夏の思い出

岡倉弘毅

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寝室

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 二階は記憶通りだった。

 子供一人が使うのに良さそうな、同じ造りの六畳ばかりの部屋が横並びに五つ、両端に家族連れ用らしい十五畳ほどの部屋。

 長男がリフォームしたのだろう、一つの部屋には風呂が備え付けられていた。

 正直、大浴場に湯を張らなければならないかと考えていただけに、助かった。

 この部屋を根城にすることにして、押し入れの中から布団を取り出し、ダブルベッドの上に敷く。

 食事は、カップラーメンとパンやらレトルト食品を山と買って来た。

 車で十分も走ればコンビニエンスストアがあるから、さほど心配はない。

 とりあえず、懐かしい部屋を覗く。

 いつも道夫と伯父家族互いに三人同士で来ていたから、両端の部屋を各々の夫婦が使い、長男は真ん中の部屋、道夫は毎日のように部屋を変えていた。

 一番近い部屋の扉を開く。

 大きな窓が印象的な部屋。

 真ん中にベッドが置かれているだけのシンプルな部屋に、妙な違和感を覚えた。

 古いベッドである。しっかりしているが、ここ二三十年で購入した物ではない。

 ヘッドボードとフットボードは高く、透かし彫りの牡丹に、螺鈿の蝶々が飾られている。

 家族で使うには不自然な豪華さである。 

 そしてもう一つ不自然なことに気付く。

 ダブルベッドではないだろうか……。

 子供には大きなベッドであるとの記憶はあったが、今改めて見ると、六畳の狭い部屋にダブルベッドは大きすぎる。

 ベッド脇にやはり年代物らしいサイドテーブルがあるばかりの、シンプルと言えば聞こえの良い、素っ気無い部屋である。

 そう、何もないのだ……。

 しばらく滞在するのに必要な物がない。

 クローゼットも、椅子も、机も……あるのはベッドとサイドテーブルだけ……。

 他の部屋も確認してみる。

 やはり同じだった。

 どの部屋も、寝るだけの部屋なのだ……。

 家族連れで来るのだから、両親が泊る部屋に荷物を……と考えたが、両端の部屋にもクローゼットは存在しなかった。

 両端の部屋は家族で過ごすため。というよりは、スイートルームと呼ぶにふさわしい雰囲気であった。

「だから、どうしたんだ?」

 自問する。この違和感をどう捉えているのか道夫自身理解できていない。

 ただ、気持ち悪さがあった。

 一階に降り、隅から隅まで確認する。

 応接間の隣に、道夫は一度も入ったことのない部屋を見つけた。

 十畳ほどの空間に、作り付けの戸棚。部屋と同じ数。荷物を預かる場所だろうか?

「勘違いか? ひい祖父さんが建てた別荘だと聞いていた気がしたけど、もしかして、ホテルだった建物を買い取ったのか?」

 だとすれば、違和感は払拭される。

 しかし、そんな話は一度も聞いたことがない。

 窓が鳴った。

 外を見ると灰色の雲が重々しく、甲高い音をたてて風が木々を揺らしている。

 広い空間はあまりに寒く、道夫は部屋に戻ることにした。

 エアコンだけでは足りず、ファンヒーターを点ける。

 ふと、伯父の言葉を思い出す。

 この別荘は当時最先端の設備が施されており、暖房もストーブではなく、スチームヒーターを使っていて冬でも屋内はぽかぽかだった。と。

 避暑用の別荘にどうして、最先端の暖房が必要だったのか?

 確かに、早朝などは寒かった。しかし、屋内をぽかぽかにする必要性は感じられない。

 なぜかじっとしていられず、歩き回っていると何かを蹴飛ばした。

 小さな物。拾い上げると、サファイアらしい深い、冷たい青い石のついた指輪だった。

 白金らしい土台に、丸い石を取り付けたレトロなデザイン。カット数が少ないせいか、人間の瞳に見えなくもない。

 右手の薬指にサイズがピッタリだと思ったが、少し小さかったらしい。抜けなくなってしまった。

 途方に暮れつつ眺める。

 冷たい青……。
 
 それは少年の頃見た、この世のものとは思えないほど美しいあの人の、冴え冴えとした瞳を思い出させた……。
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