殺された人形

岡倉弘毅

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男 二

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 「そうだよ。体中にある傷がそうだ」

「事故かなにかで?」

「いいや、傷は自分でつけたのだよ」

「自分で?」

 恐ろしいとは思わなかった。むしろ、なぜそんなことをするのかを知りたかった。好奇心では無く、自分を理解してくれる男を、自分も理解したいと思ったのだ。

「そう、自分で。

 しかし、私が傷付けたいのは自分ではない。自分に似た男なのだよ」

「憎い男?」

「いいや。兄弟よりも理解し合えた、大事な人だ」

「大事なのに、どうして……」

 それは、無意味な質問だった。

 有紀が自分の気持ちを理解できないように、男も、どうして大事な人間を傷付けたいのかが理解できないのだろうから。

「その男の代わりに、自分を傷付けるの?」

「そう。君が苦しみを忘れるべく、ヴァイオリンを弾くのと同じだ」

「この苦しみに終わりはあるのかな?」

「あるかも知れない。が、無いかも知れない。全ては、終わってみなければ分からないよ」

一曲弾いて欲しい。と、男は言った。

 どんな曲が良いかと問うと、「マドリガル」と答えが返って来た。

 有紀はその答えで、男が教養のある人間だと理解した。西洋音楽はまだ、庶民の中に浸透しているとは言いかねる時代である。

 有紀は弓を構えると、「マドリガル」が男の心に響くよう、優しく弾いた。

 男はその間に有紀から離れて行った。

 有紀はこっそりと目の端で男を見た。

 温かい日なのに、インヴァネスを羽織り、手袋を嵌めている。傷を隠すためだろうか。

 インヴァネスに包まれた後ろ姿も、洋史に似ていた。




 「それっきり会ってはいないがね」

「どうしてそんな男に、曲を弾いてあげたりしたの?」

 相変わらず、三月は不機嫌を隠そうとしない。

「あたしを理解してくれたからだよ」

「僕だって、有紀さんがなにかに悩んでいることは知ってるよ。一緒に苦しんであげることができるなら僕だって……」

「泣いている子供がいるとするよ。その子はなにを求めているのだろう。

 泣かないで。って飴をあげる大人は多いだろうね。

 でも、きっとその子は、傍で一緒に泣いてくれる事が一番嬉しいんだと思うよ」

「その男は、一緒に泣いてくれたってこと?」

「男からしても、あたしがそんな存在だったと思うよ」

「僕はその男を知っています」
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