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エピソード20
陽だまりと地図(1)
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その日の夜。
結局、オレはユリアの部屋にいた。
『あなたには絶対に触れません。約束しますから!』
そう足に縋り付かれて粘られたのだ。
オレはユリアが寝付くまでという約束で承諾し、
デスクで書斎から借りてきていた本を読んでいた。
灯りのロウソクを引き寄せ、細かな文字に目を眇める。
しばらく恨めしげな視線をうなじ辺りに感じていたが、
鋼の意思で本を読み進めていると、
やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。
キリのいいとこまでいったら、自室に戻るか。
そう思いながら、オレはページを繰る。
今日は珍しく、恋愛小説を引っ張り出してみた。
学術書に比べれば断然読みやすかったが、やはり辞書がないと進まない。
「氷の、上に……牛がいない……?
……意味が丸きり分かんねぇ。
なんで、こんなシーンで牛……」
単語の意味を辞書で調べながら、がしがしと頭をかく。
すると、ベッドが軋む音がした。
ユリアがトイレにでも起きたのだろう。
気付かないフリを貫こうとすれば――
「それは『心配するな』という意味だ。
単語の後ろの説明に、慣用語句が並んでいるだろう」
声にハッとして振り返れば、
思わぬことに、人狼が立っていた。
「なっ……!」
「ふん。辞書の使い方くらい覚えろ。この低脳が」
咄嗟なことに、動けない。
まじまじと白銀の獣を見上げていると、
ヤツは尊大な様子で、首を傾げた。
「何を驚いている?」
「……満月まで、まだ2週間以上もある。
どうしてお前が出てるんだよ」
「さてな」
軽くいなすような応え。
落ち着き払ったその態度は、久々に外に出てきた様子ではない。
まさか……
「お前、いつから満月以外でも出られるようになった?」
確信を込めた問いに、鋭い眼差しが細められる。
ヤツの鉤爪が、こちらに伸びた。
息を飲めば、それはオレを超えて、
デスクで開いていた本のページを数ページ繰ると、表紙を閉じた。
「……どうだろうな。
だが、間抜け面で寝入る貴様の顔は見飽きた」
人狼は、唸るような声で告げた。
つまり、オレはコイツの隣で暢気に夢を見ていたらしい。
全然、気付かなかった……
愕然とすれば、獣はふいと視線をオレから革張りの表紙に戻した。
「にしても、辞書を片手に読むには、随分とくだらないものを選んだものだ」
声色に柔らかなものを感じてオレは顔を上げる。
爪の先で表紙をなぞる人狼の眼差しに、懐かしむような光が見えて、
オレは思わず口を開いた。
「もしかして……この本、読んだことあるのか?」
「……貴様はこの俺が文字など読めないと、
そう考えているのか?」
「は?」
「だとすれば、その頭の悪さは万死に値する。
今すぐ無用のその頭部、ひねり潰してやる」
言うやいなや、逞しい右手がオレの頭を鷲掴む。
「ちょ、待て待て待て! そうじゃねぇよ!」
オレはその手を慌てて掴んだ。もちろん、ビクともしなかった。
「なんつーか……懐かしそうにしてたから、
知ってんのかなって思っただけだって!
ってか、オレの頭潰したら、お前も流石に危ないだろ」
ケガを治癒出来るとは言え、
頭部は他の部位とは違う、特別な箇所である気がしないでもない。
そうならば、潰せば死ぬ。俺も、コイツも。
試すにしてもリスクが高すぎるだろう。――もちろん痛いのはイヤだから、
そういう意味でも御免被りたい。
人狼もオレと同じ考えに思い至ったようだ。
「……ふん」
ヤツはつまらなそうに鼻を鳴らすと、オレから手をどけた。
それから、しばしの沈黙の後、
「……俺ではない。読んだのはユリアだ」
獣はつまらなそうに言った。
「ユリア?」
どうして、コイツがユリアが読んだことを知っている?
いや、そもそも、今の言い方じゃまるで……
「お前、もしかして……ユリアと記憶を共有してるのか……?」
結局、オレはユリアの部屋にいた。
『あなたには絶対に触れません。約束しますから!』
そう足に縋り付かれて粘られたのだ。
オレはユリアが寝付くまでという約束で承諾し、
デスクで書斎から借りてきていた本を読んでいた。
灯りのロウソクを引き寄せ、細かな文字に目を眇める。
しばらく恨めしげな視線をうなじ辺りに感じていたが、
鋼の意思で本を読み進めていると、
やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。
キリのいいとこまでいったら、自室に戻るか。
そう思いながら、オレはページを繰る。
今日は珍しく、恋愛小説を引っ張り出してみた。
学術書に比べれば断然読みやすかったが、やはり辞書がないと進まない。
「氷の、上に……牛がいない……?
……意味が丸きり分かんねぇ。
なんで、こんなシーンで牛……」
単語の意味を辞書で調べながら、がしがしと頭をかく。
すると、ベッドが軋む音がした。
ユリアがトイレにでも起きたのだろう。
気付かないフリを貫こうとすれば――
「それは『心配するな』という意味だ。
単語の後ろの説明に、慣用語句が並んでいるだろう」
声にハッとして振り返れば、
思わぬことに、人狼が立っていた。
「なっ……!」
「ふん。辞書の使い方くらい覚えろ。この低脳が」
咄嗟なことに、動けない。
まじまじと白銀の獣を見上げていると、
ヤツは尊大な様子で、首を傾げた。
「何を驚いている?」
「……満月まで、まだ2週間以上もある。
どうしてお前が出てるんだよ」
「さてな」
軽くいなすような応え。
落ち着き払ったその態度は、久々に外に出てきた様子ではない。
まさか……
「お前、いつから満月以外でも出られるようになった?」
確信を込めた問いに、鋭い眼差しが細められる。
ヤツの鉤爪が、こちらに伸びた。
息を飲めば、それはオレを超えて、
デスクで開いていた本のページを数ページ繰ると、表紙を閉じた。
「……どうだろうな。
だが、間抜け面で寝入る貴様の顔は見飽きた」
人狼は、唸るような声で告げた。
つまり、オレはコイツの隣で暢気に夢を見ていたらしい。
全然、気付かなかった……
愕然とすれば、獣はふいと視線をオレから革張りの表紙に戻した。
「にしても、辞書を片手に読むには、随分とくだらないものを選んだものだ」
声色に柔らかなものを感じてオレは顔を上げる。
爪の先で表紙をなぞる人狼の眼差しに、懐かしむような光が見えて、
オレは思わず口を開いた。
「もしかして……この本、読んだことあるのか?」
「……貴様はこの俺が文字など読めないと、
そう考えているのか?」
「は?」
「だとすれば、その頭の悪さは万死に値する。
今すぐ無用のその頭部、ひねり潰してやる」
言うやいなや、逞しい右手がオレの頭を鷲掴む。
「ちょ、待て待て待て! そうじゃねぇよ!」
オレはその手を慌てて掴んだ。もちろん、ビクともしなかった。
「なんつーか……懐かしそうにしてたから、
知ってんのかなって思っただけだって!
ってか、オレの頭潰したら、お前も流石に危ないだろ」
ケガを治癒出来るとは言え、
頭部は他の部位とは違う、特別な箇所である気がしないでもない。
そうならば、潰せば死ぬ。俺も、コイツも。
試すにしてもリスクが高すぎるだろう。――もちろん痛いのはイヤだから、
そういう意味でも御免被りたい。
人狼もオレと同じ考えに思い至ったようだ。
「……ふん」
ヤツはつまらなそうに鼻を鳴らすと、オレから手をどけた。
それから、しばしの沈黙の後、
「……俺ではない。読んだのはユリアだ」
獣はつまらなそうに言った。
「ユリア?」
どうして、コイツがユリアが読んだことを知っている?
いや、そもそも、今の言い方じゃまるで……
「お前、もしかして……ユリアと記憶を共有してるのか……?」
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