殺された人形

岡倉弘毅

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記憶

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 黒髪が乱れているのが見えた。桜の木の下で、女が手を伸ばしている。犬を追い払うように、手の平を大きく動かしている。

(三月?)

 大きな目は必死の様子で、有紀をじっと見つめていた。口元はなにかを言っているらしく、閉じては開きを繰り返す。

 まるで、桜の木に張り付けられたみたいに、体は一向に動かない。

(三月、なにをしてるんだ?)

 近寄ろうとすると、更に手の動きは激しくなる。大きな目から、涙が零れ始めた。

 「有紀!」

 頬に痛みが走り、目を開くと行彦の顔がそこにあった。必死の目で有紀を見ている。

「どうしたの?」

 体はまだ、力を蓄えてはいない。少しばかりの眠りで、それを求めるのは無理らしい。

「どうしたって、それはこっちが言いたいよ。

 戻ってるみたいなのに、姿が見えないから心配して上がって来れば、廊下に足を放り出しているし、呼んでも返事はないし。

 死んでいるのかと思ったよ」

 行彦は有紀の上体を起こし、壁に凭せ掛けると部屋の中に入り、押し入れの中から取り出した布団を手早く敷き始めた。

 表情が浮かない。どうやら有紀は、行彦を驚かせてしまったらしい。

「体が怠いなら、せめて布団に入りなさい。

 牛乳を買って来たから。飲み物なら大丈夫だろう?」

 敷いてくれた布団に潜る。

 しばらくすると、人肌に温められた牛乳を行彦が持ってきた。あまり飲みたい気分ではなかったが、気持ちが嬉しく、素直に湯呑を傾ける。

「明日は休みだろう? ゆっくり休みなさい。

 目が覚めてなにか食べられそうなら、何時でもいいから言いなさい。いいね」

 行彦を安心させる為だけに頷き、ゆっくりと横になった。

心配そうな表情の行彦がまだ、有紀を見ている間に、瞼は完全に閉じてしまった。
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