転生を繰り返した私。今世も穏やかな人生を希望します。

吉井あん

文字の大きさ
70 / 73
第5章:ハッピーエンドはすぐそこに。

70.会いたい時にあなたは現れる。

しおりを挟む
 15歳の時。

 『社交界にデビューする』という貴族の女の子なら誰でも当たり前のように通る道を、私は諦めなければなりませんでした。
 実家の経済的事情というどうにもならない理由で、です。

 7度目の転生では貴族に生まれ平穏無事な人生を喜んでいたというのに、その時は本当に落胆したものです。緩やかな道にも落とし穴はあるものなのだと身につまされました。

 でも伊達に6回も生きていません。

 どんな人生であっても、トラブルは付き物。今回の生もそうです。
 こういうこともままあるものだと受け入れ、妥協しながらも、これまでやってきました。

 その努力は間違ってはいなかったようです。
 規模は小さいながらも舞踏会にデビューするチャンスに恵まれたのですから!

 とても幸運です。
 夢が一つ叶ったのです。

 お相手パートナーが不在っていうのが、ちょっと惜しかったですけど!

 最初から完璧にしちゃうと伸び代がないですし、うん、その方が将来に期待する楽しみがあるじゃないですか! と思うことにします。

 貴族の娘として頑張った分、これくらいのご褒美もらっても良いですよね?




 そうして舞踏会の当日になりました。

 舞踏会はこのリゾート地にある王族の避暑離宮の本館(イーディス様とカイル殿下のご滞在なさっている宮はこの離宮の別館になります)で行われます。

 開幕の合図があるまで、私は他の侍女仲間とゲスト用休憩室で待機することになりました。

 ペア参加が基本の舞踏会ですので、他の侍女さんたちは婚約者やら身内の男性と和やかに談笑しています。

 が、私は一人。
 
 窓際のソファに座り、時間をつぶしていました。
 せっかくのデビューなのですが、私はパートナーなしで参加することに決めました。
 全員参加の最初のダンスで相手がいないのは気まずいですけど、自分が気にしなければ良いのですから。
 開き直ればいいことです。
 
 ダンスの時には壁際に座っておくことにします。
 元々目立つ容姿ではありませんし、白いドレスではない私がデビュタントとも誰も思わないでしょうから、きっとダンスが好きじゃないのだなと勝手に勘違いしてくれるでしょう。


(それにこうなったからには、最初のダンスはオーウェン以外の他の誰とも踊りたくない)


 周りよりも遅れたデビューなのです。
 大事にとっておくことにします。


「ダイナさん、お店で選んだドレスと違いませんか? 確か淡い青色のドレスでしたよね?」

 
 いつの間にか新人侍女さんが私のそばに来ていました。ドレスを見て、首を傾げます。
 私は苦笑し、


「ええ。そうなの。ラファイエットで何か手違いがあったのかもしれないわ。でも、交換に行く時間もなかったから着ることにしたの」


 つい数時間前のこと。

 ラファイエットから届いたばかりの(今日の昼に届いたのです!)ドレスの箱の蓋を開け、私は目を疑いました。
 ラファイエットの紋章がエンボスされた油紙に丁寧に包まれたドレスは……。


「ターコイズブルー……」


 私は動揺しました。
 だって、注文したものは淡い空色のドレスだったのですから。

 それなのに目の前にあるのは鮮やかなターコイズブルーに染められた絹地に、濃紺のサテンリボンでパイピングされたエンパイアスタイルの……明らかに最上級クラスのドレス。
 さらにパイピングに使われたリボンには黄色いヒヤシンスの刺繍まで施されているのです。
 ヒヤシンスは私の大好きな花ですが……。
 
 
「黄色いヒヤシンスは一番好きな花。だけど……どうして???」


 偶然でしょうか?
 社交シーズンでもありますし、ラファイエットも注文が殺到し、どなたかと取り違えたのでしょうか?

 でも、もう店に問い合わせる時間もありません。
 支度をしないとならない時間です。
 
 仕方ありません。お店に不備があったのかもしれないけれど、私宛に送られてきたのだから、とりあえずこのドレスを着用することにしました。
 
 手違いの割に、私にぴったりのサイズで正直驚きましたけど……。


「でもとっても似合います。すごく綺麗ですよ。淡い青のドレスよりこっちの方が全然良いですよ」


 新人さんは「そうよね?」と自分のパートナーにも同意をとります。
 素直すぎな子なので、私におべっかは使わないでしょう。

 きっと、誰が見ても似合っているのだと思います。
 ほんと嬉しいです。


「……ありがとう」


 私は礼を言いながら、右手の指輪をそっとなでました。

 ドレスは最上でも、アクセサリーはオーウェンから借りている金鎖のネックレスとこの婚約指輪だけです。
 他の侍女仲間は実家から持ってきた豪華なティアラやネックレスが照明の光を反射し、とても眩しく感じます。


(目立たない容姿に豪華な装飾品は似合わないわ。滑稽なだけだわ。宝石なんて……)


「自分には宝石が必要ないとか思ってるだろ。ダイナ?」

「え??」


 私は聞き覚えのある声に顔を上げます。
 低めの、けれど心地のいい声は……。


「……オーウェン!!」

 
 今一番、会いたい人がそこにいるではありませんか!
 仕事で来れないはずなのに、なぜ?

 正装姿のオーウェンは私の隣に腰掛けると、頬に優しく触れました。


「そろそろ自分を卑下するの止めなよ。ダイナは可愛いんだからね。俺がそう言ってるんだから、自信持ってほしいんだけど?」


 いつものようにオーウェンは私を見つめ、目を細めます。

 
 「淡い色よりもターコイズ一択だ。こっちの方が良い」
 
 「……オーウェンの仕業だったのね」

 「さぁ、どうだろう」と口元を緩めただけでした。

 「さてと。今日は念のために言っておこうかな。……ベネット男爵令嬢ダイナ様、僕をあなたのデビュタントパートナーにしていただく名誉を、お許しいただけますか?」


 オーウェンが恭しく私の手を取り、甲にキスをします。


「……はい、許します」


 オーウェンがそばにいる。
 それだけで、たったそれだけで心が満たされます。

 だめだ。
 涙が溢れそう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...