29 / 37
悦子
しおりを挟む
大学を辞して、事務所に戻ると、玄関前にひとりの婦人が心許なさ気に立っていた。
「長瀬様でいらっしゃいますか? 私、日下悦子と申します」
悦子は縋るような目で隼人を見上げた。
「お願いがございますの」
頬も体もふっくらとしている。
「中で伺いましょう。お待たせして申し訳ありません」
隼人は婦人に、先に入ってソファに座っていてくれと頼んだ。
「恐らく例の件だろうが、偽の相馬が死んだことは内緒にしてくれ」
「承知しました。が、何故隠すのでしょう?」
「あの人は身重の様子だ。そういう事は聞かせない方がいいだろう」
動揺が体に与える影響を危惧したのである。安定期に入っていれば兎も角、まだ、妊娠初期の様子で、万一を考えぬ訳にはいくまい。
「分かりました」
心なしか不安そうな表情を、圭は見せた。
圭にとって怖いのは犯罪者よりも、壊れそうなほど小さな赤ん坊や、身重の婦人のようである。
「お待たせ致しました。ご依頼の内容を……」
「探して欲しい人がおりますの」
良子と同じくらいの年頃だろうか、可愛らしい顔をしている。
断髪を真珠の髪留めで飾っているが、着物は着古した様子があり、柄も少々時代遅れであった。
「相馬有朋を探して欲しいのです」
今までと違う。と、瞬間思った。
今までの婦人達は皆、相馬有朋様。と言った。しかし悦子は、呼び捨てている。
今までの婦人よりも、偽の相馬有朋、つまり酒井進と親密な関係であると物語っていた。
「相馬有朋と仰る方は、日下様とはどういうご関係の?」
「私のお腹にいる子供の父親です」
圭が万年筆を落とした。
異形とも言える、相良の姿を目の前にしても一切動揺しなかった圭が、悦子が身重であることを告白しただけで狼狽える。
兄弟もいない男の子にとって身重の婦人は、未知の存在であり、硝子のように壊れ易い、危険な存在なのかもしれない。
いつも通り漢字で名を書いてもらう。相馬有朋であった。
「いつから姿を?」
「一昨日です」
「一昨日。
ご一緒にお住まいで?」
一緒に住んでいたとしても、一日二日帰って来ないくらいで探偵を雇うのは性急過ぎる気がする。
「いいえ。
たった二日でとお思いなのでしょうけど、事情があります」
「長瀬様でいらっしゃいますか? 私、日下悦子と申します」
悦子は縋るような目で隼人を見上げた。
「お願いがございますの」
頬も体もふっくらとしている。
「中で伺いましょう。お待たせして申し訳ありません」
隼人は婦人に、先に入ってソファに座っていてくれと頼んだ。
「恐らく例の件だろうが、偽の相馬が死んだことは内緒にしてくれ」
「承知しました。が、何故隠すのでしょう?」
「あの人は身重の様子だ。そういう事は聞かせない方がいいだろう」
動揺が体に与える影響を危惧したのである。安定期に入っていれば兎も角、まだ、妊娠初期の様子で、万一を考えぬ訳にはいくまい。
「分かりました」
心なしか不安そうな表情を、圭は見せた。
圭にとって怖いのは犯罪者よりも、壊れそうなほど小さな赤ん坊や、身重の婦人のようである。
「お待たせ致しました。ご依頼の内容を……」
「探して欲しい人がおりますの」
良子と同じくらいの年頃だろうか、可愛らしい顔をしている。
断髪を真珠の髪留めで飾っているが、着物は着古した様子があり、柄も少々時代遅れであった。
「相馬有朋を探して欲しいのです」
今までと違う。と、瞬間思った。
今までの婦人達は皆、相馬有朋様。と言った。しかし悦子は、呼び捨てている。
今までの婦人よりも、偽の相馬有朋、つまり酒井進と親密な関係であると物語っていた。
「相馬有朋と仰る方は、日下様とはどういうご関係の?」
「私のお腹にいる子供の父親です」
圭が万年筆を落とした。
異形とも言える、相良の姿を目の前にしても一切動揺しなかった圭が、悦子が身重であることを告白しただけで狼狽える。
兄弟もいない男の子にとって身重の婦人は、未知の存在であり、硝子のように壊れ易い、危険な存在なのかもしれない。
いつも通り漢字で名を書いてもらう。相馬有朋であった。
「いつから姿を?」
「一昨日です」
「一昨日。
ご一緒にお住まいで?」
一緒に住んでいたとしても、一日二日帰って来ないくらいで探偵を雇うのは性急過ぎる気がする。
「いいえ。
たった二日でとお思いなのでしょうけど、事情があります」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる