独りよがりな善意のために、世界で一番大切な友達を失いかけた公爵令息の話

トウ子

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ネロは呆然としながら、堰を切ったように語るルシウスの話を聞いていた。
正直、何を言っているのか分からなかった。

(嘘だろ。俺の作品を素晴らしいと言ってくれてたっていう貴族がこいつ?)

状況に思考がついていかず、ネロは壊れた人形のように、ただ「うそだ」「信じられない」と繰り返す。

「本当だよ」

凍りつくネロに、辛抱強く言い聞かせるのは、これまでに見慣れた友人。
髪の色だけ少し違うけれど、幼い頃から変わらない、端麗な顔と、美しい碧眼。

(考えてみれば、ただの平民が、こんなに美しい訳がなかったのか)

ふわふわと纏まらない思考で、昔の記憶を手繰り寄せながら、ネロはぼんやりと考えた。
目の前の、照れた様子で頬を掻く仕草は、見慣れた昔馴染みの友達のものだ。
けれど、一目で最上級とわかる生地の服を着こなし、家が一軒建ちそうな値段の茶器を慣れた様子で扱うのは、見知らぬ貴族の青年だ。
ネロの知らない、ルシウスの本来の姿。

「ねぇ、ネロ。提案なんだけれども、……アノルウス公爵家に、来ない?」
「え?」

あまりにも思いがけない言葉に、ネロは我に帰った。
冗談かと思ってルシウスを正面から見つめるが、とても冗談など言う気のないような真面目な顔だ。
理由を問うネロに、ルシウスは待ち構えていたかのように、饒舌に告げた。

「僕の見えない場所で君が苦しんでいるのなんか、耐えられないんだよ!
あの粗末な家で嵐の夜を過ごすのかと思うと恐ろしいし、有名になった君を狙って家に泥棒が入ってもすぐには助けに向かえないし、これからは、きっと名声を得た君を利用しようとする人間がたくさん現れるだろうし。それに、君が欲しい素材だって僕が表立って行動すれば良質なものがすぐに手に入るよ!……離れたままでは、君のために僕がは、限られてしまうんだ、ネロ」
「ルシウス……」

次々と吐き出される言葉から予測される真実が、ネロの心を串刺しにする。

(あぁ、そうか。わかった)

「ルシウス、お前は俺をずっとんだな?……アリガ、トウ」
「ふふ、気にしないで。僕がしたくて、したことなんだからさ」

嬉しそうに輝く笑みからを知る。
ネロの心にひたひたと絶望が迫り来て、深い闇の中に引き摺り込まれそうだった。

「ねぇ、ネロ。僕のそばにおいでよ。これからは僕が、直接君を守ってあげる。君はアノルウス公爵家の……ううん、僕のお抱えの芸術家になればいい。そうすれば、君を利用できる人間なんて、この国には存在しないよ」
「……そうか」
「迷惑になるとかは考えなくていいからね。だって僕、君も、君の作品も、大好きなんだ」
「それは、ありがたい、申し出だな」



(でもな、ルシウス。俺は、……そんなこと、望んでいなかった)



必死で強張った笑みを浮かべ、ネロはルシウスへ言葉を返す。
としての、言葉を。

「……色々とありがとうな、ルシウス」

自分のものとは思えないような声が、やけに快活な調子で唇から飛び出てくる。

「俺は創作に没頭できる。けど、あんまりにも、お前に旨味がなくないか?」
「そんなことないさ。君と一緒に暮らせるなんて、とても幸せだ。君は僕にとって特別な、唯一の友達なんだ!だから、これからも君のためになることは、なんでもしてあげたいんだ」
「ははっ……そっか」

悪気など欠片もない、ただひたすらにネロのためにと紡ぎ出される言葉と約束が、着実にネロの心臓を締め上げる。

「これからは、僕の側で創作を続けて。作品はこの屋敷に飾り、欲しい人が現れたら、君が売りたければ売ってやってもいい。衣食住は心配しないで。君の生活は僕が保障する。君は作品を作っていればいいんだ。そして、時々、僕の相手をしてくれると嬉しいな」
「ははっ、そっか」

ルシウスのが、苦しかった。
ネロの気持ちも願いも、ちっとも理解していない目の前のが、ひどく、憎かった。

「一度家に帰っていいか?作りかけの作品も、工房に、たくさんあるんだ」
「うん、全部持ってくるといい。明日また、迎えを寄越すよ」

まるでルシウスの申し出をありがたく受け入れるかのように、ネロはルシウスへ明るく笑いかける。
ズタズタに引き裂かれた心は、悲鳴をあげることすら出来ないほどだったけれども。

「楽しみだね、ネロ」
「あぁ、……そうだな」

(なぁ、ルシウス。俺は、お前の助けなんて、欲しくなかった。自分の力で身を立てて、そして……お前と対等になりたかったんだ)

「アリガトウ、ルシウス」

ルシウスの無邪気な笑みが、ネロは悲しくて、悔しくて、虚しくて、そして憎くて、仕方なかった。










ルシウスは、自分の申し出が素晴らしいものだと信じていた。
だから、受け入れられると信じて疑わなかった。
ワクワクしながら、公爵家へネロが戻ってくるのを待っていたのだ。
けれど。

「ルシウス様!」

翌日、ネロを迎えに行ったはずの部下が、青い顔をして戻ってきた。
報告を聞いたルシウスは、部下よりも更に血の気をなくし、その顔は紙のように真っ白になった。
慌てた足でネロの工房へ駆けつけたルシウスは、恐ろしいものを見た。

「……ネ、ロ」

綺麗に整えられた家。
力任せに壊された作品たち。
そして。

「うそ」

そこに人の気配はなく、どれほど探しても、置き手紙ひとつ、見つけることは出来なかった。



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