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chapter4
step.33-4 決意と覚悟
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泥のような意識の中で、まず初めに感じたのは不自然な窮屈さだった。
足が動かない。手も自由にならない。
どうして……
不審に思うと同時に、急激に意識が覚醒していく。瞼を持ち上げれば、見覚えのない天井が目に飛び込んできた。
「な、何だ、これ……っ」
身体を起こそうとした僕は裏返った声をもらす。
両足と、胸の前で両手を、結束バンドで縛られ見知らぬベッドで横になっていたのだ。
と――
「おはよう、伝くん」
すぐ近くで声がした。
ギョッとしてそちらを向けば、ベッドのすぐ脇の椅子に帝人さんが座っている。いつもリビングで見かけるように、開きかけの文庫本を手にして。
彼は丁寧にしおりを挟むと、それをサイドチェストの上に置いた。
「よく眠っていたね。だいぶ疲れてたみたいだ」
「帝人さん……?」
おずおずと彼を見上げた僕はおぼろげに昨晩のことを思い出した。
僕は帝人さんと飲んでいた。
類さんと別れて出て行って欲しいと言われ、口論になり――気がついたら、意識を失っていて……
「い、一体、これはどういうことですか……っ?」
身を捩って問い正す。理解が追いつかない。
彼はつまらなそうに肩をすくめてみせると答えた。
「俺の部屋に来てもらったんだよ」
「帝人さんの、部屋……?」
僕は訝しげに周囲を見渡した。
先日のプリン事件の時にちらりと見た部屋とは明らかに別の場所だ。
「父がね、大学進学の時に実家から通うのは大変だろうって買ってくれた部屋さ。時々、ひとりになりたい時とかに使ってる」
彼はそう言うとゆったりと背もたれに身体を預け、手を組んだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいよ。
……それで、伝くん。これで、さすがに俺がどれだけ本気かは伝わったよね?」
表情は柔和だったけれど、彼の眼差しは恐ろしく冷たい。
僕はそれを受け止めきれずに、視線を落とした。
彼の本気がわからないわけがない。
こんなこと、常軌を逸している。
僕の何かが彼をここまで追い詰めたのだ。
「……帝人さん。何が……そんなにあなたを怒らせてしまったんですか……?」
僕は昨晩も口にした言葉を繰り返した。
「は……?」
彼は小さく目を見開き、呆れたような声を落とす。
僕はめげずに続けた。
「あなたがどれほど怒っているかはわかりました。でも、僕には原因がさっぱりわからな――」
「想像以上に君はおめでたいな、君は。この状況でまだそんな言葉が口を突いて出るなんて」
彼はうんざりしたように、自分の眉間を指先で揉んだ。
肺が空っぽになるような溜息が耳に届く。
「君は、類のことが好きなように……みんなのことも好きだと思っていたんだけど」
「好きですよ。大事に思ってます」
「それなら、君が出て行かないとその大事にしているものが壊れてしまうんだって、わからないかな?」
「だから僕は、あなたとの関係を修復したくてずっと原因を教えて欲しいって頼んでるんですよ」
理解しているからこそ愚直に尋ね続けている。
そんな僕に、帝人さんは乾いた笑いをこぼした。
「修復? この状況で?……冗談だろう?」
「諦めたくないんですよ……っ」
走馬灯のように、この1年のことが脳裏を過った。
僕には勿体無いくらい……楽しかった。幸せだった。
自分を受け入れてくれる相手が存在することが、いかに心の支えになるか。
と同時に、心から支えたいと思ったのだ。類さんを、ニャン太さんを、ソウさんを……そして、帝人さんを。
そんな存在になろうと決意したばかりなのだ。
「……家族なんですよ。諦められるわけないじゃないですか」
「黙れよ」
ガンッと彼はベッドを蹴った。
ついで顎を持ち上げると、神経質そうにピクリと眉根を寄せた。
「前から思ってたんだけどさ……君が類たちを家族って呼ぶ度に、虫唾が走るんだ」
彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、僕を見下ろす。
「いっ……」
帝人さんは僕の髪を掴み顔を覗き込むようにすると、唸るように告げた。
「君はね、家族じゃない。俺たちの関係をおかしくしておきながら家族面するのはやめろ」
言葉に、息が引き攣る。
帝人さんにとって……僕は家族じゃ、ない。
そうなのだろうことは、こうして彼と対峙している時点でなんとなく察していた。
それでもハッキリと告げられると、胸が抉れるようだ。
僕は唇を引き結び、ついで浅く呼吸を繰り返して彼を見つめ返した。
「……おかしくしてる、ってどういうことですか? そんなこと……」
「ない、って? どうして言い切れるの。君は俺たちこと何も知らないのに」
「確かに僕と帝人さんじゃ、過ごした時間はあまりにも違いますから、知らないことも多いです。
でも、僕だって漫然と一緒にいたわけじゃありません」
言いながら、僕は必死で思案を巡らせた。
帝人さんが怒っているのは、「僕がみんなの関係をおかしくしてしまった」かららしい。
けれど、類さんの病状は良くなってきている……と思う。
僕が来た分、みんなが過ごす類さんとの時間は減ってしまっているが……でも、それが原因ならばもっと初期の段階で話をしてくれていたはずだ。
ケンカ別れする可能性はあるとしても、後になればなるほど僕を追い出すのは難しくなるはずなのだから。
「僕は出て行くつもりはありません。だからって、あなたとのことも諦めたくない。
帝人さんが僕のことを受け入れてくれていないことは……わかり、ました。でも、僕が欲しいのは類さんと、あなたを含めた類さんの家族なんですよ」
真っ直ぐ見つめて告げた。
帝人さんの薄い唇の端が苛立たしげにピクリと震える。
僕の中の「家族」には、帝人さんも含まれている。
彼の奥底にある怒りを知りもしないのに、諦められるほど軽い存在ではない。
僕は選んだのだ。類さんと、類さんの家族と生きると。
「君は、本当に……」
彼は僕の髪から手を離した。
そうしてベッドから立ち上がると、前髪を乱暴にかき上げた。
「……よく分かったよ。君とは話しても無駄だという事が。あまりにも価値観が違い過ぎる」
そう吐き捨てると、
「……っ」
彼は僕の胸ぐらを掴んで引っ張った。
ベッドから転げ落ちそうになりながら立ち上がれば、彼はゆっくりと深呼吸する。
「こういうやり方は好きじゃないんだけど……無理矢理にでも出て行って貰うよ」
――刹那。
「ぐっ……!?」
腹部に走った衝撃に一瞬、息が止まった。拳を打ち込まれたのだ。
重い衝撃に身体がくの字に曲がる。
けれど帝人さんはそれを許さず僕の胸ぐらを引っ張り直した。
「正直、経験が乏しくてね」
帝人さんは青白い顔をして、右手を開いたり閉じたりしながら言った。
「加減を間違えてしまうかもしれないから、先に謝っておくよ。……ごめんね、伝くん」
彼はニコリと笑うと、再び拳を握りしめた。
足が動かない。手も自由にならない。
どうして……
不審に思うと同時に、急激に意識が覚醒していく。瞼を持ち上げれば、見覚えのない天井が目に飛び込んできた。
「な、何だ、これ……っ」
身体を起こそうとした僕は裏返った声をもらす。
両足と、胸の前で両手を、結束バンドで縛られ見知らぬベッドで横になっていたのだ。
と――
「おはよう、伝くん」
すぐ近くで声がした。
ギョッとしてそちらを向けば、ベッドのすぐ脇の椅子に帝人さんが座っている。いつもリビングで見かけるように、開きかけの文庫本を手にして。
彼は丁寧にしおりを挟むと、それをサイドチェストの上に置いた。
「よく眠っていたね。だいぶ疲れてたみたいだ」
「帝人さん……?」
おずおずと彼を見上げた僕はおぼろげに昨晩のことを思い出した。
僕は帝人さんと飲んでいた。
類さんと別れて出て行って欲しいと言われ、口論になり――気がついたら、意識を失っていて……
「い、一体、これはどういうことですか……っ?」
身を捩って問い正す。理解が追いつかない。
彼はつまらなそうに肩をすくめてみせると答えた。
「俺の部屋に来てもらったんだよ」
「帝人さんの、部屋……?」
僕は訝しげに周囲を見渡した。
先日のプリン事件の時にちらりと見た部屋とは明らかに別の場所だ。
「父がね、大学進学の時に実家から通うのは大変だろうって買ってくれた部屋さ。時々、ひとりになりたい時とかに使ってる」
彼はそう言うとゆったりと背もたれに身体を預け、手を組んだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいよ。
……それで、伝くん。これで、さすがに俺がどれだけ本気かは伝わったよね?」
表情は柔和だったけれど、彼の眼差しは恐ろしく冷たい。
僕はそれを受け止めきれずに、視線を落とした。
彼の本気がわからないわけがない。
こんなこと、常軌を逸している。
僕の何かが彼をここまで追い詰めたのだ。
「……帝人さん。何が……そんなにあなたを怒らせてしまったんですか……?」
僕は昨晩も口にした言葉を繰り返した。
「は……?」
彼は小さく目を見開き、呆れたような声を落とす。
僕はめげずに続けた。
「あなたがどれほど怒っているかはわかりました。でも、僕には原因がさっぱりわからな――」
「想像以上に君はおめでたいな、君は。この状況でまだそんな言葉が口を突いて出るなんて」
彼はうんざりしたように、自分の眉間を指先で揉んだ。
肺が空っぽになるような溜息が耳に届く。
「君は、類のことが好きなように……みんなのことも好きだと思っていたんだけど」
「好きですよ。大事に思ってます」
「それなら、君が出て行かないとその大事にしているものが壊れてしまうんだって、わからないかな?」
「だから僕は、あなたとの関係を修復したくてずっと原因を教えて欲しいって頼んでるんですよ」
理解しているからこそ愚直に尋ね続けている。
そんな僕に、帝人さんは乾いた笑いをこぼした。
「修復? この状況で?……冗談だろう?」
「諦めたくないんですよ……っ」
走馬灯のように、この1年のことが脳裏を過った。
僕には勿体無いくらい……楽しかった。幸せだった。
自分を受け入れてくれる相手が存在することが、いかに心の支えになるか。
と同時に、心から支えたいと思ったのだ。類さんを、ニャン太さんを、ソウさんを……そして、帝人さんを。
そんな存在になろうと決意したばかりなのだ。
「……家族なんですよ。諦められるわけないじゃないですか」
「黙れよ」
ガンッと彼はベッドを蹴った。
ついで顎を持ち上げると、神経質そうにピクリと眉根を寄せた。
「前から思ってたんだけどさ……君が類たちを家族って呼ぶ度に、虫唾が走るんだ」
彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、僕を見下ろす。
「いっ……」
帝人さんは僕の髪を掴み顔を覗き込むようにすると、唸るように告げた。
「君はね、家族じゃない。俺たちの関係をおかしくしておきながら家族面するのはやめろ」
言葉に、息が引き攣る。
帝人さんにとって……僕は家族じゃ、ない。
そうなのだろうことは、こうして彼と対峙している時点でなんとなく察していた。
それでもハッキリと告げられると、胸が抉れるようだ。
僕は唇を引き結び、ついで浅く呼吸を繰り返して彼を見つめ返した。
「……おかしくしてる、ってどういうことですか? そんなこと……」
「ない、って? どうして言い切れるの。君は俺たちこと何も知らないのに」
「確かに僕と帝人さんじゃ、過ごした時間はあまりにも違いますから、知らないことも多いです。
でも、僕だって漫然と一緒にいたわけじゃありません」
言いながら、僕は必死で思案を巡らせた。
帝人さんが怒っているのは、「僕がみんなの関係をおかしくしてしまった」かららしい。
けれど、類さんの病状は良くなってきている……と思う。
僕が来た分、みんなが過ごす類さんとの時間は減ってしまっているが……でも、それが原因ならばもっと初期の段階で話をしてくれていたはずだ。
ケンカ別れする可能性はあるとしても、後になればなるほど僕を追い出すのは難しくなるはずなのだから。
「僕は出て行くつもりはありません。だからって、あなたとのことも諦めたくない。
帝人さんが僕のことを受け入れてくれていないことは……わかり、ました。でも、僕が欲しいのは類さんと、あなたを含めた類さんの家族なんですよ」
真っ直ぐ見つめて告げた。
帝人さんの薄い唇の端が苛立たしげにピクリと震える。
僕の中の「家族」には、帝人さんも含まれている。
彼の奥底にある怒りを知りもしないのに、諦められるほど軽い存在ではない。
僕は選んだのだ。類さんと、類さんの家族と生きると。
「君は、本当に……」
彼は僕の髪から手を離した。
そうしてベッドから立ち上がると、前髪を乱暴にかき上げた。
「……よく分かったよ。君とは話しても無駄だという事が。あまりにも価値観が違い過ぎる」
そう吐き捨てると、
「……っ」
彼は僕の胸ぐらを掴んで引っ張った。
ベッドから転げ落ちそうになりながら立ち上がれば、彼はゆっくりと深呼吸する。
「こういうやり方は好きじゃないんだけど……無理矢理にでも出て行って貰うよ」
――刹那。
「ぐっ……!?」
腹部に走った衝撃に一瞬、息が止まった。拳を打ち込まれたのだ。
重い衝撃に身体がくの字に曲がる。
けれど帝人さんはそれを許さず僕の胸ぐらを引っ張り直した。
「正直、経験が乏しくてね」
帝人さんは青白い顔をして、右手を開いたり閉じたりしながら言った。
「加減を間違えてしまうかもしれないから、先に謝っておくよ。……ごめんね、伝くん」
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