夏の思い出

岡倉弘毅

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管理人

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 招き入れ、インスタントコーヒーを出す。

 記憶通りの優しい笑顔。

「車が見えたので、挨拶をと思いましてね」

 父親の葬儀に来てくれたらしいのだが、道夫は海外旅行中で葬儀に間に合わず、会っていない。

「済みません、本来なら俺が……」

「いえいえ、こんな時期に来たのはやはり……」

 言いながら道夫の表情を見て、しまった。とばかりの表情を見せた。

「やはり?」

 いえ……と、さっきまでの明朗な口調とは正反対に、視線を逸らしてしまった。

 祖父の代からこの地の管理人をしていると聞いた。

 彼らが時々風を通してくれたりするおかげで、建物の劣化も最小限にとどめられている。

 鍵を管理しているのだから、信頼がなければ成り立たない。

 管理人は祖父の代から三代目だと聞く。この時代でもこういう仕事が成り立つのだと、他人事のように思った。

(つまりは、このあたりの生き字引ってことか……)

 管理人の祖父と道夫の曽祖父からの付き合いだったはずである。

 気が付くと、管理人の視線は道夫に戻り、懐かし気な表情を浮かべている。

「邦夫さんによく似ている……」

 父にもよく言われた。親父にますます似て来たな。と。

「俺、嫌いなんですよね、祖父さんのこと」

 管理人の表情は、驚きに満ちていた。

「なぜですか? あんな立派な方を」

「怒鳴られた記憶しかない……」

 憐れむような目になった。

「怒鳴ったのはおそらく、一度だけで、あなたに対してではなかった」

 管理人が外を見た。それが合図ででもあったかのように、気まぐれな北風に弄ばれた木の葉が一斉に地上に舞った。

「あの日、まだ小さかった道夫さんは、別荘の鍵を自分で開けるのだと聞かなかったのです。

 根負けしたお父さんが抱き上げて鍵を開けさせた。

 開けた途端道夫さんは引き付けを起こして、大騒ぎになったのですよ。

 邦夫さんは長男さんと車の荷物を下ろしていて、騒ぎになるまで気づかなかった。

 なぜか女性が鍵を開けようとすると、具合が悪くなるってことが重なって、大人の男しか扱ってはいけないと邦夫さんが決めたのに、お父さんが破ったものだから、女子供に扱わせるなと言っただろう! と、叱ったのです。

 その記憶が強すぎて、他の事を忘れてしまわれたのでしょうね。

 邦夫さんは道夫さんと春樹さんを、目に入れても痛くないほどの可愛いがりようでしたよ」

「そんなこと、全然覚えてない……」

 今はそんなことよりももっと、知りたいことがあった。

「ちょっとうかがってもいいですか?」

 管理人は笑顔を向けた。

「この別荘ってちょっと変わってますよね。俺はずっと、親族が集まるのに使っていたのだと思っていたけど、それにしては不自然な造りだって気づいたんです……」
 
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