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序章

二つ目の命令

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「嫌!やめて!私に触らないで!」

 電流をほとんど流していないマイクに振動が届く。この声は、私を起動したあの少女のものではないか?
 いや、それはありえない。このようなダストシュートの底まで少女が降りてくることはなかったし、彼女はここの管理者のようだったから。しかし、彼女がもし私に何か命令するようだったら、私は未だにそれに従いたいと思っている。
 扉が開く音がする。こういう時はいつだって何か、新しいことが起きる。
 俺は両眼を起動して状況を把握する。人型は四つ。目隠しされた彼女と、彼女を拘束する青年と、彼に従う二体のロボットだ。青年は髪が派手な青だ。ロボットは腕が武装になっている、一体は刀、一体は何かの銃だ。中々強く見える。

「何よ、この埃っぽい場所」

 また埃か。埃の話には少し申し訳なくなる。

「わからないのか。ならば、この音に耳を傾けてみろ」
「機械の軋む音…なーに?何なの?ここは何処なの?」
「まだわからないのか?」

 青年は唐突に缶のエナジードリンクを取り出した。ひと息に、豪快に飲み干す。俺は彼が何をするのか大体予想できた。

「実に美味だ。最高の仕事に最高のドリンク。私は恵まれているな」

 青年は大柄な体躯を生かしたモーションで空き缶を投げた。僅かな中身を飛び散らして飛ぶ。一秒前まで円筒だった缶はべしゃりとなった。

「潰れた…?」

 青年は少女を機械の前へ突き飛ばした。完全な悪役だ。すかさず二体のロボットが少女を取り囲み逃げ道を断つ。

「目隠しを外してみろ」

 少女は痛む腕を(悠長にも)さすりながら、目隠しを取った。ここまでされないと気づかないのか。俺は青年に奇妙な共感を覚えてしまった。少女も、ようやく現状に気づいたようだった。

「嘘…?私を…この私を、スクラップに?狂ってる。流石はあの女の飼い犬ね。性根が腐ってるわ」
「いや、まだそうと決まった訳じゃあない」
「私に何をしろっていうの?テロリストの手先になれとか、旧王家の情報を吐けとか、そういうのは絶対にお断りよ!」
「震えながらよく言うものだ。しかしまあ、まだ自身に利用価値があると思っているようだな」
「そうに決まってるじゃない!私が誰だかわかっているからこの工場を占拠したのでしょう?」
「後ろの質問への答えは肯定だ。しかし前の質問の答えは…」

 女性の高笑いが聞こえた気がした。聴覚を強化する。ノイズを遮断して———

「否、否々否!お前の命に価値などない!お前の妹の場所などすでに割れている!お前たちの隠した鍵ももう見つかった!」
「嘘よ!執行者を名乗る犬にそんな捜査力なんてあるはずない…」
「顔色を変えたな。そもそも存在自体が秘匿されていた妹の話が出て驚いたか」

 側から聞いている俺にとっては何が何だかわからない。このイケメンが犬で、少女は旧王家側?さらに俺の聴覚が微かな音を捉える。『そろそろ殺ってしまいなさい』、男のイヤホンからだ!

「絶望している暇はないぞ!これからお前には選択肢を与えよう」
「ひとつは飛び込んでスクラップね」

 ああ、震えている。精一杯強がっているのがわかる。

「そうだ。あと二つは———」
「ふたつ?そんな、まさか」
「そこの剣で体を貫かせるか、銃で撃ち殺されるかだ!お前たち旧王家の大好きな『名誉ある死』はどれだ?さあ、選ぶといい」
「む…無理よ!もう無理!私にはできっこない!じ…自殺なんて!嫌よ!こんな所でゴミみたいに死にたくない!」
「そうか」

 青年は嬉しそうだ。胸元からデバイスを見せる。

「今の言葉、お前の妹に会ったら聞かせてやるとしよう」
「ろ、録音だなんて…卑怯よ」

 少女は座り込んでしまった。

「ならば、銃がいいだろうか。なるべく長く苦しませてやる」
「…けて…」

 それで十分だった。強化した俺の聴覚には、彼女が誰かを必要としていることがわかった。もう俺は捨てられないで済むだろうか。この頑丈な体がやっと役に立つ。彼女がそれを許した。この残り10%の電力で十分だろう。時間が加速する。

「助けて!」

 俺は彼女の前に飛び出した。銃弾を一身に受ける。煙が晴れ、機体は傷ひとつない。

「ゴ命令ヲオ待チシテオリマシタ」
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