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感情
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落ち着かなければ。
そう考えながらも道夫はゆきの叫びを思い出しては苛立っていた。
ゆきの声は小さく、語尾が聞き取れなかったり、語尾しか聞き取れないことがあったが、違う男の名前を呼んでいようとは思わなかった。
十年前名乗った際には間違いなく、道夫と言った。
それがどうして、くにおなどという男の名が出てくるのか。
「祖父さんと同じ名前だ」
道夫の祖父は邦夫だった。道夫が五つの年に亡くなっている。
道夫にとっては恐ろしい存在であったと記憶している。
覚えているのは、どういう状況だったのかはわからないが、女子供に……と怒鳴る姿。
戦前の男尊女卑が当たり前で育った世代だから仕方はあるまいが、良い思い出は一つもない。
ゆきの呼ぶくにおが祖父であるなら、ゆきはその時代に生きていたことになる。
どういうことなのかがわからない。
いや、今更わからないと悩む方がおかしいのだろう。
今日も目が覚めると着た記憶のないパジャマを着て、食べた覚えのない冷凍食品の袋が捨てられていた。
体は普通の生活をしているのだろう。心だけがゆきと抱き合っているのか。
そう考えれば合点がいくような気がする。
ゆきに実態があると考えるから理解できなくなるのだ。
互いに魂だけで会っているのだと考えればいい。
オカルトには興味がない。信じていな……かった……
思い出せば、伯父の死も別荘からの帰りだった。
毎年伯父は一人で初冬に別荘に来ていた。なんのためなのかは知らないが、毎年同じ時期に。
その帰り、事故を起こしたのだ。
春樹も、父親も、別荘の帰りの事故が原因だった。
春樹は六年目、父親は三年目に場所は違えど三人ともガードレールやミラーに車をぶつけ、ほぼ即死であった。
初冬だからと油断してノーマルタイヤで避暑地を走っていたのが原因だとされた。
そんなだから母親は道夫が別荘に行くのを嫌がった。
大丈夫、タイヤはスパイクに変えたし、危険だと思ったら車は置いて帰るから。と宥めて来たのだ。
帰る……帰る? 帰らなければならない……わかっているのだけれど……
ゆきを残して帰る? 実態がないのなら連れて帰ることはできないのだろうか?
いや、連れて帰ったなら大変なことになるのは目に見えている。
しかし、離れて暮らすこともできない……
恋人を抱くと、幸せな気持ちにさせられる。愛情と思いやりに満ちたセックス……
ゆきを抱くと、自分の知らなかった自分が顔を覗かせる。
支配欲と暴力的な感情という……どうしようもない男の性……
普段の道夫なら嫌悪し軽蔑するはずの感情を、楽しんでいる自分がいるのだ。
自己嫌悪に頭を抱えた時、窓ガラスを叩く音が聞こえた。
まだ時間は昼の一時。好天で外は眩しいほどに明るい。
訝しがりながらもゆきが来たのだとの期待で、掃き出し窓に駆け寄ると……
「お久しぶりです、道夫さん」
管理人の懐かしい笑顔が見えた……
そう考えながらも道夫はゆきの叫びを思い出しては苛立っていた。
ゆきの声は小さく、語尾が聞き取れなかったり、語尾しか聞き取れないことがあったが、違う男の名前を呼んでいようとは思わなかった。
十年前名乗った際には間違いなく、道夫と言った。
それがどうして、くにおなどという男の名が出てくるのか。
「祖父さんと同じ名前だ」
道夫の祖父は邦夫だった。道夫が五つの年に亡くなっている。
道夫にとっては恐ろしい存在であったと記憶している。
覚えているのは、どういう状況だったのかはわからないが、女子供に……と怒鳴る姿。
戦前の男尊女卑が当たり前で育った世代だから仕方はあるまいが、良い思い出は一つもない。
ゆきの呼ぶくにおが祖父であるなら、ゆきはその時代に生きていたことになる。
どういうことなのかがわからない。
いや、今更わからないと悩む方がおかしいのだろう。
今日も目が覚めると着た記憶のないパジャマを着て、食べた覚えのない冷凍食品の袋が捨てられていた。
体は普通の生活をしているのだろう。心だけがゆきと抱き合っているのか。
そう考えれば合点がいくような気がする。
ゆきに実態があると考えるから理解できなくなるのだ。
互いに魂だけで会っているのだと考えればいい。
オカルトには興味がない。信じていな……かった……
思い出せば、伯父の死も別荘からの帰りだった。
毎年伯父は一人で初冬に別荘に来ていた。なんのためなのかは知らないが、毎年同じ時期に。
その帰り、事故を起こしたのだ。
春樹も、父親も、別荘の帰りの事故が原因だった。
春樹は六年目、父親は三年目に場所は違えど三人ともガードレールやミラーに車をぶつけ、ほぼ即死であった。
初冬だからと油断してノーマルタイヤで避暑地を走っていたのが原因だとされた。
そんなだから母親は道夫が別荘に行くのを嫌がった。
大丈夫、タイヤはスパイクに変えたし、危険だと思ったら車は置いて帰るから。と宥めて来たのだ。
帰る……帰る? 帰らなければならない……わかっているのだけれど……
ゆきを残して帰る? 実態がないのなら連れて帰ることはできないのだろうか?
いや、連れて帰ったなら大変なことになるのは目に見えている。
しかし、離れて暮らすこともできない……
恋人を抱くと、幸せな気持ちにさせられる。愛情と思いやりに満ちたセックス……
ゆきを抱くと、自分の知らなかった自分が顔を覗かせる。
支配欲と暴力的な感情という……どうしようもない男の性……
普段の道夫なら嫌悪し軽蔑するはずの感情を、楽しんでいる自分がいるのだ。
自己嫌悪に頭を抱えた時、窓ガラスを叩く音が聞こえた。
まだ時間は昼の一時。好天で外は眩しいほどに明るい。
訝しがりながらもゆきが来たのだとの期待で、掃き出し窓に駆け寄ると……
「お久しぶりです、道夫さん」
管理人の懐かしい笑顔が見えた……
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