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エピソード29
萌ゆる月(3)
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「おいっ、おい!? 大丈夫か!?」
頭でも打ったのか、ぐったりとしたまま目を覚まさない。
手が濡れて、オレはゾッとした。
割れた頭から血が溢れている。
「ヴィンセント! 稽古ったって、もう少しやりようが――」
「ヴィンセントッ!!」
オレの言葉を遮るように、セシルが悲鳴を上げてヴィンセントに駆け寄った。
彼は珍しく肩で息をしていた。
「大丈夫? ねえ、しっかり……」
「大丈夫だ」
剣を背にしまい、短く応える。
続いて、ヴィンセントはオレを見た。
「バン。稽古はこれで最後だ」
「最後?」
「ああ。これ以上続けると、ユリアが手加減をするクセが付く。
そんなことになれば本末転倒だろう」
強くなっているとは思ったが、
ヴィンセントにそこまで言わせるほどとは……
彼は肩を押さえると、セシルに寄りかかるようにして踵を返した。
「お、おい。手当ては――」
その背に声をかけると、セシルがこちらを振り返った。
「部屋でするよ。
それより、お前はユリアのこと見てあげて。
そこで寝転がしてるわけにはいかないでしょ」
「……そうだな」
頷いてから、オレはユリアを見下ろした。
額が血で汚れ、金の髪が張り付いている。
もう傷は塞がり、血は固まっていた。
「強くなったんだな、お前……」
意識を失っているのに、手は模造刀を握りしめたままだ。
オレはその指をひとつひとつ剥がしてやってから、
そっと両手で包み込んだ。
手のひらが前よりもゴツゴツしているように感じる。
今なら、ハルが言わんとしていたことが分かる気がした。
ユリアは必死に前に進もうとしている。
それをオレは止めようとした。
……彼が心配だからだ。
それ以上に、彼が強くなってしまったら、
オレ自身、どうして良いのか分からなくなるからだ。
ユリアの心臓に、オレは相応しくない。
生まれも育ちも最悪で、大して強くもなく心臓を守る術もない。
強くなるとは言ったが、限界は見えている。
背も、もう伸びない。ヴィンセントのように厚い身体にもなれない。
これからの戦いに、オレではついていくことは出来ない。
オレは辛うじて生かされている、ただの人間なのだ。
強くなったユリアに、オレは必要なかった。
人狼を制し、力を制し、過去の悲しみを乗り越えた彼には……
オレは、ユリアの額に張り付いた前髪を横に退かす。
「う……」
すると、呻き声と共にユリアが瞼を薄く持ち上げた。
「ん……バン、さん、僕……は……」
「動けるか? 稽古で無茶しちまったんだ。
部屋に戻って休もう」
「はい……」
立ち上がろうとするユリアを支える。
彼がオレを好きだと言ったのは、
必然だったように思う。
誰からも愛されないと思い込み、
ひとりきりで屋敷に閉じ込められ、そこへオレがやって来た。
孤独を乗り越えた彼は、いつかオレが不要だと気付いてしまう。
だから、オレは……ユリアが強くなるのが、怖かった。
「あの、ヴィンセントさんは?
ケガは――」
「平気だっつってたよ」
ヴィンセントをケガさせた自覚があるということは、
咄嗟に力を加減したのかもしれない。
「もう稽古はおしまいだってさ。
お前は十分強くなったからって」
「……そう、ですか」
ユリアが押し黙る。
彼の巨軀を引きずるように歩み始めると、
ふと、暗闇が揺れた。
「叔父さん?」
いつの間にやら、目の前の闇にハルが立っている。
「ただいま。
話したいことがあるんだけど、みんなを集めて貰ってもいい?」
* * *
部屋につくと、ボクは即座にヴィンセントの手当てに取りかかった。
彼をベッドに座らせ、胸当てを外す。
するとシャツが真っ赤に塗れていた。
ハサミでシャツを切れば、右肩の辺りがパックリと開いているのが見える。
ユリアの攻撃を捌ききれず、受けてしまったのだろう。
メイドが持ってきてくれた針を消毒し、
ボクは傷口を縫った。
ヴィンセントは呻き声ひとつこぼさなかった。
一方で、ボクは針を進めながら泣き出した。
頭でも打ったのか、ぐったりとしたまま目を覚まさない。
手が濡れて、オレはゾッとした。
割れた頭から血が溢れている。
「ヴィンセント! 稽古ったって、もう少しやりようが――」
「ヴィンセントッ!!」
オレの言葉を遮るように、セシルが悲鳴を上げてヴィンセントに駆け寄った。
彼は珍しく肩で息をしていた。
「大丈夫? ねえ、しっかり……」
「大丈夫だ」
剣を背にしまい、短く応える。
続いて、ヴィンセントはオレを見た。
「バン。稽古はこれで最後だ」
「最後?」
「ああ。これ以上続けると、ユリアが手加減をするクセが付く。
そんなことになれば本末転倒だろう」
強くなっているとは思ったが、
ヴィンセントにそこまで言わせるほどとは……
彼は肩を押さえると、セシルに寄りかかるようにして踵を返した。
「お、おい。手当ては――」
その背に声をかけると、セシルがこちらを振り返った。
「部屋でするよ。
それより、お前はユリアのこと見てあげて。
そこで寝転がしてるわけにはいかないでしょ」
「……そうだな」
頷いてから、オレはユリアを見下ろした。
額が血で汚れ、金の髪が張り付いている。
もう傷は塞がり、血は固まっていた。
「強くなったんだな、お前……」
意識を失っているのに、手は模造刀を握りしめたままだ。
オレはその指をひとつひとつ剥がしてやってから、
そっと両手で包み込んだ。
手のひらが前よりもゴツゴツしているように感じる。
今なら、ハルが言わんとしていたことが分かる気がした。
ユリアは必死に前に進もうとしている。
それをオレは止めようとした。
……彼が心配だからだ。
それ以上に、彼が強くなってしまったら、
オレ自身、どうして良いのか分からなくなるからだ。
ユリアの心臓に、オレは相応しくない。
生まれも育ちも最悪で、大して強くもなく心臓を守る術もない。
強くなるとは言ったが、限界は見えている。
背も、もう伸びない。ヴィンセントのように厚い身体にもなれない。
これからの戦いに、オレではついていくことは出来ない。
オレは辛うじて生かされている、ただの人間なのだ。
強くなったユリアに、オレは必要なかった。
人狼を制し、力を制し、過去の悲しみを乗り越えた彼には……
オレは、ユリアの額に張り付いた前髪を横に退かす。
「う……」
すると、呻き声と共にユリアが瞼を薄く持ち上げた。
「ん……バン、さん、僕……は……」
「動けるか? 稽古で無茶しちまったんだ。
部屋に戻って休もう」
「はい……」
立ち上がろうとするユリアを支える。
彼がオレを好きだと言ったのは、
必然だったように思う。
誰からも愛されないと思い込み、
ひとりきりで屋敷に閉じ込められ、そこへオレがやって来た。
孤独を乗り越えた彼は、いつかオレが不要だと気付いてしまう。
だから、オレは……ユリアが強くなるのが、怖かった。
「あの、ヴィンセントさんは?
ケガは――」
「平気だっつってたよ」
ヴィンセントをケガさせた自覚があるということは、
咄嗟に力を加減したのかもしれない。
「もう稽古はおしまいだってさ。
お前は十分強くなったからって」
「……そう、ですか」
ユリアが押し黙る。
彼の巨軀を引きずるように歩み始めると、
ふと、暗闇が揺れた。
「叔父さん?」
いつの間にやら、目の前の闇にハルが立っている。
「ただいま。
話したいことがあるんだけど、みんなを集めて貰ってもいい?」
* * *
部屋につくと、ボクは即座にヴィンセントの手当てに取りかかった。
彼をベッドに座らせ、胸当てを外す。
するとシャツが真っ赤に塗れていた。
ハサミでシャツを切れば、右肩の辺りがパックリと開いているのが見える。
ユリアの攻撃を捌ききれず、受けてしまったのだろう。
メイドが持ってきてくれた針を消毒し、
ボクは傷口を縫った。
ヴィンセントは呻き声ひとつこぼさなかった。
一方で、ボクは針を進めながら泣き出した。
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