夏の思い出

岡倉弘毅

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 いつものように、ゆきを寝室に招き入れ、ベッドに腰かけて抱き締め、真黒な長い髪を撫でていた。

 絹のような艶を持つ髪が、指に絡みつく。

 ゆきは道夫の頬に手を当てると、唇を寄せた。

 深く口づけると、ゆきの喉の奥から濡れた声が漏れる……

(お前はこうして生きていたのか……)

 唇を離す……頬を両手で挟み、美しい顔を眺める……

 温かな頬は、生きているとしか思えない。

 うっすらと開かれた唇から、赤い舌先が覗く。扇情的にも、無垢な子供のしぐさにも見える。

 親指を近づけると、舌を絡めてきた。

 上目遣いに道夫を見ながら、服の中に手を忍び込ませる……

「ゆき、俺は誰?」

 ゆきは妖しく笑うと、指を根元から先に向かって舌先で舐めた後、口を開いた。

「邦夫さん……」

 分かっていたはずの答えに、道夫は動揺した。

「どうしたの?」
 
 服の中に忍び込んでいた手を引き抜き、ベッドに押し付ける。

「邦夫さん?」

「邦夫はとっくに死んでる!!」

 ゆきは驚きもせずに道夫を見上げた。

「だから、どうしたの?」

 ひどく冷たい声だった。

 道夫はゆきが驚き、動揺すると思っていた。

 当然だ、愛している相手が死んでいるなどと聞かされて平気な人間がいようはずはない。

 しかし、ゆきは平然としている。

「どうしたって……」

「邦夫さんは僕を封じ込めようとした……あんなに優しかった人が、僕を……」

「どういう意味だ?」

「知らないの? どうして男達が冬の初めにここに来ていたのかを……あなたは知らないの?」

 恐ろしくなって、道夫はゆきの手を離した。

 ゆきは起き上がると、大人びた表情で道夫に迫って来る。

 道夫は後退り、ベッドから転げ落ちた。

「全部あなたが悪いんだ。全部あなたの責任だ」

 静かに、ゆきは道夫を責めながら首筋を吸った。鋭いような鈍い痛みに、喉の奥で悲鳴を上げる。

 ゆきは白い指で道夫の服のボタンを外すと、前をはだけた。

 今までの幼さはどこへやら、残酷なほほえみで道夫の胸を撫でる。

「責任を取って……」

 胸を撫でていた手が、ズボンに移動した。

 ボタンやファスナーを外すと、膝の辺りまでズボンを下げた。

「責任を取るって……」

「大丈夫。じっとしてて、抱いてくれればいいから……邦夫さんの代わりに……」

 両手で包み込むと、赤い舌をねっとりと絡ませる。
 
 今までの稚拙な感じは演出だったのだろうか、巧みだった……

 そんな気になれるはずもない状況で、ゆきの舌は確実に道夫の体を支配していった……

 絹の黒髪が下腹部を撫でる……微かな刺激は、露骨な刺激以上に気持ちを盛り上げた。

 
 『道夫さんの考え通りですよ。ここはある意味娼館だった。曾祖父さんの栄治さんが、政界や財界の人間をもてなすために建てたのです。

 ゆきの母親は近くの村に住む、評判の小町娘でした。ある夏この別荘地に現れた外国人技師に孕まされて、途方に暮れていました。

 栄治さんは二人の間の子供ならばさぞかし美しく育つだろうと考え、生まれて間もないゆきを引き取ったんです。

 栄治さんは特別美しい女を常にこの別荘に用意していました。

 美しい言葉を教え込み、マナーを徹底し、高級娼婦に育てたのです。

 女にしても、妙な娼館に売られてむしり取られるよりは、身元のはっきりした男の相手をしていた方が楽でしたでしょう。

 ゆきはそんな女達に育てられながら、幼い頃から男娼として男達の相手をしていました。

 子供のうちはよくわからんでしょうが、思春期になればわかってきます。

 しかし、逃げ場もないゆきにはどうしようもなかった。
 
 そんな時に、大学を卒業した邦夫さんが、栄治さんと同じ会社に入りました。

 後継者として栄治さんは邦夫さんをこの別荘に連れてきたのです。

 しかし、生真面目な邦夫さんがそんなことを理解するわけがない。そればかりかゆきに同情し、ある夜、二人で逃げたんです。

 しかし、二人を乗せた車は事故を起こし、邦夫さんが意識不明で生死を彷徨っている間に、ゆきは息を引き取りました。

 お母さん。と最期に言ったそうです。一度として抱かれる事はなかったのにね』

 
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