独りよがりな善意のために、世界で一番大切な友達を失いかけた公爵令息の話

トウ子

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せめて着替えを、と頼み込んだネロは、手持ちのものの中で一番新しく清潔な服を纏い、迎えの馬車に乗り込んだ。
乗合馬車と比べて驚くほど座り心地の良い座席に感動しながら、ネロはずっと気になっていたことを、目の前に座る紳士に問いかけた。

「あの、もしかして、……あなたが公爵家の皆様に、私の作品をご紹介下さったのですか?」
「え?」
「だって、私みたいな平民の彫刻家の作品を、アノルウス公爵の方が見つけて頂けるなんて、どなたかがきっかけを作ってくださらないと、ありえないと思いまして」

そうであればお礼を言いたい、とネロが熱心に言い募ると、紳士はクスクスと笑って、クシャリと目尻に皺を寄せた。

「ふふ、違います。を作られたのはネロ様ご自身です」
「へ?」

言葉の意図を読みきれず困惑するネロに、紳士は意味ありげに微笑んだ。

「お会いになれば、分かりますよ」







皇帝の住まう城を除けば、帝都で最も大きな屋敷。
門から玄関が見えないほどに広大な、アノルウス公爵邸。
庭園も邸宅も、まるで芸術品のような美しさで、ネロはほとんど夢の中にいるような気分だった。

応接間に案内されたネロは、興奮に頬を染めながら、キョロキョロと室内に目をやった。
豪奢な部屋に飾られているのは、ネロの作品ばかりだ。
少しばかり気恥ずかしい思いで、見回していると、ふと、気になるものがあった。

「え?あれ、は」

部屋の目立つ場所に飾られているのは、ネロの作品だ。
一番最初の作品。
友達、に売ったはずの。

「あいつ、……ルシウスのやつ、俺の作品売ったのか?」

呆然と呟き、ネロは凍りついた。

「最近は俺も有名になったし、それなりにイイ値がついたのか?でも、売ったなんて……なんで?」

作品を見つめながら、ポロポロと悲しみが溢れ落ちる。
あれほど喜んでくれたのに、とネロは胸に鋭い痛みを覚えた。
けれど。

「……あ、そういえば」

ふと思いついた事実に、ネロはごくりと唾を飲んだ。
ルシウスと会っていないのだ。
おそらくは、もう一年近く。

「あいつ、今、どうしてるんだ?」

頭の中がぐるぐると混乱し、考えがまとまらない。
ソファに腰掛けたまま、両手で頭を抱えた。

「いつから会っていないんだ?くそ、覚えてねぇ。いつもルシウスから来てくれてたから、俺、あいつの家に行ったことなんか……もしかして最近、生活が苦しかったのか?」

考えれば考えるほど、自分がルシウスのことを何も知らないことに気がつき、思い知らされる。
自分たちの関係が、どれほどルシウスに依存していたのかを。

「なんだよ、苦しかったのなら、言ってくれれば助けてやれたかも、しれねぇのに。俺、最近昔よりは豊かな暮らししてるんだからさ。あいつにお菓子とか野菜とかもらってきた恩は、返すのに。……早く一人前になりたい、いつかお前と対等になりたいと思って、頑張ってきたのに」

悶々として、泣き言のようにひとりごちながら、涙が溢れそうになる。
自分はルシウスに頼ってもらえなかったのだ、信頼されていなかったのだ、とネロは感じた。

「でも、何か理由があるのかも、しれないし」

公爵邸から帰ったら、一度ルシウスの実家だという商会の屋敷に訪ねてみよう。
門前払いされるかもしれないけれど、伝言くらいは頼めるかもしれない。

そう考え、必死に心を落ち着かせていると、廊下に人の気配がした。
皺ひとつない黒衣をきっちりと着込んだ執事が現れ、待ち人がそろそろ到着することを告げた。
アノルウス公爵家の子息は、聞いていた通り多忙なようで、急用で外出していたが今戻ってきたらしい。
ネロは慌てて立ち上がり、居住まいを正した。
緊張して待ちながら、もし可能だったら、あの最初の作品についても聞けたら聞こうと心に決めた。

もっとも、それは無駄な決意だったのだけれど。






「………え」
「やぁ、久しぶり!」

現れたのは、ネロが今考えていた、まさにその人だった。

「る、しうす」

ネロの友達。
大事な、初めての友達。
初めての作品を売った相手。
初めてのお客さん。
初めての……。

「る、しう、す?」
「うん、そうだよ。フルネームは、ルシウス・アノルウス。アノルウス公爵家の長男で、君の作品に魅入られたファン、そして……君の友達さ!」
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