魔法薬師と魔王の今日これから

緒海ちろ

文字の大きさ
24 / 29
一章 ソフィアと魔王

花の名

しおりを挟む
 身体がふわり、と暖かくなる。恐る恐る目を開ければ、私を呑み込もうとしていた炎は無い。代わりに地面が青白く硬いものになり、息を吐くと白くなった。

「氷……?」

「ソフィア殿!」

 未だに理解が出来ない私にチエリが勢いよく抱きつく。ここは氷の上。私は今、滑り止めの靴なんて履いていない。
 バランスなんてとれたものじゃなくて、チエリが抱き着いてきたと同時にぐらり、と後ろに倒れる。視界に空が入る。

「あれ」

 これは転ぶ、と思ったのに背中に痛みもなくて、私は中途半端なところで体勢も視界も止まる。背中に感じるのは僅かな温度。
 何度か瞬きをしていると、空一色の視界に違うものが現れた。そこでやっと合点がいく。

「あ、ゲラルドか。そうか、魔法」

「帰ってきたら火柱が立っていたなんて、どんなサプライズだ」

「あれはバックドラフトっていって、一酸化炭素が充満して酸素がない空間に空気を送り込むと起こる現象でね――」

「いや、原理は聞いてない。お前はなんでそう、考えがあるようでないんだ」

「実験には失敗がつきもので」

「ちょっと黙ってください!!」

「はい」

 チエリに怒鳴られてしまった。
 確かに今のは私が悪い。もう少し考えを巡らせていれば、起こらなかった事だ。
 僅かに震えているチエリ。呆れた表情のゲラルド。
 どちらにも迷惑をかけてしまった。

「ごめんなさい」

 かけていい迷惑と、かけちゃいけない迷惑がある。今回のはかけちゃいけない方。
 私に抱きついていたチエリは顔を上げて、鋭く睨んでくる。赤い瞳が潤んでいる。

「本当に思ってます!?」

「うん。今回のは考えなしだった」

「確かに実験には犠牲がつきものです。でもソフィア殿が焼身自殺なんてしたら、某は切腹しますからね!」

「はい。すみません」

 チエリが私から離れると、鼻をズッと鳴らしながら乱暴に涙を拭った。

「罰として一人で片付けしてくださいね! ゲラルド殿も手伝わないように!」

「え、このカチコチの窯を?」

「魔法具でも使っては!?」

 その魔法具も一緒に凍っているんですが。
 だが今のチエリに私は反論はしない。今回のは全面的に私が悪いから。
 大股で帰ってしまうチエリ。取り残された私とゲラルド。ゲラルドが私の肩を軽く押して、倒れそうだった体勢から直してくれる。

「ありがとう、ゲラルド。死ぬところだった」

「だろうな。こんな過激な出迎えは初めてだ」

「……油も蒸発すると思ったんだけどね。ダメだった」

 上手くいくと思ったんだけど。どうやらこの方法では駄目らしい。
 困ったぞ。手詰まり状態だ。
 仕方なく、薪を切っていた近くの斧で氷をかち割っていく。ゲラルドはその様子をジッと眺めてきた。

「娘、なぜリモングラスに固執するか、前に聞いたな」

「あー、あったかも」

「あの村に使うためだろう?」

「あぁ、うん、そう」

 ナタリアさんから聞いたんだろう。私もちゃんとナタリアさんに話した覚えないけど、あの人一応村長だし。村で私が話したことを聞いて予想したんだろう。
 私の答えにゲラルドは「何故だ」と聞いてくる。

「何が?」

「僕は勘違いをするところだった。血も涙もない、頭のネジどころか倫理観すらも皆無な奴だと思っていた」

「すごいね。そこまでなれたら羨ましい」

 ふふ、と笑う私にゲラルドはやっぱり今日も難しい表情をしている。
 でも悲しそうではない。きっとナタリアさんと色々話して、私に何か言いたいんだろう。ナタリアさんは他人の心を動かすような人だから。

「お前は今、馬鹿にされたんだぞ。怒らないのか」

「別に怒るほどでもないし。そもそも仮説の話じゃん? そう思ってる、って現在進行形でも、それが私の評価で――」

「僕は悲しい」

 魔法具がなんとかとれて、状態を確認していた。よかった、まだ使えそうだと息を吐いた時だった。
 ゲラルドが私を真っ直ぐ見つめてくる。

「……悲しい? え? なんで? ゲラルドになんか迷惑かけた?」

「違う。そうじゃない。僕は娘が魔法薬師になるために協力している。娘は僕に衣食住を提供している。対等だと思っている」

「そうだね。私が提案したし、異論はないよ」

「だからこそちゃんと話してほしかった」

「なんで?」

「対等だから話し合い、助け合うものではないのかと僕は思っている」

 前のように悲しい表情も寂しい表情もしていない。私をしっかりと見つめる瞳。
 ナタリアさんは本当に人を奮起するのが上手だ。

「だから僕は話し合いたいし、助けてもらうだろうし娘を助ける。全て分かってほしい、とは言わないが僕がそう思っていることを頭には入れておいてほしい」

「どうして?」

「僕がそうしたいからだ。これまでも。これからも」

 晴れやかな表情で宣言するゲラルド。まるで今までうじうじ悩んでいた事を吹っ切ったように。
 ゲラルドの言いたい事はわかった。ただそれよりも、私はゲラルドが最後に言った内容の方を確かめたかった。
 だってその言い方だったら。

「……これからも魔法薬師になるために協力してくれるの?」

「あぁ。だが一つ条件がある」

「内容による」

「僕以外のやつで実験や魔法具を使うのはやめろ。僕は特段魔法に耐性があって、頑丈なんだ。その辺の者と違う」

「自分で言っちゃうんだ。いいよ、分かった。ゲラルドが嫌だ、って言うまで守るよ」

「では永遠に来ないな。契約してやる。右手を出せ」

 ゆるりと持ち上がるゲラルドの唇に私も釣られるように笑みを作る。
 ゲラルドに言われた通りに右手の甲を上にして差し出せば、私の右手の小指とゲラルドの右手の小指が絡まる。

「ここに契約を交わす。ソフィア・コネリーに協力し、ゲラルド・ヴァインセンの条件に従うものとする。……このまま契約を交わすなら、認めることを言え。ただし契約はそうそう――」

「承認した!」

「おいっ」

 ゲラルドと私の右手の小指が眩い光に包まれる。数秒すると光は収束していって、指に小さく模様が浮かぶ。魔素の花の形だ。
 まるで指輪のようで、私は何度も自分の右手を見つめる。ゲラルドはそんな私を見て、小さくため息をついた。

「わー、綺麗。ゲラルドが選んだの?」

「娘、お前ホイホイ契約なんてするものじゃないからな。分かってるか? どんなにあちらがいい条件を提示してきても裏があると――」

「説教はチエリで十分でーす! この花、ゲラルドも好きになったの?」

「そういうわけじゃない。あの花の花言葉は幸福。娘と僕に幸福を、と願ったものだ」

「へぇ。前からあったんだ」

「ローズピンク。昔教えてくれた。誰が教えてくれたか、もう覚えないがな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~

ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。 そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。 自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。 マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――   ※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。    ※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))  書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m    ※小説家になろう様にも投稿しています。

幼馴染の勇者パーティーから「無能で役立たず」と言われて追放された女性は特別な能力を持っている世界最強。

佐藤 美奈
ファンタジー
田舎の貧しい村で育った6人の幼馴染は、都会に出て冒険者になってパーティーを組んだ。国王陛下にも多大な功績を認められ、勇者と呼ばれるにふさわしいと称えられた。 華やかな光を浴び、6人の人生は輝かしい未来だけが約束されたに思われた。そんなある日、パーティーメンバーのレベッカという女性だけが、「無能で役立たず」と言われて一方的に不当にクビを宣告されてしまう。恋愛感情は、ほんの少しあったかも。 リーダーのアルスや仲間だと思って信頼していた幼馴染たちに裏切られて、レベッカは怒りや悔しさよりもやり切れない気持ちで、胸が苦しく悲しみの声をあげて泣いた――

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...