな」
ロゼリアの口から覗く小さな牙を突いてやると、ロゼリアはそっと自分でそれに触れてみて、そして驚いたようにレイヴィスを見上げる。
「ようこそ、と言うべきか──?ヴァンパイアの花嫁殿」
レイヴィスはロゼリアの手を取って、その甲に口付ける。
「これで……ずっと一緒……?」
「あぁ、そうだ」
ロゼリアはぺたぺたと自分の顔を触って、そしてもう一度牙を触って、
そしてふわりとレイヴィスに抱き着いた。
「今まで待っててくれてありがとう。え、と……あの……末永く、よろしくお願いします…?」
「何で疑問形なんだよ」
「だって、今更かしらって…でも、ヴァンパイアとしては、0歳だし……」
恥ずかしそうにもごもごとそんな事を言ったロゼリアに、レイヴィスはふっと笑う。
「そうだな。これから色々と教えてやるが……今夜のところは初夜と行こうか」
「……ふぇっ???」
「正式にヴァンパイアの花嫁になった妻との、初夜だ」
「え、え……?」
ぽすんとベッドに押し倒されて、ロゼリアはあわあわとレイヴィスの胸を押し返そうとして、けれどあっさりと手首を縫い留められてしまう。
「最近きちんと出来てなかったしな。今日は朝まで離さねーから、覚悟しとけよ」
「え、でも………んんっ」
深く口付けられて、あっという間にロゼリアの夜着の中に入り込んできたレイヴィスの手に抗う事も出来ず、ロゼリアは甘い吐息を零して──
ふにゃぁぁぁんっと聞こえて来た独唱から、すぐに二重唱へと変わった子供たちの泣き声に、
ロゼリアは即座にレイヴィスを押し退けて部屋から駆け出して行った。
「いつんなったらちゃんと寝るんだ、こいつらは……」
「もう少し先、かしら?」
苦笑を零すロゼリアとの間に、今はもうすやすやと眠っている我が子達を挟んで横になったレイヴィスは、子供達の頬をつっついた後に少し遠いロゼリアの頬を撫でる。
「こいつらが朝まで寝るようになったら、覚えとけよ」
拗ねた様にそんな事を言ったレイヴィスに、ロゼリアはあら、と笑う。
「子供が育つ時間よりも、2人で過ごせる時間の方がずっとずっと永いのでしょう?だったら今は、子育てを思いっきり楽しんだ方が良いと思うわ」
ロゼリアはレイヴィスの手に頬を預けて、そして少しの艶を含んだ笑みを浮かべる。
「子供達から手が離れたら──ね?」
ロゼリアはいつの間にこんな表情をするようになったのかと、レイヴィスは湧き上がる劣情をぐっと抑え込んで身体を起こすと、ロゼリアに口付ける。
ちゅっと軽く音を立てて唇を離したレイヴィスがふと視線を下げると、ついさっき眠ったばかりのはずの、ぱっちりと目を開けたリートと目が合って──そしてリートの顔がふにゃりと歪む。
「あぁ、くそっ。ほら、これなら寝るだろ」
グズり出したリートと、まだすやすやと眠ったままのアリアを、シルヴァがまとめて抱え込むと、リートのグズりがピタリと止んできゃっきゃと機嫌の良さそうな声が響く。
「リートもアリアも、シルヴァが大好きよね」
さすが私の子だわ、と呟いてロゼリアが後ろから抱きついてくる。
毛並みを堪能しているらしいロゼリアに、レイヴィスは小さく唸り声を上げて、けれど諦めたように息を落とすと身体の力を抜いて完全にベッドに横たわる。
「レイヴィス?」
「今日はベッドになってやるから、ロゼリアもそのまま寝て良いぞ」
レイヴィスはその晩、ロゼリアを背中に貼り付けて、交互に起きる2人の子供に毛をもぐもぐされたり引っ張られたりしながら、眠れぬ夜を過ごす羽目になった──。
── Fin. ──
程なくして戻ってきたレイヴィスの手には、小さなナイフ。
「まさかとは思うけど……」
というかそれしかないのだろうけれど……とロゼリアは眉を下げる。
「ロゼリアが俺の血を飲むには、こうするしかないからな」
「痛そう……」
うーと唸って泣きそうな顔をしているロゼリアに、レイヴィスが苦笑を零す。
「ロゼリアが痛いわけじゃないだろう」
「そうだけど……」
「痛みはするが、すぐに治るから大した事じゃない」
「すぐって言っても、一瞬でってわけではないでしょう?あんまり痛くない場所とか…ないのかしら…」
そう言ったロゼリアに、レイヴィスが首を傾げる。
「見たことなかったか?切り傷程度なら、本当にすぐだ」
見てろ、と言われて、ロゼリアが身構える間もなくレイヴィスは自分の手首にすっとナイフを滑らせる。
「……っ!!」
レイヴィスの手首に赤い線が走ったと思ったら、瞬きの後にすぅっと傷口が消えていって、溢れた少しの血液だけが肌の上に残された。
「な?もう痛みもないし、本当に大した事ないんだ」
言いながら、ぺろりと自身の血を舐め取ったレイヴィスに、ロゼリアはあ、と声をあげる。
「今のじゃ……ダメだった、の?」
「流石に少なすぎるだろうからな」
「そ……そう、なの……」
一体どれほど飲まなければならないのか。
ロゼリアは不安そうにレイヴィスを見上げる。
「俺も初めての事だからよく分からないが……ここくらいでないとダメらしい」
ここ、と首を──頸動脈をとんと指で叩いたレイヴィスに、ロゼリアはきゅっと唇を引き結ぶ。
「大丈夫なの…よね…?」
「大丈夫だから、心配するな。出血量は多いらしいが、今見せたみたいにすぐに塞がってくるから」
ぽんぽんと頭を撫でられて、ロゼリアは一度きゅっと拳を握りしめると、レイヴィスを見上げて頷いた。
レイヴィスはロゼリアの向かいに腰を下ろすと、ロゼリアを自分の前に膝立たせてその頬を撫でる。
「良いか?」
短く問われて、ロゼリアはこくんと頷くと、レイヴィスの肩に手を乗せる。
レイヴィスはロゼリアが頷いたのを確認すると、ゆっくりと自身の首筋にナイフをあてて、引く。
溢れ出した血液に思わず目を瞑りそうになって、けれどロゼリアは必死で堪えると、
レイヴィスの首筋に唇を寄せた。
こくん、こくん、と、ロゼリアの喉が鳴る。
錆びたような味と匂いにむせそうになりながらも、ロゼリアは必死にレイヴィスの血液を飲み下す。
傷が塞がり始めたのか少しずつ溢れる量が減ってきている血液に、あとどれくらい飲めば良いのかしらとロゼリアが不安に思い始めた頃、ロゼリアの身体がじんわりと熱を帯び始めた。
「ふっ………」
思わず漏れた吐息がレイヴィスの首筋にかかって、レイヴィスの肩が僅かに跳ねる。
「ロゼリア?」
大丈夫かと背を撫でてくれる手を感じながら、けれどロゼリアは内側から広がっていく熱に、レイヴィスに返事をする事が出来ずに、ただその肩に額を押し付ける。
心臓が、ドクドクと音を立てている。
呼吸が荒くなって、じわりと汗が滲む。
天地も分からなくなるくらいにぐらぐらする意識を必死に保って、何かに縋り付いていたロゼリアの中でじわじわと広がっていた熱が、
突然爆ぜた。
それと同時に心臓がドクンと大きく波打つ。
息が止まる程の衝撃に、ぐらりと傾いだ身体を、誰かが抱き留めてくれて──
そうして熱も乱れた心臓も落ち着いた頃、ふと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
のろのろと頭を持ち上げると、目の前に僅かに零れた赤。
美味しそうなのに、勿体ない──
そんな考えが浮かんで、ロゼリアはゆっくりとその赤に唇を寄せる。
舐めてみたけれど、物足りなくて、焦れた様に歯を立てる。
「そのまま、噛んでごらん」
あぁ、そうか。噛まないといけないのね──
どこかから聞こえたその声に、ロゼリアはうん、と小さく返して、そして目の前のそれにかぷりと噛みついた。
レイヴィスの首から溢れる血液を飲み始めて暫く、ロゼリアの様子がおかしくなって、そして突然ぐらりと傾いだ。
慌ててその身体を支えて、抱きしめる。
「ロゼリア?大丈夫か?」
何度か問いかけてみたけれど答えはなく、ただ苦しそうなロゼリアの様子にレイヴィスが焦り始めた頃、ふとロゼリアが顔を上げた。
苦しそうだった呼吸は落ち着いているようで、レイヴィスはほっと息をついて、ロゼリアの名を呼ぼうとして、目を瞠る。
ロゼリアの碧色だった瞳が、深紅に染まっていた。
「ロゼリア……?」
ぼんやりとしたままのロゼリアは、やはりレイヴィスの問いかけには答えずに、ふっとレイヴィスの首に吸い寄せられるように唇を寄せた。
暫くミルクを舐める子猫のようにレイヴィスの首に残った血液を舐めていたロゼリアが、もどかし気に歯を立てた。
レイヴィスは歓喜の声を上げそうになって、けれどぐっと堪える。
「ロゼリア。そのまま、噛んでごらん」
ロゼリアの頭を撫でて、そっと囁くと、ややあってロゼリアが「うん」と小さく返事をして、かぷりと、レイヴィスの首に噛み付いた。
まだ傷が塞がり切っていなかった首に、つぷりとロゼリアの牙が沈み込む。
再び溢れ出したレイヴィスの血を啜るロゼリアの吸血技術は、当然ながらまだ拙い。
これは暫く練習をさせないといけないなと、レイヴィスは緩む頬をそのままにロゼリアの髪を撫でた。
満足したのか、上手く吸えなくて諦めたのか、ロゼリアがレイヴィスの首から唇を離した。
「ロゼリア」
名を呼んでみると、今度はゆるりと顔を上げてレイヴィスを見つめ返してきたロゼリアの口端からは、飲み込み切れなかったレイヴィスの赤が零れている。
レイヴィスがそれを指で拭ってロゼリアの口元に持って行くと、ロゼリアはぺろりとレイヴィスの指を舐める。
「美味いか?」
「うん……」
こくんと頷いたロゼリアが、次の瞬間ふと瞬いた。
ぼんやりとレイヴィスを見つめていた瞳に力が戻って、ぱちぱちと数度瞬く。
「レイヴィス……?わたし……」
「無事になれたようだな」
ロゼリアの口から覗く小さな牙を突いてやると、ロゼリアはそっと自分でそれに触れてみて、そして驚いたようにレイヴィスを見上げる。
「ようこそ、と言うべきか──?ヴァンパイアの花嫁殿」
レイヴィスはロゼリアの手を取って、その甲に口付ける。
「これで……ずっと一緒……?」
「あぁ、そうだ」
ロゼリアはぺたぺたと自分の顔を触って、そしてもう一度牙を触って、
そしてふわりとレイヴィスに抱き着いた。
「今まで待っててくれてありがとう。え、と……あの……末永く、よろしくお願いします…?」
「何で疑問形なんだよ」
「だって、今更かしらって…でも、ヴァンパイアとしては、0歳だし……」
恥ずかしそうにもごもごとそんな事を言ったロゼリアに、レイヴィスはふっと笑う。
「そうだな。これから色々と教えてやるが……今夜のところは初夜と行こうか」
「……ふぇっ???」
「正式にヴァンパイアの花嫁になった妻との、初夜だ」
「え、え……?」
ぽすんとベッドに押し倒されて、ロゼリアはあわあわとレイヴィスの胸を押し返そうとして、けれどあっさりと手首を縫い留められてしまう。
「最近きちんと出来てなかったしな。今日は朝まで離さねーから、覚悟しとけよ」
「え、でも………んんっ」
深く口付けられて、あっという間にロゼリアの夜着の中に入り込んできたレイヴィスの手に抗う事も出来ず、ロゼリアは甘い吐息を零して──
ふにゃぁぁぁんっと聞こえて来た独唱から、すぐに二重唱へと変わった子供たちの泣き声に、
ロゼリアは即座にレイヴィスを押し退けて部屋から駆け出して行った。
「いつんなったらちゃんと寝るんだ、こいつらは……」
「もう少し先、かしら?」
苦笑を零すロゼリアとの間に、今はもうすやすやと眠っている我が子達を挟んで横になったレイヴィスは、子供達の頬をつっついた後に少し遠いロゼリアの頬を撫でる。
「こいつらが朝まで寝るようになったら、覚えとけよ」
拗ねた様にそんな事を言ったレイヴィスに、ロゼリアはあら、と笑う。
「子供が育つ時間よりも、2人で過ごせる時間の方がずっとずっと永いのでしょう?だったら今は、子育てを思いっきり楽しんだ方が良いと思うわ」
ロゼリアはレイヴィスの手に頬を預けて、そして少しの艶を含んだ笑みを浮かべる。
「子供達から手が離れたら──ね?」
ロゼリアはいつの間にこんな表情をするようになったのかと、レイヴィスは湧き上がる劣情をぐっと抑え込んで身体を起こすと、ロゼリアに口付ける。
ちゅっと軽く音を立てて唇を離したレイヴィスがふと視線を下げると、ついさっき眠ったばかりのはずの、ぱっちりと目を開けたリートと目が合って──そしてリートの顔がふにゃりと歪む。
「あぁ、くそっ。ほら、これなら寝るだろ」
グズり出したリートと、まだすやすやと眠ったままのアリアを、シルヴァがまとめて抱え込むと、リートのグズりがピタリと止んできゃっきゃと機嫌の良さそうな声が響く。
「リートもアリアも、シルヴァが大好きよね」
さすが私の子だわ、と呟いてロゼリアが後ろから抱きついてくる。
毛並みを堪能しているらしいロゼリアに、レイヴィスは小さく唸り声を上げて、けれど諦めたように息を落とすと身体の力を抜いて完全にベッドに横たわる。
「レイヴィス?」
「今日はベッドになってやるから、ロゼリアもそのまま寝て良いぞ」
レイヴィスはその晩、ロゼリアを背中に貼り付けて、交互に起きる2人の子供に毛をもぐもぐされたり引っ張られたりしながら、眠れぬ夜を過ごす羽目になった──。
── Fin. ──
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