人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

文字の大きさ
162 / 224
エピソード25

セシルのカード(3)

しおりを挟む
* * *

 宿はイヤだと駄々をこねたセシルに、
 俺はこれ幸いとばかりに借家を探した。

 健康的に焼けた肌をした人間が多いこの街では、
 セシルのように白い人間は珍しいのだろう、
 道を歩くだけで人目を引いた。

 加えて、女の格好をしているから、
 ひっきりなしに男に声をかけられる。

 セシルは相手にしないということが出来ず、
 からかわれれば赤くなって怒るから、
 彼に興味を持つ男は日に日に増えていた。

 仕方が無いので、岬の上に家を借りた。

 街を出ようかとも思ったが、そろそろ懐も寂しく
 この辺りで稼いでおきたかったのだ。

 せっかく家を借りたのだから、と、
 今までになく長い間、一箇所に留まった。

 仕事から家に帰ると、
 セシルが食事を作って待っていてくれる生活……

 正直なところ、俺はかなり気に入っていた。

 家が見えてくると、鼻腔をくすぐる食事の香りだとか。
 他人の気配を感じない、静かな空間だとか。

 とにかく、何もかもが素晴らしく心地良い。

 特に、静寂だ。
 これほどまでに心休まるものとは思わなかった。

 幼少から寄宿舎で過ごしていた俺は、
 他人の気配がない生活というものを全くしたことがなかった。
 いつだってルームメイトがいた。

 セシルと旅に出てからも、宿屋の下の食堂は朝まで賑やかなことが多かったし、
 静かなプライベートの時間を持ったことはなかった。

 静かはいい、としみじみと思う。
 セシルの鈴の音のような声がよく聞こえるから。


 その日も、俺はいつもの通り、
 繁華街で一仕事を終えて家に帰った。

 満点の星空の下に、
 借りている2階建ての青い屋根が見えてくる。

 今日は食事の香りがしなかった。
 そういえば朝食が残っていた、と思うが、
 意味の分からない不安が胸に去来する。

 ああ、そうか。
 今日は窓からこぼれる暖かな灯りが見えないのだ。

 珍しかった。

 セシルは死徒になってからも、
 人らしい生活をしたいと思う節があり、
 夜に明かりを灯すのは、その1つだったからだ。

 自然と足早になる。

 やがて、借家に辿り着いた俺は
 鍵が壊れているのに気がついた。

「……なんだ、これは」

 金属がぐにゃりと曲がっている。

 一瞬、処刑官に居場所がバレたのかと思ったが、
 人の力でこんな風に鍵を壊すのは到底不可能だ。

「何かが、来たのか」

 人ではない者が。
 けれど、何故?……セシルは、どうした?

 俺は腰に穿いた剣を抜くと、慎重に家に踏み入った。
 1階には誰もいなかった。

 食事の支度に取りかかった気配さえない台所。
 リビングの暖炉では薪が尽きて、
 炭の中で火がくすぶっている。

 俺は足を忍ばせて2階の寝室へ向かった。

 家の中には一切の音がしない。

 嫌な汗をかいた。
 手に持つ剣が重くなる。
 走り出したい衝動を、なんとかして堪える。

 こんなにこの家は、暗い空間だっただろうか?

 ……寝室の扉は、中途半端に開いていた。

 焦燥感を押し殺し、気配を探ったが、
 やはり部屋の中も、何の気配は感じない。

 中へ踏み込んだ。

 身構えたが、襲撃に遭うようなことなかった。
 ただただ寝室には闇が満ちていた。

「セシル。セシル、いるのか?」

 窓から差し込む、微かな月明かりを頼りに部屋を見渡せば、
 ベットの上に寝転がる人陰があった。
 それは身動ぎひとつしない。

「セシル?」

 俺はベッドに駆け寄った。
 人影はやはりセシルだった。
 寝間着に着替えもせず、靴を履いたまま横になっている。

「寝ているのか……?」

 身体を揺する。
 すると――

「……おかえり、ヴィンセント」

 不機嫌そうな声で、セシルは言った。
 そこで、ようやく……俺は胸を撫で下ろすことが出来た。

「……お前な。こんな暗い中で何してる。
 玄関の鍵はどうしたんだ」

 部屋に明かりを入れれば、
 セシルは身体を起こした。

「ハルさんが来た」

「なに……? 何のために?」

 問いかけながら、ベッドに戻る。
 すると、急にセシルは俺の腰に抱きついてきた。

「どうした?」

「……ユリアが、何か大変らしい」

「どう大変なんだ」

「アイツが……1月のヴァンパイアが出てきたんだって」

「なに……?」

 穏やかならない感情が沸き立ったが、
 なんとかそれを飲み込んで、セシルの話に耳を傾けた。

「アイツ、ユリアに付きまとってたことがあったらしくて
 それで……助けて欲しいって、相談された」

「助けるだと……? いったい、どうやって……」

「…………お前の呪いで、倒して欲しいって」

「なるほど……」

 いかにも、あのハルなら言いそうなことだ。

「もちろん断ったけどね」

 グリグリと頭を押しつけながら、セシルが言う。

「そうか。それで? そのハルは大人しく帰ったのか?」

 問いを重ねれば、ふいに沈黙が落ちた。
 不自然な間に、首を傾げる。

「おい。セシル?」

「……え、あ、うん。帰ったよ。帰って貰った」

 セシルは酷く億劫そうに、
 首筋を手で掻きながら、答えた。

「……お前、どこか調子が悪いのか?」

 俺はセシルの前髪を持ち上げて、顔を覗き込む。

 どことなく、元気がない。
 ……というか、いつもよりも表情が薄い、気がする。

「カッとして、疲れちゃったのかも」

「怒ったのか」

「当たり前だろ。アイツ、酷いんだ」

 そう言ったセシルの声には、力がない。

「……ごめん。夕食の準備してないや」

「気にするな。朝の残りがある」

「うん……ごめんね、ヴィンセント。
 ……大好きだよ」

「なんだ、唐突に」

 すぅすぅと寝息が聞こえてくる。

 セシルが夜に寝入るのは珍しい。
 よっぽど疲れたのかもしれない。

 俺はセシルの靴を脱がしてやると、
 彼を再びベッドに寝かした。

「……1月か」

 俺は誰にともなく呟いた。

 ヤツは数年前に教会が捕らえたと言っていたはずだが、
 逃がしたのか。

 そもそもユリアと関わりがあるなんて、
 バンからも聞かなかった。
 彼も知らないことだったのだろう。

「……」

 俺はセシルの髪を撫でた。

 彼の血の気のない寝顔は、いつもと同じはずなのに、
 まるで死んでいるように見えてギクリとする。

 ……何を考えているんだ。
 彼の身体はとっくの昔に死んでいるというのに。 

「おやすみ、セシル」

 バタバタと海風が窓を叩く音がした。
 視線を向ければ、灯台の明かりが微かに見える。

 1月を倒したのなら、その死徒であるセシルはどうなるのだろう。
 ふと、そんなことを思った。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...