宦官は永遠の愛を王に捧ぐ

トウ子

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革命前夜

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 あの夜。
 愛していると告げたことが、そもそもの間違いだったのだろう。
 だが、たとえ分かっていても、俺はきっと同じ過ちを繰り返すのだ。

 ***

 楊鳳寿は、国一番の武家に生まれた。
 楊家は、二百年前の戦乱の時代、天下に武勇を轟かせた大将軍にして、王が最も信頼していた王弟・楊煌明を始まりとする、名門中の名門だ。
 もっとも、正室腹の子とはいえ、第三子であった鳳寿に家を継ぐ予定はなく、一族の他の人間達と同じように武人となり、国に仕えて生きるはずだった。

 鳳寿は生真面目で、高潔だった。
 正しく生きることを何よりも大切にしていた。

 民のために、国のために、王のために。

 鳳寿にとって、それは全て同じ意味であった。
 王とは国のために在り、国とは民のために在ると信じていたから。
 だから鳳寿は王に仕えようと思い、武官を志したのだ。

 十五の年。
 鳳寿は国の武官登用試験に臨んだ。
 物心つく前から、一流の武人たちを遊び相手とし、木の剣を振り回していた鳳寿にとっては、国内の実力者達による実技試験すら児戯にも等しかった。
 あっさりと首席合格した鳳寿は、自宅の正面に屋敷を構える幼馴染の家に向かった。

「華英、華英よ!合格したぞ。もちろん首席だ!」

 屋敷に招き入れられるやいなや、鳳寿は庭へと駆け出し、晴々とした声で宣言した。
 無造作に束ねた黒髪を振り乱し、庭から友の部屋に向かって朗々と告げる。

「俺は約束を守ったぞ。お前はどうだ、華英」
「……うるさい人ですね、あなたは」

 呆れ果てたと言わんばかりの声とともに、鳳寿が仁王立つ目の前で、部屋の戸が開き、涼やかな美貌の少年が一人現れる。
 咲き初めの梅花のような少年だ。

「山猿でもあるまいに、玄関から入ってくることは出来ないのですか?」

 ため息をつきながら、気怠げにかきあげる髪は射干玉の黒。
 春夜の闇を紡いだような髪が、指の隙間からこぼれ落ち、清婉な色香が匂い立つ。
 普通の男であれば、あらわになった白い首筋に釘付けとなっただろうが、首も座らぬ幼い頃から華英を見慣れた鳳寿は、ただ快活に笑うだけだ。

「庭を通った方が早いだろう」
「あなたは礼儀作法を一から学び直すべきですね」

 侮蔑も露わに言い放つ少年に、鳳寿は堂々と胸を張る。
 少年ながらも鍛え上げられた肉体に、彫りが深く整った顔立ち、威風堂々とした振る舞いが相まって、まるで一国一城の主のような威厳である。
 たとえ会話の内容は、お小言に対する子供じみた反論であろうとも。

「なに、やろうと思えばできるさ」
「じゃあ我が家でも心がけてください」
「俺とお前の仲だ、気にするな」
「……会話になりませんね」

 うんざりと首を振る華英に、鳳寿は楽しげに問いかけを重ねる。

「そんなことより、華英よ。お前の試験はどうだったのだ」
「もちろん首席合格ですよ。胡家の者として当然です」

 澄まし顔で答える華英に、鳳寿は明るい歓声を上げた。

「さすがは俺の華英だ!十四歳での首席は史上最年少だろう!」
「……あなたのではありませんし、胡家に生まれたからには、この程度で喜んでいては恥です」

 つん、とそっぽを向く華英の頬がわずかに赤らんでいる。
 まっすぐな鳳寿の称賛に照れているのだと察し、鳳寿はさらに笑み崩れる。

「何を言っているのだか。お前の努力の成果だろう。ちゃんと誇れ」
「私ですから、当たり前です」
「まったく、素直ではないな」

 鳳寿は肩を竦めて、意固地な年下の幼友達に目を細めた。

 華英は、代々文官を輩出する文の名門・胡家の未子だ。
 建国王の腹心にして友であった初代宰相・胡華月を始祖として、歴史に残る名宰相を何人も輩出している。
 建国王の妹をはじめとし、何人もの王女が降嫁している胡家は、王家と並び最も古く、三百年以上続く家系である。
 近年では中枢から遠ざかっているが、名門には変わりない。

 現当主の嫡子にして唯一の男児である華英は、異母兄弟や従兄弟たちを含めて最年少であったが、今の世代の中では最も聡明で、初代宰相の再来と謳われている。
 その才は学問だけにとどまらず、幼い頃より書画から歌舞音曲、詩歌に至るまで天才の名をほしいままにしてきた。
 期待されすぎて性格が捻くれていることと、少々体が弱いことを除けば、弱点のない少年である。
 胡家から久々の宰相が出るのではと、期待がかかっていた。

「なんにせよ、今日は酒盛りだな!武の俺と文のお前。俺たちがいればこの国は安泰だ」
「随分と大きなことを仰る。あと、私は酒は嫌いです」
「ではお前は甘い水でも飲んでおけ」

 可愛げのない返答ばかりを繰り返す一個下の幼馴染に肩を竦め、柔らかく鳳寿は笑う。
 文の胡家と武の楊家は権力争いの場でも敵対しにくいことから、代々良好な結びつきが続いており、お互いに持ちつ持たれつの関係を維持している。
 この時代も、おそらくはそうなっていくと思われた。

「ともに王を助け、国のために尽くそうじゃないか」
「ふん、武の頂点を取ってから仰いな」
「おう、待っていろ」

 自信満々に胸を張る鳳寿に、華英は口元を緩める。
 鳳寿の思い描くこの国の未来があまりに清々しいものだったので、不覚にも華英の心まで軽やかに弾む。

「……まぁ、あなたと協力するのも吝かではありません。私はさっさと上に参りますので、あなたも早くいらっしゃいな」
「おう、どちらが先に頂点を取れるか競争だな」
「ふふっ、それは勝負になりませんね」
「はん、言ってろ」

 軽口を叩き合いながらも、二人の瞳は煌き、弾けるような笑顔を交わしていた。
 輝かしい将来を信じて。



 未来への希望に浮き立つ若い少年達はまだ知らなかった。

 権力とは欲に塗れたものであり、玉座とは血に穢れたものなのだと。
 そう知っていれば、鳳寿は決して剣をとらず野山を駆けて過ごし、華英はひっそりと湖のほとりで詩を詠んで暮らしていただろう。

 大人たちに守られていた綺麗な少年達にとっては、誠に信じがたいことに。
 繁栄と平和に浸りきり、建国王の教えを忘れた国の政治は腐敗し切っていた。

 この国で、王は国のために生きてはおらず、国は民のために存在してはいなかった。
 政治を動かしているのは、民草を思う王と心正しき官吏などではない。
 政の中枢を牛耳るのは強欲な汚吏で、王の喉元を押さえ込んでいるのは血の紅を差した妃だ。
 権勢を望む身勝手な汚吏達は贅沢を喜びとする愚かな妃と結びつき、妃らの実家と繋がって、私服を肥やすことに専心している。

 それを知ってなお、少年達は国のために尽くすのか。

 否。

 彼らは国に絶望し、そして作りかえようと決めるのだ。
 彼ら自身の手で。


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