転生を繰り返した私。今世も穏やかな人生を希望します。

吉井あん

文字の大きさ
23 / 73
第2章:アーティガル祭と薔薇の約束。

23.甘い顔と裏の顔。

しおりを挟む
『黒い山羊亭』は富裕層むけの店です。
 ですから外観は驚くほどシンプル……からの内装はゴージャス! だと思うじゃないですか。

 でも入ってみて驚きました。

 庶民の店と変わらない簡素なテーブルが十ほど並んだ、とても落ち着いた雰囲気の店内だったのです。
 豪華なものに囲まれていると、こういう飾り気のないものを新鮮に感じてしまうのでしょう。富裕層の趣味ってわかりません。

 オーウェンは慣れた様子で「ダイナ、こっち」と私の手を引き窓際の席に腰をかけました。

 富裕層御用達のお店ですから、カイル殿下と何度か来店したことがあるのでしょうか。
 使用人なのに、高級店にもご相伴させていただけるなんて。
 私は侯爵家の侍女ですけれど、外食の時は馬車で待機でお付きはしたことがありません。
 さすが王家。
 何もかも格が違います。


「これは、これは。いらっしゃいませ」


 オーウェンの姿を認めた中年の男性が、大慌てで駆け寄ってきました。

 他の給仕たちとは違う服装をしているので、上級の職にある方のようです。
 男性はうっすらと額に汗を浮かべ、


「ライト様。ご来店なさられるのならば、事前にご連絡いただけると助かります。準備してお待ちしておりましたものを」

「申し訳ない、支配人。今日は殿下の使いで来たんだ。蜂蜜酒ミードを、そうだな、10人分ほど用意してくれないか。晩餐会で必要なんだ。4時までに王子宮に届けてほしい」

「畏まりました」


 中年男性……支配人さんはチラリとこちらを見ます。


「お嬢様にはミートパイと、我が亭自慢の蜂蜜酒ミードでよろしいですか?」

「はい、それでお願いします」


「ではすぐにお持ちいたします」と支配人さんは礼をしてバックヤードへ向かいました。

 親しげな様子から、オーウェンとは知り合いのようです。カイル殿下は足繁く通う常連さんなのでしょうか。


「オーウェンはこのお店よく来るの?」

「うん。殿下のお供できたり、休みの日に来たりね。ミートパイが美味しいから、ここ」


 オーウェンは何気なく言います。

 ううん?
 いや、でもですね、さっきちらっとメニューが見えたんですけど、全体的にお高めな値段設定でした(富裕層相手だから当たり前ですが)。
 私の感覚だと特別な日に来る店の設定です。
 しょっちゅう来るには侍従のお給料ではちょっと厳しくないかなと思うんですが……。

 ほんの少し、ほんの少しですが、違和感を感じます。


(私、オーウェンのこと好きだけど、オーウェン自身のことはあまり知らないのかも……)


 違います。
 ほとんど知りません。

 イーディス様に付き添って参内したときに、お喋りしたり、手紙を交わしたりするだけで、オーウェンの出自のことを話し合ったことはありませんでした(私のことは色々話してはいます。隠すこともありませんし)。

 ヒューズ侯爵の私生児で、カイル殿下の侍従として働いているイケメン。
 私が知っているのは、それくらいです。

 でも本当にそれだけなのでしょうか。

 支配人の慌て具合と物腰は、庶民に向けるものではないように感じました。
 そもそも店員さんは他にもいるのに、なぜ支配人さんが接客に来たのでしょうか?
 オーウェンは王族の侍従とはいえ、年若い使用人に過ぎないのにです。


「オーウェン、あの……」

「何? ダイナ」


 オーウェンが右手で頬杖をしたまま、反対の手を伸ばし、優しく私の髪に触れます。
 甘く愛おしそうに微笑むオーウェンに、ドキドキしすぎて、あああ、ほんとだめです。

 自分でも分かるほど、顔が熱いです。
 なんなのもう。


「面白いなぁ、これくらいで赤くなるなんて。ダイナ。かわいいね」

「そんなからかわないで……」


 こうなると何も言えません。
 イケメンの破壊力ってすごいですね。
 今のこの姿さえあれば、過去などどうでも良くなってしまいます。


「ダイナ?」

「え?」

「ミートパイきたよ」


 いつの間にかミートパイがテーブルの上に並べられていました。
『黒い山羊亭』のパイなんてなかなか食べられないのですから、集中して食べることにしました。

 貧乏人ですからね! 
 お金は無駄にはできません。
 とりあえず一口……。


 結論:パイもお酒も今まで食べたもので一番美味しかったです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

処理中です...