3 / 65
本編
卒業してから顕在化した身分差
しおりを挟む「は?」
「だから、私と結婚なんて面倒な手間をかけなくても、どっかのご令嬢との初夜本番の練習がてら、娼館行って童貞捨ててきなよ。そうすれば呪いも解けるって」
「そんな簡単に言うな!見知らぬお姉様に手解きされるなんて繊細な僕には無理だ!それに僕はわりと有名人なんだぞ!?」
「守秘義務あるでしょ」
自意識過剰な青少年を白けた目で見るが、コーリーは真顔で真剣だった。
「無理だ……陰で『公爵家の完璧令息、息子は本物の愚息』とか言われたらと思うと耐えられない」
「……っふ」
きっと切実な悩みなのだろうが、あまりの語呂の良さに思わず吹き出しかけた。なんとか堪えたが、私が笑いを堪えて震えていることを察したコーリーに恨めしげに見つめられる。仕方ないでしょ面白かったのよ。
「完璧令息ねぇ……その二つ名、さっさと返上しなさいよ?学生時代から使われてるじゃない。そろそろ飽きない?」
「無理だ、今更」
喜んでいるわけでもなさそうなコーリーは、疲れた様子で首を振った。
「一度手に入れた名声をつつがなく手放すのは難しいよ。落ちぶれた印象を持たれてしまうからね」
「学生時代にあなたが完璧だったのは、半分私のおかげでしょうに」
コーリーのあらゆるポンコツ言動を、私が綺麗にフォローし尽くしたからこそである。
「その通りだよ、心から感謝してる。あと君が居ないせいでメッキが剥がれそうでマズイから早く戻って来て欲しいです」
「さすがに正直すぎて笑っちゃうわよ」
私の両手を掴んで切々と語りかけてくるコーリーに、私は断った上でケラケラと遠慮なく笑った。本当に正直な奴だなぁと呆れる。
私が笑い終わるのを苦笑しながら眺めていたコーリーは、ため息を一つ吐いて真面目な顔で続けた。
「それは冗談としても、社交界では噂も命取りなんだ。平民の間なら面白おかしい冗談で済んでも、僕にとっては全てを失いかねない大打撃となりうる。下手な相手に知られるわけにはいかないんだ」
そして澄んだ瞳でじっと私を見つめてくる。言いたいことはよく分かったから、私もはぁ、とため息を一つ吐いて、己を指さして首を傾げてみせた。
「えー……だから私?」
「そう、だからカミラ、君だ」
力強く頷いて、コーリーは熱く語った。
「君のことは僕は誰よりも信頼している。そして君になら、どんな姿を見られてもダメージがない」
「なんでよ。使い物にならん愚息を恥入りなさいよ」
「君なら笑わないだろ?」
「笑うわよ、大爆笑するわよ」
そんなの笑うに決まってるじゃないか。
だが、コーリーは困ったように笑って、「それでも良いよ」と頷いた。
「多分、君になら笑われても平気だと思う」
「なんでよ」
「君に馬鹿にされるのは問題ない」
「被虐趣味なの?良いところのお坊ちゃんに多いって言うわよね。女王様探したら?」
「話を逸らさないでくれるかい?わかってるくせに、意地悪だな」
コーリーが不貞腐れたように唇を尖らせて、拗ねたように睨みつけてくる。
「僕は、君のことを誰よりも認めている。自分より優れていると思う相手になら、笑われても気にならないということだよ」
「……あーもー」
恨めしそうに見つめてくるコーリーに、私はため息が止まらない。
「はぁ……まったく。しょーもない人ね、相変わらず」
差し出されたのは、あまりに無防備で純粋な本音だった。高貴な身分のご令息とは思えないあけすけな好意に頭痛がしてくる。
「あーもーーー」
うんざりした顔で、私は自分の眉間をぐりぐりと押した。頭痛を治めるために。そしてついでに、ついついにやけそうになる顔を隠すために。
「私は他人で、あなたのお姉さんでもお母さんでもないんだけど」
「そりゃ姉や母に筆下ろしは頼まないさ」
「ああ言えばこう言う」
まったく、甘えん坊も大概にして欲しい。そう思いながらも、私はわりと絆されていた。
「頼むよカミラ、一生のお願いだ」
「下手すると一生拘束されそうだから嫌よ。あなた、気に入ったおもちゃは手放したくないタイプの甘えん坊なんだもの」
「えー」
「……でもまぁ、筆下ろしだけならいいわよ」
「え?」
情けなくて可愛い友人のために、一肌脱いでやってもいいかなと、思わなくもない。
「私の開通式を童貞の下手糞に乱暴に貫かれるのは気に食わないから、座学だけはしっかりお勉強しておいてね?」
「なっ、や、あの、え!?」
「あと報酬は弾んでよ?結婚しなくても一生生きていけるくらいにはね」
破瓜を捧げるというのは、嫁ぎ先を失うこととほぼ同義なのだから、それくらいはお願いしなくては。
「え?え?ええ!?」
「何?不満なの?」
ジロリと睨め付けると、コーリーは動揺丸出しに縋りついてきた。
「やっ、あの、いや、えっと、け、結婚はしてくれないの?」
「しないわよ面倒くさい」
しどろもどろの問いかけを、私はバッサリ切って捨てる。
「なんで!?年寄り好色爺より僕の方がマシでしょ!?」
「マシとか情けない語彙使ってんじゃないわよ、未来の公爵閣下が」
雲の上の存在になるはずのコーリーなのに、いつもあまりにも距離感が近すぎる。こちらも色々誤解してしまいそうになるからやめて欲しい。
「はぁー、てかアナタだって、男爵家の五女と婚姻歴ありとか、無駄な経歴汚しでしょうが」
「で、でも婚前交渉なんて、そんなのふしだらで破廉恥だよ!」
「ふしだらも破廉恥もなにもないでしょ、自分が頼んできてる内容を振り返りなさい」
「ぐっ」
自分の頼み事を思い返して反論の言葉をなくしているコーリーに、私はこれで話は終わりだとばかりに立ち上がった。
「じゃ、そういうことで。筆下ろしのみの契約書に作り直してからまた呼んで」
「嫌だよそんな……えっと、風情がない!」
「風情ぃいい?」
胡乱な目で見ている私を、真っ赤な顔をしたコーリーが必死の形相で引き止める。
「せ、せめて恋人、契約恋人でどうだろうか!?」
「恋人ねえ」
また新しい面倒な手間をかけようとするのか。高貴なお方の日常というのは須く手間がかかるものと聞くが、もう少し即物的で効率的になった方が良いと思う。
「恋人って何するの?」
「そ、そりゃデートしたりとか」
「却下」
「なんで!」
「噂になるでしょ、人に見られるのは嫌よ」
「なんでさ!?前はよく出歩いてたじゃないか」
「学生時代はね。生徒会長と会計というお仕事もあったし、私も最優秀生徒とか貰っててそれなりに立場も対等と言えたから。でも」
薄く笑って、私はコーリーをしっかりと見据えて口を開いた。
「今は、違うでしょ?」
「カミラ……」
言葉をなくすコーリーに、私は肩をすくめて苦笑する。
「今の私たちは、高等研究機関で研鑽を積む優秀な公爵家の嫡男と、単なる義務教育課程の学園を卒業しただけの男爵令嬢よ。釣り合いが取れないって言ってんの」
これは卑下することもない、ただの事実だ。
「……研究者として、君の方が優秀だと、僕は知っている」
「でも私には、お金がないもの」
苦しげに絞り出されたコーリーの言葉に被せるように、私はあっさりと言い切った。
「分かってるでしょう?研究にはお金がいるの。生まれ持った能力も、生まれた家の力も、才能のうちよ」
「家の力、なんて」
「ははっ、甘っちょろいこと言わないで?」
否定しようとしたコーリーの言葉を叩き潰すように、私は嘲笑った。
「生まれ持って、私は優秀だったわ。努力してこの能力を得たわけじゃないの。能力があったから努力できただけの話」
聞きようによっては傲慢な、けれどこれは、事実に裏付けられた台詞だ。私は私の能力に揺るぎない自信を持っている。私は学園で、誰よりも優秀だった。この目の前にいる、銀の匙を咥えて生まれてきた、とてつもなく優れた男よりも。
「でも、個人の持つ能力も、その人の家の力も同じようなものよ。私たちは無から自分の力だけで生まれるわけじゃない。何もかも、親から受け継いだものでしかありえないのよ」
「それは……そうだけれど」
どう反論して良いか分からないのだろう。恵まれて生きてきたコーリーが、私のような叩き上げの皮肉屋と口喧嘩して勝てるわけがないのだ。
「どうでもいいから、さっさと契約書作り直しなさいな」
書き物机から取り上げた厚みのある契約書を、バサリとコーリーの目の前に叩きつける。
「初夜の呪いを解きたいんでしょ?」
そしてどこかのご令嬢と結婚して、幸せに暮らせば良いのよ。
3
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる