魔法薬師と魔王の今日これから

緒海ちろ

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一章 ソフィアと魔王

最初からそのつもり

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「あの」

 フラスコの中身を集め終えた後に立ち上がる。ローレンとユリリアは私の声を聞いて、幻覚でも見ているレベルの嫌味を止めた。そして露骨に嫌な顔してくる。
 むしろ清々しいものだ。
 それを真っ直ぐに見つめれば、ローレンは気に入らなかったのか顔をしかめて睨んでくる。
 笑ってしまいそうだった。
 だってそうしていられるのは今のうちだから。

「なんだその目は――」

 大きく振りかぶった。
 投球をするようにフォームを構える。フラスコを持っていた反対の手に、ポケットから取り出した小さな球体を握った。
 ユリリアとローレンは突然の私の大きな動きに目を追うだけ。その二人に、三流芝居もいいところの抑揚のなさで言った。

「わぁすみませぇん手が滑りましたー」

「は」

 小さな球体をローレンとユリリア目掛けて投げた。迷いのない一直線。

「きゃー!?」

「うわぁ!?」

「ピーチクパーチクほーんと、うるさいっ! 小鳥の方がもっと上手く囀るんじゃない? 生産性もない、同じような話ばっかり! 嫌味ならもっとボキャブラリー増やして。つまんないの、こっちに新しい刺激にもなりもしない!」

 私はついに爆発した。
 今までの鬱憤を晴らすように、エルリック一行の賢者のお墨付きの、よく回る口でありとあらゆるものを吐き散らしていく。
 全部吐き終えてちょうどくらい。兄妹を包んでいた煙が晴れ、そこにはどぎついピンク色になった二人が。

「ちょ!? 何よこれ!」

「わぁ! 体温変化反応成功! ということは、ある一定の体温で発色が上手くいったならば、これを使って……」

「おい! 貴様! こんな事してただで済まされると思っているのか!?」

 ローレンは顔を赤くして怒鳴りだす。静かだった王城の廊下にはよく響き、野次馬が増えていく。
 でもそんなの知ったことか。
 ニコリと機嫌良く笑って見返せば、ユリリアが「なによその顔!」とヒステリックに叫んでくる。その顔もなにも、元からこんな顔だ。

「確かにこの国の国民であれば大罪ですね。この国に居れば」

「何を当たり前のことを言って――」

「チエリッ!」

 高らかに呼ぶ。そうすればチエリは私の影から姿を現した。
 うわぁこの人本当にやっちゃったよ、と顔を引きつらせているチエリに、私は気にすることなくチエリの手と私の手を繋いだ。

 あぁ、今から自分が起こすことが楽しみで仕方ない。目の前の兄妹はどんな表情をするのだろう。王城の人たちも、そして帰ってきた国王に言われるであろう罵倒も。
 そこに私が居ないのは酷く残念だが、きっと数時間後にはどうでもよくなる。

「本当にエルリック殿にそっくりですね……」

「あらチエリ。それは褒めてるの?」

「さぁ、どうでしょう」

 チエリは仕方ないと困ったように笑みを作って、私の手を強く握り返した。
 さて、目の前で未だに色々と言っている彼らに言わなくては。本当に怒られる側は自分達ではないのかと。

「エルがね、最後に私に言い残したの。この国に置いてある僕のものは全て姉さんのものだ、って」

 ローレンよりも奥の遠くを見つめる。ローレンはその視線にまさか、と淡いピンク色の瞳を見開いて表情を悪くした。

 ローレンは次期国王。父である国王が留守にすれば国を任される事もある。何度か任されることがあったようだけど、その度に別に問題はなかった、と言われている。
 なのに今回任された直後にした事は宴。ローレンは宴というものが大好きだ。
 だが国のものを使えば、すぐに国王にバレて自分は追放されるだろう。

 だからローレンは国のものでないものを質屋に入れる約束をして、お金作りをした。それはエルリックが私のためにと置いていった宝の山。

 見たこともない宝石や水晶。服や布。魔法具や武器まで。私だって本でしか見たことないものが沢山あった。別に要らない、と言っても「いつか役に立つと思うから」と置いていった品々。
 きっとローレンも見たこともないものもあったと思う。
 ただ彼は審美眼だけは確かなものだ。だから質屋という選択に出たのだろう。先に査定してもらったお金を貰って、後から物品を取りに来るという順序で。
 ローレンはあれが自国のものではないと理解した上で、無許可で行ったことだ。
 自室か研究室か図書館に篭りきりの私が気付くわけない、と思ったのだろう。
 賢いがツメは甘い。今回のことで学んでほしいものだ。でないと、国の転覆の危機に起こっても不思議じゃない。

「っ! そこのお前、宝物庫を見て来い!」

 慌ててそばに居るものに宝物庫に向かうように指示し始める。
 その様子を見て、つい唇が弧を描いてしまった。だってもう遅いのだもの。

「私がここに居た理由は図書館の本。やっと今日それを読み終えたの。だからね図書館のもう用がないの」

「よ、読み終えた……?」

「あぁ、勘違いしないで。興味あるものだけ。それ以外はどうでもいいの。私は出て行くけどエルリックと国王様には謝っておいてね」

 ローレンとユリリアに手を軽く振れば、チエリはそれが合図のように私の中にチエリの魔力が流れ込んでくる。それは私の足下にある影の中へ呑み込まれる合図。

 私とチエリはその場から姿を消した。
 チエリの魔法は極東の秘術。門外不出で有名な民族の秘術に、その場に居た、つまりはどの魔法士にも分かるわけがなかった。

 その日私とチエリはエルリックが置いていった宝物と、ゴマを擦っていた者から半ば押し付けるように貰った調度品と共に王城から消えた。
 それが二週間前、王都クレモデアからトンズラしたことだった。
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