人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード27

螺旋回廊(7)

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 どうしてヤツが生きている?
 あの高さから落ちたっていうのに。

「まるで幽霊に会ったみたいな顔をしていますね」

 ジルベールは小首を傾げ、クスクスと鈴の音のような笑い声を立てる。

「そうですよね。
 人があの高さから落ちて、生きていられるはずがありませんし」

「あの……彼は何を」

 体を起こしたユリアが戸惑いながら、問いかけてくる。
 オレはヤツとの距離を測りながら、横に首を振った。

「聞かなくていい」

「聞かなくていい、ですって?」

 ジルベールが、切れ長の目を小さく開く。

「……待って下さい。
 私がどれほど苦しんで、どんな風に息絶えたか……
 彼は知っておくべきではありませんか?」

「ユリア。耳、塞いどけ」

「で、でも……」

「そもそも、なんですか、あなたのその何も知りませんって顔は。
 忘れもしませんよ。
 君が私を突き落としたんでしょう?」 

「僕……?」

「デタラメを言うな! ユリアは何もしていない!」

「デタラメな訳がねぇだろうがよッ!!」

 声を荒げると、それを容易に超える怒声が返ってきた。

 オレは息を飲んだ。
 前に出会った彼とは何かが違う。

「そこの! クソガキが!! 落としたんだろうが!!
 まるで虫けらみたいに……そう、私は落とされた!」

 彼は感情的に吠えると、両腕を自身を抱きしめた。

「あああ! 痛い! 痛かったなあ、あれは!」

 俯き、ピタリと動きを止め、彼はそのままの姿勢で続けた。

「……どれだけ、私が苦しんだか分かります?
 腰から下は粉々! 折れた肋骨が肺に突き刺さって、息が出来なくて!
 眼球も潰れちゃって! あは、アレは傑作だったな……
 這いずるので精一杯……」

 オレはユリアの耳を塞ごうとする。
 しかし彼はそれを受け入れず、ジルベールに眼差しを向けた。

 胸に不安の種が芽吹く。
 ユリアに彼の話を聞かせてはいけない。彼の記憶を……刺激してはいけない。

「ねえ、青年。
 他人行儀な顔をしないでくださいよ」

 敵の数は、見えるだけでジルベールを含み10人ほど。
 少数精鋭で追ってきたとすれば、簡単には逃げられない。

 振り切れないとしたら、戦うしかないだろう。
 しかし……

「もっと反応してくださいよ!
 命からがらにメティスから逃げたのに、
 追いついちゃったんですよ? 君たちは絶体絶命なんです。
 ――怯えろっつってんだろぉがよォッ!!」

「に、げたって……」

 ユリアの表情から血の気が引いていく。
 彼の記憶と齟齬が出てしまったのだろう。

 オレは慌てて彼の肩を掴んで揺らした。
 意識をオレに向けるために。

「ユリア、聞かなくていいって言ってるだろ。
 あいつが言ってるのはデタラメーー」

「……う」

 言葉の途中でユリアは口元を抑える。
 次いで彼は身体を二つ折りにすると、激しく背を震わせた。

「ユリア!?」

 耐えきれないと言うように、
 彼は何度もえずくと身体を丸めて嘔吐した。

 形振り構ってはいられない。シロを起こすしかない。
 オレは彼に近くにしゃがみ込むと、拳を握り締めた。
 ――その時だ。

「なんで……?」

 地面を呆然を見つめていたユリアが、オレをゆっくりと見上げる。
 それから震えるように首を傾げて、言った。

「なんで……バンさん、アイツと寝てるの?」
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