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エピソード28
シロとユリア(1)
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――僕の心の中には、ケダモノが棲んでいる。
夢の中では、バンさんがベッドで眠っていた。
その短い黒髪を撫でているのは、
僕の手ではない。
『見るな』
低い唸り声が言う。
『これは俺の記憶だ』
僕は頭を振った。
「……お前だって、僕のを散々見ているだろ」
規則正しい寝息が聞こえる。
はだけたシャツの間から、鎖骨が覗き、
その少し上の肩口には、赤く皮膚が引き攣ったような痕があった。
――噛み跡だ。
「気付かなかったな……」
その痕は空が白む頃になると、目を凝らして見ないと分からなくなるほど薄くなった。
鋭い爪先は、赤味が消えた後もそこを愛おしげになぞり続ける。
流れ込んでくる感情に、僕は何も言えなくなった。
バンさんの穏やかな寝顔が、全てを物語っている気がした。
「バンさん。あなたは――」
* * *
鮮血が噴き上がると同時に、
ゴツリと骨の砕ける音がした。
「ぐっ、ぁああああ……ッ!」
夜のしじまに、バンさんの悲鳴が響き渡る。
「や、止めてください!!」
僕は神官達に取り囲まれ、
無言で、容赦なく、取り押さえられた。
声を張り上げ暴れても、ビクともしない。
胸の中で怒りと恐怖がグツグツと煮立つ。
「やめ――」
視界の先で、ジルベールがバンさんの胸に刀剣を突き立てた。
バンさんは咄嗟に、刀身を手で握りしめて留めようとした。
「い、嫌だ、バンさん……っ」
しかし、切っ先はみるみるうちに彼の体を貫いていく。
「お、お願いします。何でもします。しますから、止めてください……
お願いします。お願いだからっ……!」
ゴホッとバンさんが咳き込んだ。
口の端に、赤い泡が見えた。
「あは、はは、いいよ……いいよォ……
その必死な顔……ヤバ、ちょっと勃ったかも……」
ジルベールの上擦った笑い声が、耳に届く。
駆け寄りたいのに。
助けたいのに。
僕では、彼を助けることは出来ない。
ゆっくりと命を狩られる様を見ているしか出来ない。
僕は無力だった。
また、僕は目の前で大切な人を失う。
「……嫌だ」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ。絶対に。
もう、2度と失いたくない。
噛み締めた唇に血が滲んだ。
僕はキツく目を閉じた。
「……目を覚ましてよ。聞こえてるんでしょ」
やり方なんて知らない。
けれど、アイツは僕の声をいつだって聞いていた。
そうして、僕の知らない場所でバンさんと関わっていた。
「助けてよ。
バンさんのこと、愛してるなら……
今すぐ彼を助けてよ……!」
足先から、炎に巻かれるような感覚。
続いて、僕は無意識に親指で自身の唇の血を拭っていた。
グンッと見えない力に押しやられるようにして、意識が身体から離れる。
代わりに髪の先までエネルギーで満ちていくのを感じた。
次の瞬間、僕は地面を蹴っていた。
僕の身体は、僕の意思を置き去りにして風のように軽やかに、
針のように鋭く、ジルベール目がけて駆けた。
「ーーッ!」
バンさんに覆い被さっていた影を蹴り飛ばす。
それから、僕は……バンさんの身体を抱き起こした。
「……バン。俺の許可なく死ぬことは許さない」
「お、前……なん、で……」
バンさんが目を見開く。
地面に転がったジルベールが、仰向けに寝転がったまま肩を震わせて笑った。
「あは……あはは……今のは効いたよ、人狼青年。
壊れちゃったかと思ってヒヤヒヤした」
そう言って、彼はふら、ふらと体を起こす。
首を回して口の端を引き伸ばす。
「ってーかさ、突然暴力を振るうなんて、
お前、育ちが悪いだろ?
まあ、いいや。これから長い付き合いになるわけだし、
俺が教育し直してやる。泣いて感謝してよ?
――聞いてんのかよ、このクソガキが!!」
僕はバンさんを地面に横たえてから、
ジルベールに対峙した。
怒りで視界が歪んで、耳鳴りがする。
「喚くな……すぐ楽にしてやる」
ジルベールが動く前に、僕は一気に間合いを詰めた。
振り下ろした鉤爪が彼を僧服ごと引き裂く。
獰猛な感情が全身を蔦のように這い、
やがて、赤々と殺意が咲いた。
夢の中では、バンさんがベッドで眠っていた。
その短い黒髪を撫でているのは、
僕の手ではない。
『見るな』
低い唸り声が言う。
『これは俺の記憶だ』
僕は頭を振った。
「……お前だって、僕のを散々見ているだろ」
規則正しい寝息が聞こえる。
はだけたシャツの間から、鎖骨が覗き、
その少し上の肩口には、赤く皮膚が引き攣ったような痕があった。
――噛み跡だ。
「気付かなかったな……」
その痕は空が白む頃になると、目を凝らして見ないと分からなくなるほど薄くなった。
鋭い爪先は、赤味が消えた後もそこを愛おしげになぞり続ける。
流れ込んでくる感情に、僕は何も言えなくなった。
バンさんの穏やかな寝顔が、全てを物語っている気がした。
「バンさん。あなたは――」
* * *
鮮血が噴き上がると同時に、
ゴツリと骨の砕ける音がした。
「ぐっ、ぁああああ……ッ!」
夜のしじまに、バンさんの悲鳴が響き渡る。
「や、止めてください!!」
僕は神官達に取り囲まれ、
無言で、容赦なく、取り押さえられた。
声を張り上げ暴れても、ビクともしない。
胸の中で怒りと恐怖がグツグツと煮立つ。
「やめ――」
視界の先で、ジルベールがバンさんの胸に刀剣を突き立てた。
バンさんは咄嗟に、刀身を手で握りしめて留めようとした。
「い、嫌だ、バンさん……っ」
しかし、切っ先はみるみるうちに彼の体を貫いていく。
「お、お願いします。何でもします。しますから、止めてください……
お願いします。お願いだからっ……!」
ゴホッとバンさんが咳き込んだ。
口の端に、赤い泡が見えた。
「あは、はは、いいよ……いいよォ……
その必死な顔……ヤバ、ちょっと勃ったかも……」
ジルベールの上擦った笑い声が、耳に届く。
駆け寄りたいのに。
助けたいのに。
僕では、彼を助けることは出来ない。
ゆっくりと命を狩られる様を見ているしか出来ない。
僕は無力だった。
また、僕は目の前で大切な人を失う。
「……嫌だ」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ。絶対に。
もう、2度と失いたくない。
噛み締めた唇に血が滲んだ。
僕はキツく目を閉じた。
「……目を覚ましてよ。聞こえてるんでしょ」
やり方なんて知らない。
けれど、アイツは僕の声をいつだって聞いていた。
そうして、僕の知らない場所でバンさんと関わっていた。
「助けてよ。
バンさんのこと、愛してるなら……
今すぐ彼を助けてよ……!」
足先から、炎に巻かれるような感覚。
続いて、僕は無意識に親指で自身の唇の血を拭っていた。
グンッと見えない力に押しやられるようにして、意識が身体から離れる。
代わりに髪の先までエネルギーで満ちていくのを感じた。
次の瞬間、僕は地面を蹴っていた。
僕の身体は、僕の意思を置き去りにして風のように軽やかに、
針のように鋭く、ジルベール目がけて駆けた。
「ーーッ!」
バンさんに覆い被さっていた影を蹴り飛ばす。
それから、僕は……バンさんの身体を抱き起こした。
「……バン。俺の許可なく死ぬことは許さない」
「お、前……なん、で……」
バンさんが目を見開く。
地面に転がったジルベールが、仰向けに寝転がったまま肩を震わせて笑った。
「あは……あはは……今のは効いたよ、人狼青年。
壊れちゃったかと思ってヒヤヒヤした」
そう言って、彼はふら、ふらと体を起こす。
首を回して口の端を引き伸ばす。
「ってーかさ、突然暴力を振るうなんて、
お前、育ちが悪いだろ?
まあ、いいや。これから長い付き合いになるわけだし、
俺が教育し直してやる。泣いて感謝してよ?
――聞いてんのかよ、このクソガキが!!」
僕はバンさんを地面に横たえてから、
ジルベールに対峙した。
怒りで視界が歪んで、耳鳴りがする。
「喚くな……すぐ楽にしてやる」
ジルベールが動く前に、僕は一気に間合いを詰めた。
振り下ろした鉤爪が彼を僧服ごと引き裂く。
獰猛な感情が全身を蔦のように這い、
やがて、赤々と殺意が咲いた。
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