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chapter4
step.32-2 青写真(ブルーフィルム)と告白
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イサミさんは類さんの著作の大ファンらしい。海外版まで持っているほどなんだとか。
そんな熱烈なファンのお店に到着すると、カラフルなチョコレートスプレーでコーティングされた厚みのあるケーキが僕らを出迎えてくれた。
一瞬、砂絵かと思うような色合いで二度見してしまった。
「げっ、何だよこのケーキ」と、類さんが呻く。
「うちのスタッフからのお祝いよ~。今から来るっていうから、スーパーまで走ってスポンジ買って、急ごしらえで作ったのよ!」
イサミさんはちょっと誇らしげに胸を張ると、ケーキの中央に『おめでとう!』と書かれたチョコプレートを乗せて、言った。
「受賞おめでとう、類ちゃ――頼久センセ♪」
「……わざわざありがとな」
類さんが鼻の頭を指でかきつつ、礼を言う。
それにイサミさんはゴツゴツした手を組んで、くねくねと腰を揺らした。
「お礼なんてっ……サインでいいわよぉ~ッッッ!」
すかさず後ろに控えていたスタッフのひとりが単行本と色紙、それからサインペンを差し出した。
「サインって……ンなもんどうすんだよ」
「お店に飾る用と保存用に決まってるじゃない! もう『俺のサインなんて飾っても無意味』とか言わせないんだからっ!」
「……わかったよ」
類さんは渋々という感じで、けれどどこか少し嬉しそうに、差し出された本と色紙にスラスラとローマ字でサインをした。
筆記体のその字はどこか遊び心があって、スタイリッシュだ。
「格好いいですね。こういうのって自分で考えるんですか?」
問うと、類さんはイサミさんに本と色紙を返しながら苦笑を浮かべる。
「知り合いのデザイナーに頼んだんだよ。俺が書くと持ち物に名前付けしてるみたいになっちまってさ」
実際に、前のサインを『汚れあり』として売っていた中古書店を見つけてしまったらしい。……それは確かに凹む。
「……にしても、箔が付いたわねぇ。大先生じゃないの」
「ありがたいことだよ。お蔭様でしばらくは仕事もあるだろうし、食いっぱぐれる心配がない」
イサミさんがウキウキした様子でカウンターに戻ると、席の端っこで何やらやっていたニャン太さんとソウさんがすかさずサインペンを差し出した。
「先生! ボクらにもサインお願いします!」
二人は無地のティーシャツ姿だ。
「お前ら、ジャケットの下にそんなもん着込んでたのか」
後ろを向くニャン太さんのシャツの皺を伸ばしながら、類さんはペンをクルリと手の内で回した。
そんな彼らに、帝人さんはメニューから顔を上げると不思議そうにする。
「ねえ、サイン貰ったティーシャツってどうするの?飾るの?」
ニャン太さんは目線だけ帝人さんに向けると答えた。
「ボクは普通に家で着るよ。シャツがダメになったらまた書いて貰えばいいし」
ソウさんもコクリと頷く。
類さんのペン先がシャツの上で止まる。
彼は束の間、迷ってからスルスルとペンをシャツの上に走らせた。
「……ほらよ」
「ありが――」
ソウさんと互いの背中を見せ合ったニャン太さんが言葉を途中で飲み込んだ。
「――って、サインじゃないんだけど!? 何このヘタクソなカバ!?!
それから勢いよくシャツを脱ぐと、眉尻を持ち上げる。
「カバじゃねぇよ。猫だよ」
「意味わかんないよ!サイン頂戴ってば!」
「断る。なんで自分ちで自分のサイン見なきゃならねぇんだ」
ニャン太さんがズルいズルいイサミちゃんばっかりズルい!と声を張り上げた。
このままだと、イサミさんが泣きながらカウンターから出てきて、さっき書いて貰ったばかりのサイン本を渡してきそうだ。
僕はおずおずと片手を上げた。
「あの……考えようによっては類さんのイラストって貴重じゃないですか?」
普通、作家のサインは貰えてもイラストは描いてはくれないだろう。
ニャン太さんが僕を見る。
それからパッと明るい表情を浮かべて、手を打った。
「確かに!」
「サインがなければ、ただのカバの落書きだけどね……」と、帝人さん。
「だーかーら!猫だっつの!」
それに、類さんはムキになって応えた。
* * *
その日の類さんはいつもよりもずっと上機嫌だった。
お酒をこれでもかと飲んで、珍しく酔ったようだ。
僕らはもう少しこの心地良い気持ちでいたくてマンションまで歩いて帰ることにした。
平日にも関わらず、飲み屋街はそこそこ賑やかだった。
立ち並ぶお店の前には、デキ上がった大学生の集まりがいて、肩を組んで歌ったり、大きな声で次は何処で飲もうかと話し合っている。
僕らはといえば2列になって歩いていた。
前方には類さん、その左にニャン太さんが腕を絡め、右にソウさんが身体を寄せている。ふたりはいつにも増してベッタリだ。
その後ろを僕は帝人さんと並んで歩いた。
微笑ましい気持ちで仲の良さそうな3人の後ろ姿を眺める。
「伝くんはいいの?」
ふいに、帝人さんが問うた。
いいの?とは、僕は類さんにくっつかなくていいのか、ということだろう。
僕は「はい」と頷く。
不思議な感覚だが……好きな人が、大切にしている人と仲良くしているのを見るのは、嫌な気持ちではなかった。ほんわかするというか、類さんが幸せそうで嬉しく思う。
それは、みんなの昔の話を聞いたからかもしれないし、類さんが僕のこともちゃんと好きでいてくれていると得心がいったからかもしれない。
「……類さん、よく笑うようになりましたよね」
「うん。凄く……変わったと思う」
帝人さんと同じ速度で歩きながら、僕はこの距離感をとても心地良く感じた。
ここからだと、みんなの楽しげな様子が良く見える。声がよく聞こえる。
僕も、この位置が好きだと思う。
そんな時だ。
「ん……?」
僕はふいに歩みを止めた。
「どうかした?」
帝人さんが小首を傾げる。
「あ、いえ……今……」
カメラのシャッター音が聞こえたような気がしたのだが……
僕は辺りを見渡してから、通り過ぎようとした学生たちが身体を寄せて携帯を覗き込んでいるのに気付き、首を左右に振った。
「すみません、何でもありません」
「デンデン、交代~!」
と、ニャン太さんが僕の手を引いた。
ちょっと気恥ずかしく思いつつも、僕は遠慮なく類さんの隣に並ぶ。
ほろ酔い気分の彼の横顔は、色っぽかった。
僕はドキドキしながら夜空を仰いだ。
「東京でも、星って意外と見えるんですね」
「そうな。悪くない」
見上げた黒い空には星がちらつき、明けの三日月が煌々と僕らを見下ろしていた。
そんな熱烈なファンのお店に到着すると、カラフルなチョコレートスプレーでコーティングされた厚みのあるケーキが僕らを出迎えてくれた。
一瞬、砂絵かと思うような色合いで二度見してしまった。
「げっ、何だよこのケーキ」と、類さんが呻く。
「うちのスタッフからのお祝いよ~。今から来るっていうから、スーパーまで走ってスポンジ買って、急ごしらえで作ったのよ!」
イサミさんはちょっと誇らしげに胸を張ると、ケーキの中央に『おめでとう!』と書かれたチョコプレートを乗せて、言った。
「受賞おめでとう、類ちゃ――頼久センセ♪」
「……わざわざありがとな」
類さんが鼻の頭を指でかきつつ、礼を言う。
それにイサミさんはゴツゴツした手を組んで、くねくねと腰を揺らした。
「お礼なんてっ……サインでいいわよぉ~ッッッ!」
すかさず後ろに控えていたスタッフのひとりが単行本と色紙、それからサインペンを差し出した。
「サインって……ンなもんどうすんだよ」
「お店に飾る用と保存用に決まってるじゃない! もう『俺のサインなんて飾っても無意味』とか言わせないんだからっ!」
「……わかったよ」
類さんは渋々という感じで、けれどどこか少し嬉しそうに、差し出された本と色紙にスラスラとローマ字でサインをした。
筆記体のその字はどこか遊び心があって、スタイリッシュだ。
「格好いいですね。こういうのって自分で考えるんですか?」
問うと、類さんはイサミさんに本と色紙を返しながら苦笑を浮かべる。
「知り合いのデザイナーに頼んだんだよ。俺が書くと持ち物に名前付けしてるみたいになっちまってさ」
実際に、前のサインを『汚れあり』として売っていた中古書店を見つけてしまったらしい。……それは確かに凹む。
「……にしても、箔が付いたわねぇ。大先生じゃないの」
「ありがたいことだよ。お蔭様でしばらくは仕事もあるだろうし、食いっぱぐれる心配がない」
イサミさんがウキウキした様子でカウンターに戻ると、席の端っこで何やらやっていたニャン太さんとソウさんがすかさずサインペンを差し出した。
「先生! ボクらにもサインお願いします!」
二人は無地のティーシャツ姿だ。
「お前ら、ジャケットの下にそんなもん着込んでたのか」
後ろを向くニャン太さんのシャツの皺を伸ばしながら、類さんはペンをクルリと手の内で回した。
そんな彼らに、帝人さんはメニューから顔を上げると不思議そうにする。
「ねえ、サイン貰ったティーシャツってどうするの?飾るの?」
ニャン太さんは目線だけ帝人さんに向けると答えた。
「ボクは普通に家で着るよ。シャツがダメになったらまた書いて貰えばいいし」
ソウさんもコクリと頷く。
類さんのペン先がシャツの上で止まる。
彼は束の間、迷ってからスルスルとペンをシャツの上に走らせた。
「……ほらよ」
「ありが――」
ソウさんと互いの背中を見せ合ったニャン太さんが言葉を途中で飲み込んだ。
「――って、サインじゃないんだけど!? 何このヘタクソなカバ!?!
それから勢いよくシャツを脱ぐと、眉尻を持ち上げる。
「カバじゃねぇよ。猫だよ」
「意味わかんないよ!サイン頂戴ってば!」
「断る。なんで自分ちで自分のサイン見なきゃならねぇんだ」
ニャン太さんがズルいズルいイサミちゃんばっかりズルい!と声を張り上げた。
このままだと、イサミさんが泣きながらカウンターから出てきて、さっき書いて貰ったばかりのサイン本を渡してきそうだ。
僕はおずおずと片手を上げた。
「あの……考えようによっては類さんのイラストって貴重じゃないですか?」
普通、作家のサインは貰えてもイラストは描いてはくれないだろう。
ニャン太さんが僕を見る。
それからパッと明るい表情を浮かべて、手を打った。
「確かに!」
「サインがなければ、ただのカバの落書きだけどね……」と、帝人さん。
「だーかーら!猫だっつの!」
それに、類さんはムキになって応えた。
* * *
その日の類さんはいつもよりもずっと上機嫌だった。
お酒をこれでもかと飲んで、珍しく酔ったようだ。
僕らはもう少しこの心地良い気持ちでいたくてマンションまで歩いて帰ることにした。
平日にも関わらず、飲み屋街はそこそこ賑やかだった。
立ち並ぶお店の前には、デキ上がった大学生の集まりがいて、肩を組んで歌ったり、大きな声で次は何処で飲もうかと話し合っている。
僕らはといえば2列になって歩いていた。
前方には類さん、その左にニャン太さんが腕を絡め、右にソウさんが身体を寄せている。ふたりはいつにも増してベッタリだ。
その後ろを僕は帝人さんと並んで歩いた。
微笑ましい気持ちで仲の良さそうな3人の後ろ姿を眺める。
「伝くんはいいの?」
ふいに、帝人さんが問うた。
いいの?とは、僕は類さんにくっつかなくていいのか、ということだろう。
僕は「はい」と頷く。
不思議な感覚だが……好きな人が、大切にしている人と仲良くしているのを見るのは、嫌な気持ちではなかった。ほんわかするというか、類さんが幸せそうで嬉しく思う。
それは、みんなの昔の話を聞いたからかもしれないし、類さんが僕のこともちゃんと好きでいてくれていると得心がいったからかもしれない。
「……類さん、よく笑うようになりましたよね」
「うん。凄く……変わったと思う」
帝人さんと同じ速度で歩きながら、僕はこの距離感をとても心地良く感じた。
ここからだと、みんなの楽しげな様子が良く見える。声がよく聞こえる。
僕も、この位置が好きだと思う。
そんな時だ。
「ん……?」
僕はふいに歩みを止めた。
「どうかした?」
帝人さんが小首を傾げる。
「あ、いえ……今……」
カメラのシャッター音が聞こえたような気がしたのだが……
僕は辺りを見渡してから、通り過ぎようとした学生たちが身体を寄せて携帯を覗き込んでいるのに気付き、首を左右に振った。
「すみません、何でもありません」
「デンデン、交代~!」
と、ニャン太さんが僕の手を引いた。
ちょっと気恥ずかしく思いつつも、僕は遠慮なく類さんの隣に並ぶ。
ほろ酔い気分の彼の横顔は、色っぽかった。
僕はドキドキしながら夜空を仰いだ。
「東京でも、星って意外と見えるんですね」
「そうな。悪くない」
見上げた黒い空には星がちらつき、明けの三日月が煌々と僕らを見下ろしていた。
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