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プロローグ 勇者転生、その理由
凱旋
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王都の中央を貫くガブリエーレ大通りには、魔王を倒した冒険者らの凱旋を祝う色とりどりの花びらが舞っていた。
甲高いラッパの音と、大通りに殺到した十数万を超える群衆の歓声が、晴れ渡る空へと吸い込まれていく。
賑わう通りを誇らしい様子で進むのは、53組にも及ぶ冒険者パーティだ。
戦闘時とは異なるきらびやかな装備を身にまとった彼らは、豪奢に飾り立てられたゾウや、トラ、馬車に乗り、道の先にそびえ立つ王城を目指して行進していく。
「あー、クソ。顔の筋肉が引き攣ってきた……」
そんな中、疲れ切った様子でボヤいたのは凱旋の先頭を行くパーティメンバーのひとり、クリューガー・クレーバーだ。
ゾウ上の籠に揺られる彼は、一度しゃがみこんで市民たちから身を隠すと、両手で顔全体をぐにゃぐにゃとマッサージしてから立ち上がった。
慣れない笑顔は拷問にも等しい。だが、これが最後の仕事だと言い聞かせ、三白眼を無理やり三日月型に細めると再び手を振って声援に応える。
と、同じ籠に乗っていた男が鼻を鳴らした。
「ご苦労なことだ」
麗しの知者――賢者・フロルである。
刺繍の美しいクッションに身体を預ける彼は、気怠げに長い足を組み替え、群衆に冷めた眼差しを向ける。
そんな彼をクリューガーは苛立たしげに振り返った。
「お前ぇも愛想振りまけや!」
「断る。面倒だ」
「面倒って……何のためにココにいんだよ、お前」
凱旋の直前にクリューガーの籠に乗り込んできたのは、フロルである。
普段、世俗的なものと隔絶した生活を送っている彼でも、少しは人の行事に興味があったのかと仲間たちは驚愕したが、真面目にこなすつもりはないらしい。
クリューガーは大仰に溜息を吐き出した。
「……お前、せめて王サマの前ではその態度改めろよ。折角、討伐戦で生き残ったってのに、不敬罪で首刎ねられましたは笑えねぇぞ」
フロルはキョトンとしてから、形の良い目を細める。ついで鈴の音のような笑い声をあげた。
「私の首が飛ぶのなら、勇者も一緒だな」
「ああ? なんでうちのエースの話になる?――って、アイツ、何処行った?」
前方のゾウを見やったクリューガーは、ヒクリと頬を引き攣らせた。
討伐戦、最たる功労者である仲間の姿が忽然と消えている。
「勇者は最終決戦に向かった」と、涼しげな様子でフロル。
「最終決戦……?」
世界を未曾有の恐怖に叩き落とした魔王を討伐し、その配下の魔物たちは殲滅した。だからこその凱旋式である。
訝しげに眉根を寄せたクリューガーは、束の間、思案し、やがて思い至った考えに握りこぶしを震わせた。
「あ、あ、あ、あの色ボケ野郎……ッ! また男のケツ追っかけてバッくれやがったのか!?!?」
フロルがクスクスと笑う。
肯定である。
クリューガーは自身の色素の薄い短髪に指を突っ込むと、乱雑に掻き回した。
「だああああっ! 総指揮官が凱旋式を欠席だなんてどう説明すりゃいいんだよ!?」
声を荒げた彼ははたとして、唇を引き結ぶ。凱旋中であるのを思い出したのだ。
「あの野郎、殺す……後でぜってーー殺す……」
引き攣った笑顔を群衆に向けつつ、彼は呟いた。
フロルは青筋を立てるクリューガーに心底楽しげにニヤニヤすると、花びらでカラフルに染まった空を見上げる。
真っ白な手を伸ばせば、吸い寄せられるようにして花びらがその上にハラリと落ちた。
彼は摘まみあげたそれを日の光に眇めると口を開いた。
「貴様が手を下すまでもない。勇者が向かったのは妖精の森――トドメはヤツが刺すだろう」
フロルの台詞に、「え」と、クリューガーは間の抜けた声を漏らす。
「相手ってイーシャなの? マジで?」
魔王討伐後、さっさと自分の住まいに引っ込んだ仲間の名を口にする。
フロルは唇の端を引き伸ばし、
「クフフ……ヤツの攻略難度は魔王よりも遥かに高い。本当に飽きない男だ、アイツは」
ついで、ふぅっと花びらに息を吹きかけた。
魔力を込められた花片は1羽の輝く鳥に変化して、青い空へと舞い戻っていった。
甲高いラッパの音と、大通りに殺到した十数万を超える群衆の歓声が、晴れ渡る空へと吸い込まれていく。
賑わう通りを誇らしい様子で進むのは、53組にも及ぶ冒険者パーティだ。
戦闘時とは異なるきらびやかな装備を身にまとった彼らは、豪奢に飾り立てられたゾウや、トラ、馬車に乗り、道の先にそびえ立つ王城を目指して行進していく。
「あー、クソ。顔の筋肉が引き攣ってきた……」
そんな中、疲れ切った様子でボヤいたのは凱旋の先頭を行くパーティメンバーのひとり、クリューガー・クレーバーだ。
ゾウ上の籠に揺られる彼は、一度しゃがみこんで市民たちから身を隠すと、両手で顔全体をぐにゃぐにゃとマッサージしてから立ち上がった。
慣れない笑顔は拷問にも等しい。だが、これが最後の仕事だと言い聞かせ、三白眼を無理やり三日月型に細めると再び手を振って声援に応える。
と、同じ籠に乗っていた男が鼻を鳴らした。
「ご苦労なことだ」
麗しの知者――賢者・フロルである。
刺繍の美しいクッションに身体を預ける彼は、気怠げに長い足を組み替え、群衆に冷めた眼差しを向ける。
そんな彼をクリューガーは苛立たしげに振り返った。
「お前ぇも愛想振りまけや!」
「断る。面倒だ」
「面倒って……何のためにココにいんだよ、お前」
凱旋の直前にクリューガーの籠に乗り込んできたのは、フロルである。
普段、世俗的なものと隔絶した生活を送っている彼でも、少しは人の行事に興味があったのかと仲間たちは驚愕したが、真面目にこなすつもりはないらしい。
クリューガーは大仰に溜息を吐き出した。
「……お前、せめて王サマの前ではその態度改めろよ。折角、討伐戦で生き残ったってのに、不敬罪で首刎ねられましたは笑えねぇぞ」
フロルはキョトンとしてから、形の良い目を細める。ついで鈴の音のような笑い声をあげた。
「私の首が飛ぶのなら、勇者も一緒だな」
「ああ? なんでうちのエースの話になる?――って、アイツ、何処行った?」
前方のゾウを見やったクリューガーは、ヒクリと頬を引き攣らせた。
討伐戦、最たる功労者である仲間の姿が忽然と消えている。
「勇者は最終決戦に向かった」と、涼しげな様子でフロル。
「最終決戦……?」
世界を未曾有の恐怖に叩き落とした魔王を討伐し、その配下の魔物たちは殲滅した。だからこその凱旋式である。
訝しげに眉根を寄せたクリューガーは、束の間、思案し、やがて思い至った考えに握りこぶしを震わせた。
「あ、あ、あ、あの色ボケ野郎……ッ! また男のケツ追っかけてバッくれやがったのか!?!?」
フロルがクスクスと笑う。
肯定である。
クリューガーは自身の色素の薄い短髪に指を突っ込むと、乱雑に掻き回した。
「だああああっ! 総指揮官が凱旋式を欠席だなんてどう説明すりゃいいんだよ!?」
声を荒げた彼ははたとして、唇を引き結ぶ。凱旋中であるのを思い出したのだ。
「あの野郎、殺す……後でぜってーー殺す……」
引き攣った笑顔を群衆に向けつつ、彼は呟いた。
フロルは青筋を立てるクリューガーに心底楽しげにニヤニヤすると、花びらでカラフルに染まった空を見上げる。
真っ白な手を伸ばせば、吸い寄せられるようにして花びらがその上にハラリと落ちた。
彼は摘まみあげたそれを日の光に眇めると口を開いた。
「貴様が手を下すまでもない。勇者が向かったのは妖精の森――トドメはヤツが刺すだろう」
フロルの台詞に、「え」と、クリューガーは間の抜けた声を漏らす。
「相手ってイーシャなの? マジで?」
魔王討伐後、さっさと自分の住まいに引っ込んだ仲間の名を口にする。
フロルは唇の端を引き伸ばし、
「クフフ……ヤツの攻略難度は魔王よりも遥かに高い。本当に飽きない男だ、アイツは」
ついで、ふぅっと花びらに息を吹きかけた。
魔力を込められた花片は1羽の輝く鳥に変化して、青い空へと舞い戻っていった。
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