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ユリアは特待生入学しただけあって、さすがに賢い。定期試験ではいつも王太子殿下とアンナ様と三つ巴になって首席を争っている。

そしてとても強い。正直、生半可な教師じゃ相手にもならない。えげつないくらい強い。

「愛や希望や理想じゃ食べていけないんです」

そうあっけらかんと笑って、騎士道なんか知ったこっちゃないと言わんばかりに、実技演習では相手の身分などお構いなしで容赦なく怒涛の魔術攻撃をしかけてくる。ユリアの魔力量は圧倒的で、正直同級生では王太子殿下くらいじゃないと相手にならない。先輩でも、ユリアと遠慮なく戦えるのは、騎士団長のご子息や辺境伯令息くらいだろう。

ユリアは女子相手には手加減しているようで、相手に怪我をさせたことはない。だが、それも一部の女生徒、特に王太子殿下の婚約者であられるアンナ様などには業腹なのだろう。
平民ごときに手加減されるなど、矜持が傷つけられるのだ。だが彼女の魔力量と魔術では、正攻法ではユリアの相手にはならない。そして誇り高い彼女は、正々堂々以外の戦い方を知らない。圧倒的な実力があるくせに、奇襲戦法のような邪道も平気で使うユリア相手に、正面突破しようとするから、いつもあっさり破れてしまう。アンナ様も学生の中ではトップクラスの実力をお待ちなのに、ユリアと戦っている様子は、まるでユリアに遊ばれているようだ。
ちなみに私では全く相手にならない。魔術を仕掛けようとした時点で四肢を拘束されて終わりだ。

賢く強く、向上心に溢れ、そして現実主義。
そんなユリアを、王太子殿下や彼の周りの令息達も一目置いているようだ。

分野にもよるが、能力が拮抗している彼らは、話も合うのだろう。よくユリアに話しかけているし、実技の時は積極的に戦いたがっている。
剣術や体術を除いた純粋な魔術対決だと、彼らよりユリアの方が強いくらいだから刺激的なのだと言う。
それに他の貴族たちと違って、ユリアはたとえ相手が王太子であろう遠慮せず……というか容赦せず、それこそ殺す気でかかって行くから。
殿下は魔力が歴代随一と言われるだけあって、常日頃から力が有り余っていて、王家の家庭教師も相手にならず、いつも物足りなさを覚えていたらしい。
だから、ユリアに叩きのめされるのが快感だと、これからも本気で殺す気でどんどん来てくれ、と危険なことを仰っていた。

……ちょっと、色んな意味で不味い気がしているんだけどね。
二人が楽しそうに高等魔術をバンバン叩きつけあっていると、アンナ様が苦々しそうに見ていることも多いし。
そのうち何か起きるだろうなーと思いつつ、ユリアがそれくらいのことを理解していないはずもないので、静観していた。
ユリアはよく「王太子殿下には、誰よりも強くなっていただかなければ」とか呟いていた。私はユリアをよく知っているから、きっとユリアには何か考えがあるのだろうと思っていた。

けれど、皆がそう思っているわけもない。
ユリアは所詮、平民の聖女「候補」。
今はまだ王家の後ろ盾があるわけでもない。
自分より賢い平民が、自分より強い女が、自分より美しい少女が面白くないと思う愚か者たちは山のようにいた。
いや、むしろ大多数の貴族派の子息たちがそうだっただろう。

貴族の地位に驕った、高慢ちきで能力も理性も足りない者達は、ユリアを敵視して攻撃した。
そして昨日、ユリアはとうとう階段から突き落とされて両足を骨折するという大事件になったのだ。

真っ青になって保健室に駆けつけた私に、ユリアは困ったように笑って言った。

「あーあ。イベントが起こっちゃった」と。
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