宦官は永遠の愛を王に捧ぐ

トウ子

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戦乱の日々

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 ***



 戦乱は苛烈を極めた。

 腐敗した王城で、私利私欲を肥やした貴族達は、新たな英雄の誕生を恐れた。
 各地で放棄した民衆と、清廉であるがゆえに苦渋をなめてきた心ある貴族達とともに、鳳寿は戦地を駆け抜けた。

 天を駆ける龍のように、戦場で鳳寿は自在に舞う。
 両の手に剣と槍を持ち、蠢く雑草を薙ぎ払い、憎き獣を討つ。
 そこに迷いはなかった。

 しかし。

「ぐはっ」

 鳳寿の槍に貫かれた兵士が地に倒れ、頭を覆っていた頭巾が外れる。
 幼いと言っても良い顔から推し量るに、鳳寿が武官になったばかりの年齢ほどだろう。
 唇が小さく、母を呼ぶように動き、事切れた。

「あぁ、ああ、ああああっ」

 向かってくる敵を幾十と屠りながら、鳳寿は鎧の下で血の涙を流す。
 なぜ守りたいと思った民を、救いたいと願った民を、自分は殺しているのか、と。

 戦で犠牲になるのは、か弱い平民と、意思を許されない雑兵達だ。
 彼らに罪はない。
 けれど、殺すしかなかった。

 鳳寿は鎧を外して骸に縋り付き、滂沱と涙を流そうとする軟弱な己の心臓を握りしめ、修羅となって駆け抜けた。
 この苦しみと悲しみを、最速で終わらせるために。
 建国王の苦悩を、大将軍の悲痛を全身に感じながら、鳳寿は戦場を駆け抜けるのだ。





「なぁ、華英。馬鹿なことを言ってもいいか」
「どうしたのです?」

 戦の合間の、僅かな休息の時間。
 明日の作戦を纏め上げた後、夜空に散らばる無数の星を眺めていた時。
 妙に改まった様子で、鳳寿が不意に口を開いた。

「あなたが馬鹿なのは昔からです。遠慮せず仰いな」
「じゃあ、ありがたく」

 揶揄うように促せば、鳳寿も力の抜けた声でくすりと笑う。
 そして、緩く息を吸うと、一息に呟いた。

「愛している」
「っ、な、……ど、うしたんですか、急に」

 あまりの驚きで言葉につっかえながら、華英は強張った笑いを浮かべて振り向いた。

「急ではないさ」

 鳳寿はまるで春のような穏やかな顔で、愛おしいものを見る目で華英を見つめている。

「この世に生きる誰よりもお前を愛している。そしてこの世に生きる誰一人として、俺よりお前を愛してはいないだろう」

 あまりにも熱烈な告白に、華英は息が止まりそうになった。
 血液が全身から心臓に集まり、凄まじい速さで脈を打っている。
 顔からはむしろ血の気が引いていただろう。

 月の下で青白く映る華英の顔をどう読み取ったのか、鳳寿は「案ずるな」と苦笑して、まるで幼子にするように華英の髪を撫でた。

「お前を押し倒すようなことはしない。……俺は、お前に相応しくないからな」
「え?」

 自嘲するように呟かれた言葉の真意を尋ねようとした華英は、次の瞬間、唇の自由を奪われて瞠目する。

「ん……」

 乾いた唇が、まるで花びらに触れるようにそっと合わせられた。
 唇をこじ開けることもなく、舌を吸うこともなく。
 まるで、羽が触れたかのような、優しい接吻。

「お前に手を出すのは、これが最初で最後だ、華英よ。俺はこの混乱を終わらせる。そして……この戦を勝ち抜き、王となる。そうしたら、俺はお前だけを見ていることはできない」

 狂おしいほどの熱を秘めて華英だけを映す瞳は、けれどもっと遥か遠くを見つめている。

「ほうじゅ……」

 目の前で顔を歪める男の名を茫然と口にすれば、理由もなく華英まで泣きそうになった。
 ただ、名を呼んだだけなのに。

「……愛しい華英よ」

 己の執着を振り切るように、鳳寿は長く細い息を吐く。
 わずかばかりの絶望を孕んだ切ない吐息が、華英の頬を撫でた。

「俺は、国のための王となり、民のための王となる。お前だけを想い、お前のために生きることは出来ない。……それでは、お前を幸せにすることなど、到底出来まい」

 おどけたように言って、暴力的な恋情を抑え付け、全てを自己完結させた男は、まるで重荷を下ろしたような顔で笑った。

「馬鹿なことを言ってすまなかったな。……明日も早い。よく眠れ」

 もう一度優しく髪に触れて、鳳寿は自分の天幕へ去っていく。
 髪に触れる振りで、撫でられた頬が痛みを持っている気がして、華英は鳳寿に触れられた場所を右手で押さえた。

「なんて、勝手な」

 戦乱の夜は更けていく。
 震える詰り声をひとつ残して。
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