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42話 夜の静寂と揺らぐ気持ち。
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婚約者といえども未婚の娘が男性と同じ部屋で過ごすことは忌諱されるべきことだとカディスでは考えられている。
とはいえ。
ハウスパーティは郊外の個人宅ということと非日常の開放感から羽目を外す客も多い(というかこちらがメインだったりもする)。
王都や自領では到底できないことも許容されてしまうのが、ハウスパーティの代名詞でもあるのだ。
私達までもその悪習に倣わなくてもいいのではないかと思うのだが。
(同じ部屋で同じベッドとか、後々の評判が怖いわ)
社交界はゴシップに飢えている。
婚約しているとはいえ、他の客もいるこの空間で同じ部屋でレオンと朝まで過ごすこと。
若い世代は気にもしないだろうが、社交界の重鎮たちには注目のカップルの痴態をよく思わない人も多いだろう。
(社交界で嫌われたくない。マンティーノスを取り戻した後も噂されるなんて最悪よ)
それにこの婚約もお互いに思惑があってのことだ。目標を達成した後に破談にならない保障はない。
ということを割り当てられた客間のベッドの上でぼやいた。
すでに寝支度はし終わり、お互い寝巻き姿である。
蝋燭の淡い光がベッドサイドに灯るだけの薄暗い中にレオンの白い部屋着が浮かぶ。
だらりと着崩した姿が妙に色っぽい。
「フィリィ、今更何言ってるの? 僕ときみ、婚約しているわけだしね。一緒に寝ることなんて大したことじゃない」
「そうは言っても……。レオン、これからどうなるかわからないわけだし。破談になるかもしれないでしょう?お互い面倒臭いことになるわ」
人生は長いのだ。
今回の人生では老衰で死ぬと決めている。
たった一度のスキャンダルで、一生身持ちが悪いと思われるのも癪だ。
「はぁ……。婚約破棄とか言わないでくれる? 将来どうなるかなんて誰にもわからないことだ。とりあえず今のところ僕はきみを手放す予定はないってことは確かだよ」
レオンはするりとベッドに潜り込んだ。
「それにね。誤解していると思うんだけど、僕が誰とでも寝るって思ってない? 僕は嫌がる人に強行する趣味はないよ。だからね、きみと同じベッドで休んでも触れない。きみが望むなら別だけど」
と私の頬を撫でる。
レオンのヘーゼルの瞳に何か少し熱がこもっているような気がするが……。
私はあえて無視し、
「……望まないわ。そうね。同じベッドで朝まで睡眠をとるだけよ。それ以上はなし」
「わかった」
レオンは私の胸元まで上掛けを引き上げて、切なそうにこちらを見つめる。
「でもおやすみのキスくらいはしてもいいかな?」
「……まぁいいけど」
(これ位は許してあげる。どうせ額でしょう?)
いつも通りのスキンシップだ。
二人しかいない部屋でまでする必要があるのかなとは思わないでもないけど。
レオンは体を捩り、私に覆いかぶさるとそっと顔を寄せた。
「ねぇフィリィ。目閉じてもらえないかな?」
「目??」
なぜ?……と訊く暇もなく、レオンは唇を重ねる。
セージとスペアミントの香りとともに押し寄せる柔らかでほんの少し湿った唇の感触が気恥ずかしい。
(って唇ですか!!)
私は慌ててレオンの胸を押し離した。
「聞いてない……レオン……」
「え、忘れた? 許可はもらったよ。それにね婚約者だからね、これ位は許されるだろ」
「う……」
(こんな時、どう答えればいいのかしら……)
エリアナとしてもフェリシアとしても恋愛経験がほぼない私だ。
そもそもホアキンとはキス……もしていなかった。ごく稀に頬や額に軽く唇を当てるだけだったのだ。
(あれは愛情からではなかったわ。ただのご機嫌取りなだけだったのね。ルアーナとはもっと感情のこもった関係だっただろうし)
かわいそうなエリアナ。
しかし過去の過ちというのは、こうも心を削るものなのか。
「やっぱりかわいいね。フィリィ」
レオンはひとしきり笑うと真顔に戻る。
「このまま聞いて。この部屋の扉の外と窓の下にね、サグント騎士をつけている。隣の従者控室にも僕付きの侍従と戦闘訓練を受けた侍女がいる。何もないと思うけど、もしも僕がきみの側にいない時は彼らを頼るんだ。オヴィリオはきみを殺しにかかるよ。エリアナ様と同じようにね」
「ありがとう。気をつけるわ」
「きみは誰よりも大切なんだよ。忘れないで」
レオンの大切だという言葉の真意はわからない。
私はレオンの野心の為の道具に過ぎないのだ。
でも心が熱くなるのは錯覚だろうか。
「さぁ寝よう。フェリシア。昼間無理したせいかな、実は限界なんだ……。おやすみ、僕の婚約者殿」
「うん。ゆっくり休んで。おやすみなさい。レオン」
やがて隣から穏やかな寝息が漏れ始めた。
窓の外からフクロウの鳴き声がする。
夜は更け、そして朝を迎えた。
とはいえ。
ハウスパーティは郊外の個人宅ということと非日常の開放感から羽目を外す客も多い(というかこちらがメインだったりもする)。
王都や自領では到底できないことも許容されてしまうのが、ハウスパーティの代名詞でもあるのだ。
私達までもその悪習に倣わなくてもいいのではないかと思うのだが。
(同じ部屋で同じベッドとか、後々の評判が怖いわ)
社交界はゴシップに飢えている。
婚約しているとはいえ、他の客もいるこの空間で同じ部屋でレオンと朝まで過ごすこと。
若い世代は気にもしないだろうが、社交界の重鎮たちには注目のカップルの痴態をよく思わない人も多いだろう。
(社交界で嫌われたくない。マンティーノスを取り戻した後も噂されるなんて最悪よ)
それにこの婚約もお互いに思惑があってのことだ。目標を達成した後に破談にならない保障はない。
ということを割り当てられた客間のベッドの上でぼやいた。
すでに寝支度はし終わり、お互い寝巻き姿である。
蝋燭の淡い光がベッドサイドに灯るだけの薄暗い中にレオンの白い部屋着が浮かぶ。
だらりと着崩した姿が妙に色っぽい。
「フィリィ、今更何言ってるの? 僕ときみ、婚約しているわけだしね。一緒に寝ることなんて大したことじゃない」
「そうは言っても……。レオン、これからどうなるかわからないわけだし。破談になるかもしれないでしょう?お互い面倒臭いことになるわ」
人生は長いのだ。
今回の人生では老衰で死ぬと決めている。
たった一度のスキャンダルで、一生身持ちが悪いと思われるのも癪だ。
「はぁ……。婚約破棄とか言わないでくれる? 将来どうなるかなんて誰にもわからないことだ。とりあえず今のところ僕はきみを手放す予定はないってことは確かだよ」
レオンはするりとベッドに潜り込んだ。
「それにね。誤解していると思うんだけど、僕が誰とでも寝るって思ってない? 僕は嫌がる人に強行する趣味はないよ。だからね、きみと同じベッドで休んでも触れない。きみが望むなら別だけど」
と私の頬を撫でる。
レオンのヘーゼルの瞳に何か少し熱がこもっているような気がするが……。
私はあえて無視し、
「……望まないわ。そうね。同じベッドで朝まで睡眠をとるだけよ。それ以上はなし」
「わかった」
レオンは私の胸元まで上掛けを引き上げて、切なそうにこちらを見つめる。
「でもおやすみのキスくらいはしてもいいかな?」
「……まぁいいけど」
(これ位は許してあげる。どうせ額でしょう?)
いつも通りのスキンシップだ。
二人しかいない部屋でまでする必要があるのかなとは思わないでもないけど。
レオンは体を捩り、私に覆いかぶさるとそっと顔を寄せた。
「ねぇフィリィ。目閉じてもらえないかな?」
「目??」
なぜ?……と訊く暇もなく、レオンは唇を重ねる。
セージとスペアミントの香りとともに押し寄せる柔らかでほんの少し湿った唇の感触が気恥ずかしい。
(って唇ですか!!)
私は慌ててレオンの胸を押し離した。
「聞いてない……レオン……」
「え、忘れた? 許可はもらったよ。それにね婚約者だからね、これ位は許されるだろ」
「う……」
(こんな時、どう答えればいいのかしら……)
エリアナとしてもフェリシアとしても恋愛経験がほぼない私だ。
そもそもホアキンとはキス……もしていなかった。ごく稀に頬や額に軽く唇を当てるだけだったのだ。
(あれは愛情からではなかったわ。ただのご機嫌取りなだけだったのね。ルアーナとはもっと感情のこもった関係だっただろうし)
かわいそうなエリアナ。
しかし過去の過ちというのは、こうも心を削るものなのか。
「やっぱりかわいいね。フィリィ」
レオンはひとしきり笑うと真顔に戻る。
「このまま聞いて。この部屋の扉の外と窓の下にね、サグント騎士をつけている。隣の従者控室にも僕付きの侍従と戦闘訓練を受けた侍女がいる。何もないと思うけど、もしも僕がきみの側にいない時は彼らを頼るんだ。オヴィリオはきみを殺しにかかるよ。エリアナ様と同じようにね」
「ありがとう。気をつけるわ」
「きみは誰よりも大切なんだよ。忘れないで」
レオンの大切だという言葉の真意はわからない。
私はレオンの野心の為の道具に過ぎないのだ。
でも心が熱くなるのは錯覚だろうか。
「さぁ寝よう。フェリシア。昼間無理したせいかな、実は限界なんだ……。おやすみ、僕の婚約者殿」
「うん。ゆっくり休んで。おやすみなさい。レオン」
やがて隣から穏やかな寝息が漏れ始めた。
窓の外からフクロウの鳴き声がする。
夜は更け、そして朝を迎えた。
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