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6話 駒は多い方がいい。
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「ところであなたはどなた?」
「僕のこともわからないのか。悲しいな。思い出せないかい?」
「申し訳ないけど、全くわからないわ……」
男は傷ついたように口元を歪ませ、
「はぁ……。本当にひどい事故だったから仕方ないことかもしれないね。きみが生きているだけで十分だ。記憶はこれから少しずつ思い出せばいいよ」
男はレオン・マッサーナと名乗った。
マッサーナ。
私の知るマッサーナはカディスでは一《いち》家門しかいない。
ーー大貴族サグント侯爵家。
貴族の最上位に属し、王族の外戚でもある。カディス貴族で1番の権勢家だ。
その嫡男がレオンといったような……。
(そう。この顔よ。サグント侯爵の嫡男アンドーラ子爵レオン・マッサーナ)
昨年の王家主催の舞踏会で見かけた顔だ。
整った容姿に洗練された身のこなしの独身。
舞踏会ではお相手の決まっていない淑女たちが次から次へとアプローチしてたけど?
そんな婚活界での大物がベッドサイドに腰掛けて、優しげな眼差しで私を見つめている意味は……。
「フェリシア、僕はきみの婚約者だよ」
「え、婚約者?」
(表に出せない娘が名門貴族の嫡男の婚約者?)
貴族の結婚は権力を盤石にするための術でしかすぎない。だというのに、もしかしたら庶子かもしれないフェリシアと婚約する意味はどこにあるというのだ。
(うーん、キナ臭い感じしかしないわ。この体の主にも何か秘密がありそうね)
上流階級の結婚は家門同士の結束を強めるもの。
例外はほぼない(ゼロではないがほとんどない)が、ごくごく稀に恋愛結婚もある。
フェリシアとレオン・マッサーナは恋人同士だったのか。
少し探ってみた方が良さそうだ。
「マッサーナ様。あなたはきっと良い婚約者だったのでしょうね。あなたの眼差しも、態度もとても親切だわ。私はあなたのことが好きだったのかしら」
「それはない。僕ときみの間にあったのは友情だ。愛情とは違う」
レオン・マッサーナはキッパリと否定する。
「え? 婚約していたのでしょう? 愛し合っていたのではないの?」
「フェリシア。貴族の結婚なんて政略以外に何があるんだ?」
「確かにそうだけど、あなたは私ととても親しそうだから」
「そりゃそうさ。僕ときみは幼馴染なんだよ。親しいのは当たり前だろ?」
「あぁ……」
知らない仲ではないということか。
伯爵家から格上の侯爵家に嫁げば家の格が上がり、しかもそれがよく見知った相手だと文句のつけようがない。例え歓迎されない存在であっても。
(面倒な状況ね。でもこの体で生きていくのならば、確認を取らなきゃ)
これから私がこの体で生きていく上でとても重要だ。
「ねぇ私たちに男女の感情はあるの?」
レオン・マッサーナは自らの喉元に触れ冷笑を浮かべる。
「ない。一滴もね。フェリシアとはいい人生のパートナーになれるだろうけど、恋人にはなれないと思う。僕ときみ、性格も嗜好も正反対だからね」
「そうなのね」
安心した。
体の主の婚約者レオンと愛憎関係など私にとっては厄介なだけだ。問題は一つでも少ない方がいいに決まっている。
(でもマッサーナは味方であって欲しいかも。権力を持っている人材はいずれ役に立つ)
名門貴族の令息、しかも富豪だ。
地位と名誉。必要になる時が来る。
これから私の目的を達成するために使える人間はそばにいてほしい。
ただ無関係な人を利用することに、
(少しばかりの罪悪感は感じるけど)
もちろん成功した暁には十分な対価を支払うつもりだ。
だから、それまでは勝手だけど許してほしいとそっと心の中で詫びた。
「でも私とあなたの関係は悪くないのね?」
「公的にはとても良好だよ」
「人前で婚約者のことをマッサーナ様と呼ぶのも他人行儀な気がするの。私はあなたのことを何と呼んでいたの?」
「……レオン。名で呼んでいた」
「わかったわ。レオン様、ね」
「僕はフィリィと呼ぶよ。お互い都合がいいからね」
レオンは満足そうに頷いた。
「フェリシア様」
ノックと共に樫の扉が遠慮がちに開いた。
ビカリオ夫人が湯気のあがる皿を乗せた盆を抱え、恐々とこちらを伺う。
「スープをお持ちしましたが……」
「ありがとう。いただくわ」
ちょうど喉も乾いてきたところだ。
私は体を起こし、明るく微笑んだ。
「僕のこともわからないのか。悲しいな。思い出せないかい?」
「申し訳ないけど、全くわからないわ……」
男は傷ついたように口元を歪ませ、
「はぁ……。本当にひどい事故だったから仕方ないことかもしれないね。きみが生きているだけで十分だ。記憶はこれから少しずつ思い出せばいいよ」
男はレオン・マッサーナと名乗った。
マッサーナ。
私の知るマッサーナはカディスでは一《いち》家門しかいない。
ーー大貴族サグント侯爵家。
貴族の最上位に属し、王族の外戚でもある。カディス貴族で1番の権勢家だ。
その嫡男がレオンといったような……。
(そう。この顔よ。サグント侯爵の嫡男アンドーラ子爵レオン・マッサーナ)
昨年の王家主催の舞踏会で見かけた顔だ。
整った容姿に洗練された身のこなしの独身。
舞踏会ではお相手の決まっていない淑女たちが次から次へとアプローチしてたけど?
そんな婚活界での大物がベッドサイドに腰掛けて、優しげな眼差しで私を見つめている意味は……。
「フェリシア、僕はきみの婚約者だよ」
「え、婚約者?」
(表に出せない娘が名門貴族の嫡男の婚約者?)
貴族の結婚は権力を盤石にするための術でしかすぎない。だというのに、もしかしたら庶子かもしれないフェリシアと婚約する意味はどこにあるというのだ。
(うーん、キナ臭い感じしかしないわ。この体の主にも何か秘密がありそうね)
上流階級の結婚は家門同士の結束を強めるもの。
例外はほぼない(ゼロではないがほとんどない)が、ごくごく稀に恋愛結婚もある。
フェリシアとレオン・マッサーナは恋人同士だったのか。
少し探ってみた方が良さそうだ。
「マッサーナ様。あなたはきっと良い婚約者だったのでしょうね。あなたの眼差しも、態度もとても親切だわ。私はあなたのことが好きだったのかしら」
「それはない。僕ときみの間にあったのは友情だ。愛情とは違う」
レオン・マッサーナはキッパリと否定する。
「え? 婚約していたのでしょう? 愛し合っていたのではないの?」
「フェリシア。貴族の結婚なんて政略以外に何があるんだ?」
「確かにそうだけど、あなたは私ととても親しそうだから」
「そりゃそうさ。僕ときみは幼馴染なんだよ。親しいのは当たり前だろ?」
「あぁ……」
知らない仲ではないということか。
伯爵家から格上の侯爵家に嫁げば家の格が上がり、しかもそれがよく見知った相手だと文句のつけようがない。例え歓迎されない存在であっても。
(面倒な状況ね。でもこの体で生きていくのならば、確認を取らなきゃ)
これから私がこの体で生きていく上でとても重要だ。
「ねぇ私たちに男女の感情はあるの?」
レオン・マッサーナは自らの喉元に触れ冷笑を浮かべる。
「ない。一滴もね。フェリシアとはいい人生のパートナーになれるだろうけど、恋人にはなれないと思う。僕ときみ、性格も嗜好も正反対だからね」
「そうなのね」
安心した。
体の主の婚約者レオンと愛憎関係など私にとっては厄介なだけだ。問題は一つでも少ない方がいいに決まっている。
(でもマッサーナは味方であって欲しいかも。権力を持っている人材はいずれ役に立つ)
名門貴族の令息、しかも富豪だ。
地位と名誉。必要になる時が来る。
これから私の目的を達成するために使える人間はそばにいてほしい。
ただ無関係な人を利用することに、
(少しばかりの罪悪感は感じるけど)
もちろん成功した暁には十分な対価を支払うつもりだ。
だから、それまでは勝手だけど許してほしいとそっと心の中で詫びた。
「でも私とあなたの関係は悪くないのね?」
「公的にはとても良好だよ」
「人前で婚約者のことをマッサーナ様と呼ぶのも他人行儀な気がするの。私はあなたのことを何と呼んでいたの?」
「……レオン。名で呼んでいた」
「わかったわ。レオン様、ね」
「僕はフィリィと呼ぶよ。お互い都合がいいからね」
レオンは満足そうに頷いた。
「フェリシア様」
ノックと共に樫の扉が遠慮がちに開いた。
ビカリオ夫人が湯気のあがる皿を乗せた盆を抱え、恐々とこちらを伺う。
「スープをお持ちしましたが……」
「ありがとう。いただくわ」
ちょうど喉も乾いてきたところだ。
私は体を起こし、明るく微笑んだ。
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