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ルシウスは死ぬことにした。1
しおりを挟むルシウスは茫然自失の中で過ごしていた。
世界は色彩を失い、常に濁って見える。
どんな豪華な食事も味がしない。
けれどそんな日々の中でも、ルシウスは若き公爵としての務めは果たしていた。
生まれてからずっと叩き込まれ、骨の髄まで染み込んだ貴族としての責務が、ルシウスに常に次期アノルウス公爵として相応しい行動を取らせていたのだ。
夜会でも、会議でも、視察でも、そして婚約者である皇女とのお茶会でも、ルシウスは全てをそつなくこなしていた。
美しい微笑みを浮かべながら、貴婦人に甘い言葉を囁き、紳士達と洒脱な会話を交わした。
地方からの報告を熟考し、過去の記録を調べ上げ、各所へ適切な指示を飛ばした。
何もかも今まで通りで、問題は何一つ生じていなかった。
だから、ルシウスの心は完全に死んでいたけれど、彼の異変に気付いた者はほとんど存在しなかった。
アノルウス公爵邸の外では。
「ルシウス兄様は、本当に愚かね」
「……ユリア」
開かれた扉にも視線を向けず、ネロの作品に囲まれながらぼうっとしているルシウスを見て、ユリア忌々しそうにため息を吐いた。
「お兄様の部下から、話を聞きましたわ。本当に、思い上がりも甚だしい言動だと思いましたわ。思っていた以上に、お兄様は救いようのない方ですのね」
容赦なく突き刺す言葉に、ルシウスは目を伏せる。
「ユリア、君には分かるのかい?ネロが僕の元を去った理由が。もしも分かるのならば教えておくれよ、僕にはさっぱり分からないんだ」
「お断りいたしますわ」
年下の妹に縋るようなルシウスの弱々しい願いを、ユリアは躊躇いもなく断った。
「だって、お兄様がご自分で気付き、悔やんでこそ意味があるものですから」
深いため息を吐きながら、ユリアは下を向いてばかりのルシウスをまっすぐに見つめて叱咤する。
「相手の心を思いやるとか、配慮するという点に欠けていらっしゃるのよ。相手がどういう人で、どのようなことを喜び、悲しみ、怒るのか。さっぱり分かっていないのですもの。だから、お兄様のお友達は去っていったのですわ。おそらくはとても傷ついて」
どんどんと項垂れていくルシウスの姿に、ユリアは少し声音を和らげた。
「ねぇお兄様。お兄様はどうなさりたいの?」
「僕は……僕は、ネロに戻ってきて欲しいんだ。僕のそばに」
「……私が伺ったのは、お兄様がどうなさりたいのか、なのですけれども」
ユリアの問いかけに、子供のような答えを返すルシウスに、ユリアは何度目かの大きなため息を吐き出した。
成人もとうに過ぎたはずなのに、まるで幼な子に退行してしまったかのような兄を見つめる。
そして、なにか覚悟を決めるかのように閉眼した。
「ねぇ、お兄様」
強い意志を宿した瞳で、ユリアは強い言葉を吐き出す。
「お兄様みたいな役立たずに、コルネリア様を任せられません。まったく、こんな人形みたいな方、我がアノルウス公爵家に、居てもいなくても同じですわ。さっさと消えてくださればよろしいのに」
「あぁ、まったく……その通りだね」
あまりにも手厳しいユリアの言葉にも、ルシウスはただ、ぼんやりと頷き返すのみだ。
何も感じ取っていないかのようなルシウスに、ユリアは頭が痛いと言いたげに額を押さえた。
「……本当に、察しの悪い方」
うんざりと吐き捨てられた言葉に、ルシウスが首を傾げる。
今度は何がいけなかったのだろうか、と。
「アノルウス公爵家には私がいるのですもの。お兄様なんかいなくてもよろしいのよ。……まぁ、行動する気合もお持ちじゃないようですけれど」
呆れ果てたような、けれどどこか温かい声が、ルシウスの思考をゆらりと揺らす。
「本当に、どうしようもない愚兄ね」
諦め混じりの言葉をのこして、ユリアはルシウスの部屋を去っていった。
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