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それは一輪の花のように
――
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…………。
…………ここは、どこだ?
水の中にいるような感覚だった。ふわふわとして、心地よくて、不安で、冷たくて、あたたかくて……。
ゆっくり瞳を開けてみれば、そこは……なんと言ったら、いいんだろうか。映像がそこらじゅうに敷き詰められていた。向こう側が見えないほどたくさん、そちらへ向かったとしても、向こう側の向こう側があるほどにたくさん、たくさん、たくさん――。
(……あ)
その中に、一つの映像を見つけた。思わず、小さく笑みがこぼれた。Unfinishedが、食事をとっている映像だ。その中でただ一人、ウタだけがいない。なぜかはすぐに分かった。この映像は、全て、ウタの記憶なのだ。ウタの視点から見た、ウタの記憶。ウタがこの中にいないのは当然のことだ。
とすれば……私は、すでに、ウタの脳内にいると言うことだ。……ウタ本人に会えればいいのだろうか。しかし、どこにいる?
キョロキョロと辺りを見渡せば、一つの映像の中に、ウタの姿を見つけた。記憶なのに、姿がある。私は無意識のうちに、それに手を伸ばした。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「……なん、だ、ここ…………」
咄嗟に、辺りを見渡す。道……のようだが、様子がおかしい。レンガじゃないし、灰色で、白い線が引かれている。脇の塀にはなにか張り紙がしてあるが……なにも読めない。ここはどこだ……?
呆然と立ち尽くしていると、チリンチリンとけたたましい音がした。そちらへ目を向ければ、坂道を、ものすごいスピードで下ってくる『なにか』が迫っていた。
「しっ、しえる――」
咄嗟に防ごうとしたが、間に合わず……それは、私に突っ込んでくる。が、通り抜けた。まるで、『私なんてそこにはいない』というように。
……そうか、ここはウタの記憶。ならば、ウタの記憶にない人やものは存在しないことになるのか。
……ウタ?
私は、たった今通りすぎていった『それ』に、人が乗っているのを見ていた。そしてその人は……まさしく、ヤナギハラ・ウタ、その人であった。
「ウタっ……! ウィング!」
風で勢いをつけようかと思ったが、なぜか魔法が使えない。……ウタもはじめは使えていなかった。その世界、そして記憶には、魔法が存在しないのだ。
「待てっ、ウタっ……!」
仕方なく私は、それを走って追いかけた。『それ』は信じられないほど早く、見失わないようにするので精一杯だった。そして、曲がり角を曲がったかと思えば……
「うわっ?!」
ウタが乗っていたそれよりも大きく、速いものが、いくつも走っていた。右からも左からも……なんだこれ、すごいことになっている。
「……ここが、ウタの生きていた、世界なんだな……」
独り言を呟けば、再びウタの後を追う。ウタはこの混雑した道を慣れた様子で通り抜け、やがて、大きな建物の中に入っていった。
やはり私は誰にも見えていないようで、みんな同じ服、同じくらいの年のそこに入り込んでも、誰もなにも言わなかった。ウタの姿を追って扉も全部すり抜け、一つの部屋にはいれば、そこにはウタと同じような年の人が3、40人ほど。男女比は、大体同じくらいだろうか。
部屋の左、窓際の一番前の机に、ウタは座った。そのウタに、一人が近づいていくのが見えた。
……何て言っているのかわからない。でも、楽しげに話しているのはわかる。
瞬間的に察した。
彼が、『充希』なのだと。
それは、ウタの一日の記憶だった。この建物は、学校だった。勉強して、昼を食べて、また勉強して、あわただしい道を、充希と下校して、家に帰り、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝る。
それだけの生活だ。
それだけの生活なのに、ウタは、心底楽しそうにしていた。
……ふと、こんな感情に襲われる。
『こんなウタを見たことがない』
今まで見ていたウタは、やはり、この充希を裏切り、事故とはいえそのまま死なせてしまったと言う罪を背負った『ヤナギハラ・ウタ』だったのだろう。罪を背負ったまま、事故で死んでしまった『ヤナギハラ・ウタ』であって、ここで無邪気に、友人と何でもない日々を笑いながら過ごしていた『柳原羽汰』ではないのだ。
一日が終われば、最初の空間に戻される。映像が溢れる、その空間に。
『羽汰』はどこにいる?
周囲を見渡しても、記憶に紛れて、ウタ本人が見つからない。なにも分からない。
「…………」
自分を見失わずに。相手を信じて、自分を信じて……。
私はそっと、頭の中で呼び掛けた。いつも私の、私たちの声を聞いてくれていたウタならば、きっと今も、聞いてくれるはずだ。
(ウタ……羽汰、聞こえないか、羽汰。一緒に帰ろう。一緒に、これからもやっていこうよ、羽汰)
「…………っ!」
ふと、背後に気配を感じとり、振り返った。そこには、『柳原羽汰』が立っていた。ボロボロで、虚ろで、儚くて、今にも消えてしまいそうな羽汰が、そこにはいた。
「…………羽汰?」
「……アリアさん」
羽汰が声に答えたと思ってホッとしたのは、一瞬のことだった。
「もう、生きたくないんです。疲れたんです。だから……邪魔しないでください」
そうして羽汰は、剣で襲いかかってきた。
…………ここは、どこだ?
水の中にいるような感覚だった。ふわふわとして、心地よくて、不安で、冷たくて、あたたかくて……。
ゆっくり瞳を開けてみれば、そこは……なんと言ったら、いいんだろうか。映像がそこらじゅうに敷き詰められていた。向こう側が見えないほどたくさん、そちらへ向かったとしても、向こう側の向こう側があるほどにたくさん、たくさん、たくさん――。
(……あ)
その中に、一つの映像を見つけた。思わず、小さく笑みがこぼれた。Unfinishedが、食事をとっている映像だ。その中でただ一人、ウタだけがいない。なぜかはすぐに分かった。この映像は、全て、ウタの記憶なのだ。ウタの視点から見た、ウタの記憶。ウタがこの中にいないのは当然のことだ。
とすれば……私は、すでに、ウタの脳内にいると言うことだ。……ウタ本人に会えればいいのだろうか。しかし、どこにいる?
キョロキョロと辺りを見渡せば、一つの映像の中に、ウタの姿を見つけた。記憶なのに、姿がある。私は無意識のうちに、それに手を伸ばした。
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「……なん、だ、ここ…………」
咄嗟に、辺りを見渡す。道……のようだが、様子がおかしい。レンガじゃないし、灰色で、白い線が引かれている。脇の塀にはなにか張り紙がしてあるが……なにも読めない。ここはどこだ……?
呆然と立ち尽くしていると、チリンチリンとけたたましい音がした。そちらへ目を向ければ、坂道を、ものすごいスピードで下ってくる『なにか』が迫っていた。
「しっ、しえる――」
咄嗟に防ごうとしたが、間に合わず……それは、私に突っ込んでくる。が、通り抜けた。まるで、『私なんてそこにはいない』というように。
……そうか、ここはウタの記憶。ならば、ウタの記憶にない人やものは存在しないことになるのか。
……ウタ?
私は、たった今通りすぎていった『それ』に、人が乗っているのを見ていた。そしてその人は……まさしく、ヤナギハラ・ウタ、その人であった。
「ウタっ……! ウィング!」
風で勢いをつけようかと思ったが、なぜか魔法が使えない。……ウタもはじめは使えていなかった。その世界、そして記憶には、魔法が存在しないのだ。
「待てっ、ウタっ……!」
仕方なく私は、それを走って追いかけた。『それ』は信じられないほど早く、見失わないようにするので精一杯だった。そして、曲がり角を曲がったかと思えば……
「うわっ?!」
ウタが乗っていたそれよりも大きく、速いものが、いくつも走っていた。右からも左からも……なんだこれ、すごいことになっている。
「……ここが、ウタの生きていた、世界なんだな……」
独り言を呟けば、再びウタの後を追う。ウタはこの混雑した道を慣れた様子で通り抜け、やがて、大きな建物の中に入っていった。
やはり私は誰にも見えていないようで、みんな同じ服、同じくらいの年のそこに入り込んでも、誰もなにも言わなかった。ウタの姿を追って扉も全部すり抜け、一つの部屋にはいれば、そこにはウタと同じような年の人が3、40人ほど。男女比は、大体同じくらいだろうか。
部屋の左、窓際の一番前の机に、ウタは座った。そのウタに、一人が近づいていくのが見えた。
……何て言っているのかわからない。でも、楽しげに話しているのはわかる。
瞬間的に察した。
彼が、『充希』なのだと。
それは、ウタの一日の記憶だった。この建物は、学校だった。勉強して、昼を食べて、また勉強して、あわただしい道を、充希と下校して、家に帰り、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝る。
それだけの生活だ。
それだけの生活なのに、ウタは、心底楽しそうにしていた。
……ふと、こんな感情に襲われる。
『こんなウタを見たことがない』
今まで見ていたウタは、やはり、この充希を裏切り、事故とはいえそのまま死なせてしまったと言う罪を背負った『ヤナギハラ・ウタ』だったのだろう。罪を背負ったまま、事故で死んでしまった『ヤナギハラ・ウタ』であって、ここで無邪気に、友人と何でもない日々を笑いながら過ごしていた『柳原羽汰』ではないのだ。
一日が終われば、最初の空間に戻される。映像が溢れる、その空間に。
『羽汰』はどこにいる?
周囲を見渡しても、記憶に紛れて、ウタ本人が見つからない。なにも分からない。
「…………」
自分を見失わずに。相手を信じて、自分を信じて……。
私はそっと、頭の中で呼び掛けた。いつも私の、私たちの声を聞いてくれていたウタならば、きっと今も、聞いてくれるはずだ。
(ウタ……羽汰、聞こえないか、羽汰。一緒に帰ろう。一緒に、これからもやっていこうよ、羽汰)
「…………っ!」
ふと、背後に気配を感じとり、振り返った。そこには、『柳原羽汰』が立っていた。ボロボロで、虚ろで、儚くて、今にも消えてしまいそうな羽汰が、そこにはいた。
「…………羽汰?」
「……アリアさん」
羽汰が声に答えたと思ってホッとしたのは、一瞬のことだった。
「もう、生きたくないんです。疲れたんです。だから……邪魔しないでください」
そうして羽汰は、剣で襲いかかってきた。
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