上 下
43 / 102

43話 お父様の裏の顔。

しおりを挟む
 翌日からお父様と屋敷の人間達の私への風当たりが変わってきた。
 もちろんいい意味でも悪い意味でも、だ。

 お父様と継母、そしてルアーナは言うまでも無くこちらを警戒し距離を置くようになった。


(当然ね。自分達の地位を脅かす存在だもの)


 私がマンティーノスを継承する資格を持つ唯一の者であり、自分達が知らない『ヨレンテの盟約』の内容を知っているのだ。
 お父様達は今頃、焦燥に駆られていることだろう。

 そして最初の晩餐で見せられた招待客の態度も衝撃だった。


(日和見具合は想像以上だったんじゃないかしら)


 お父様はお母様が亡くなってから私が叙位されるまで代理として努めてきた。
 外国人と軽んじられながらも、周囲と胃の痛くなるような駆け引きをしながらここまできたのだ。

 けれど。

 あっけなく瓦解してしまった。
 フェリシアが現れた途端に、これまで細心の注意を以て接していた土豪や貴族達はお父様を裏切ったのだ。

 爵位を継ぐことを王家から認められていない外国人の入婿と、庶子ではあるが伯爵家の娘でありヨレンテの血を継ぐ私(しかもサグント侯爵家と王太后の庇護付き)

 彼らがどちらにつくか。
 火を見るよりも明らかだ。


(彼らの無節操さにはお父様も心外だったでしょうけど)


 貴族はまだしも土豪は貴族ではない分、鼻が利く。
 自らの損得には敏感なのだ。

 これまで数年かけて作り上げてきた関係や地位が実は砂上の楼閣でしかなかった……ということが身に染みているはずだ。

 悔しさに身もだえしていることだろう。
 いい気味だ。


 そしてもう一つ朗報も。
 彼らだけでなく、意外にもウェステ伯爵家に仕える使用人達までもがとても親切に接するようになった。

 基本的に皆、普通の客人以上に丁寧な接客だが、特に代々ヨレンテ家に仕えている者は私を主人であるかのように扱うのだ。

 使用人の総取締役であり家政を管理している執事までもが、


「セラノ様は先々代の旦那様のお血筋だとお聞きしております。私どもの主人はヨレンテ家の方でございますので、お嬢様がマンティーノスにご滞在中は誠心誠意お仕えいたします」


 と言ってくる始末だ。

 執事は領運営の当主副官、現場の責任者だ。それなのに他人に好意を明らかにするのはあってはならないことだ。訳があるはずだ。

 私は家内についての状態を執事に問った。
 執事は顔を曇らせる。


「セラノ様のお耳汚しになるかもしれませんが、今の奥様もお嬢様も少し……品格が乏しいと申しましょうか……。エリアナ様が身罷みまかれて以降、使用人私たちにより厳しく指導なされるようになりまして……」


 ほとほと困っているという。
 どうやら継母様やルアーナの傍若無人ぶりは目に余るのもがあり、使用人達も嫌気が差していたようだ。


(薄々気付いていたけど、継母様とルアーナはどうしようもないわね)


 かつて貴族であったとはいえ経済的に苦しい平民暮らしが長かっただけに、身の程知らずな贅沢に浸っているうちに、使用人に対する横暴さも覚えてしまったのだろう。

 エリアナが生きていた頃も眉を顰めることはあったが……。

 これは完全に継母様とルアーナの身から出た錆だ。
 この分だと使用人の掌握はすんなりできそうだ。


「へぇ。使用人がね。よかったんじゃないの? 少なくともこれで食事の時の心配は減ったよね」


 使用人の件を告げるとレオンは呑気に笑った。


「食事が一番の懸念だったんだ。でも彼らにフィリィの食事と身の回りは任せたら安心だ。ヨレンテに入籍したわけでもないのにそれだけ忠誠心が厚いんだから、毒入りスープなんて命じられても出さないだろ」

「ヨレンテに古くから仕えてくれてる人は大丈夫だけど。でも全員がそうじゃないわ」


 ここ数年で雇われた使用人達は、古参に比べてヨレンテへの忠誠心はない。
 彼らは金で動く。


「んー。不穏分子ね。フィリィが心配なら探らせとくよ。僕の部下は優秀だからね」

「助かるわ」

「それで。きみにはウェステ伯爵位を継承する権利はあるけど、実際の支配権はオヴィリオが握ってる。どう簒奪するつもり?」

「簒奪って……」

「間違いじゃないだろ。きみはエリアナ様の実叔母だが、表向きはルーゴの家のお嬢様なんだ。なんの関係もないフィリィが家門を乗っ取るんだからね」


(そうか。私は取り戻す認識だけど、他人からしてみれば強奪って思われているのね)


 だが、どう見られようが成し遂げる他ない。
 お父様を陥れるにはもっと決定的な理由が必要だ。


(ある。お父様は国の法を犯している。犯罪を行ってる)


 ――『密輸』だ。


 マンティーノス領は外港を一つ保有している。
 港自体は王家の所有であり、輸出入は厳しく管理されているのだが……。

 周辺諸国の戦乱から取り残されたカディスは長く続く平和を貪っていた。
 つまりは他国に比べて危機感がなく安定した状態であり、あとは落ちていくだけ。いずれ腐るのは定説だ。

 この王都から遠く離れたマンティーノスでも例外はなく中央から派遣された役人は程度こそあれ、もれなく腐敗しつつあった。

 お父様はそこに目をつけたのだ。
 山のような資産を持つマンティーノス領主が代官を買収することなど赤子の手をひねるようなものだ。
 あっけなく密輸ルートを所有することができたのだ。

 この情報を入手した経緯は偶然だった。

 エリアナが当主になりしばらく経った頃、たまたま図書室の書庫の片隅に隠し部屋を見つけそこで帳簿を見たのだ。
 幾重にも偽装された帳簿には、倫理的にも法的にも禁忌になっているものが記されていた……。


「オヴィリオさんはセナイダ様が亡くなってエリアナ様の代理を担うようになってから……」


 私は声をひそめた。


「密輸に手を染めているの」
「へぇ。そうなのか」


 反応が鈍い?


「もしかしてレオンも気付いていたの?」

「明らかな証拠はないけど、疑いはしていた。ただ物が何かまでは把握できていないんだよね。フィリィは知ってる?」


(奴隷と武器)


 これを言うべきか……。
 いや、伏しておくべきだろう。

 私がエリアナだということも伝えてはいないのだ(伝えたとしても信じてもらえないだろうが)
 それなのに密輸についてもどこで手に入れた情報かと問われたら応えられない。
 多少良心が痛むが隠すしかない。


「ごめんなさい。そこまではわからないの。密輸した事実があるだけよ」

「……うーん。フィリィがなんで知ってるかってところは置いとくけど」


 一瞬、レオンの虹彩に暗い影がよぎる。


(え……?? 誰??)


 いつものレオンとは違う。こんなレオンは知らない。
 私は威圧感にたじろいでしまう。


「レオン?」

「あ、ごめん。フェリシア。ちょっと散歩に行かないか?」といつの間にやら朗らかな優しいレオンに戻り腕を差し出した。
しおりを挟む

処理中です...