落花流水、掬うは散華 ―閑話集―

ゆーちゃ

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―番外編― 逆タイムスリップ①

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【注意事項】
※このお話は、―番外編―です。
※「落花流水、掬うは散華」の本編・閑話集のどちらとも一切関係のない話となっています。
※完全に筆者のお遊び作品です。(ここ重要)

それでもいいよ!という方のみ、どうぞ読んでやって下さいませ。



 * * * * *



 心地よい睡眠を邪魔してくれたのは、どこか懐かしくも感じるやけに騒々しいたくさんの音だった。
 それらは覚醒するにつれどんどん膨張し、たまらず瞼をこじ開けた。

 霞む視界と朧げな意識をはっきりさせるべく、ゆっくりと身体を起こし手の甲で目を擦る。

 くすんだ空を侵食するのは所狭しと立ち並ぶ無機質な建造物。
 耳障りな不協和音を奏でるのは鳴り止まないあまたの電子音。

 目の前に広がるのは、冷たい質感の人工物に埋め尽くされた、よく知っている世界だった。

「うそ……ここって、まさか……」

 騒ぎ出す心臓を押さえつつ辺りを見渡せば、私の周りには浅葱色の羽織を纏った人達が十名ほど転がっていた。

「って……ちょ……ええっ!? どういうことっ!?」

 全員揃ってタイムスリップしたのか?
 なんで!?

 確か……。
 いつも通りに巡察を終え部屋へ戻ってきて……文机に向かう土方さんの背中を見た。そうしたら、抗えないほどの睡魔に襲われて……。
 そこまでの記憶はあるけれど、そこまでの記憶しかないとも言う。

 何が何だかさっぱりわからないけれど、人通りも多いこんな道端で、いい年した大人が大勢で寝転がっているのは邪魔以外の何ものでもない。
 道行く人達の冷ややかな視線にも気がついて、慌ててこの場に眠る全員を叩き起こした。

「お、おい、これは一体どうなってんだ? ここは何処だ!?」
「土方さん、落ち着いて下さい」
「お、落ち着いてられるかっ! 何か知ってるなら今すぐ説明し――ッ!?」

 とりあえず、騒がれたくないので口を塞いでみた。
 塞いだついでにそのまま引き寄せて、そっと耳打ちする。

「土方さん、どうやらここは私のいた時代みたいです」
「ぬっ!?」

 くぐもった声と同時に、土方さんの目が大きく見開かれた。

「こんな往来で騒ぎを起こすのはマズイので、少し場所を変えたいです。協力して下さい」

 近藤さんや山南さん、沖田さん、斎藤さん、藤堂さん、永倉さん、原田さん、井上さん……という試衛館のメンバーに山崎さんを加えた、所謂、新選組の有名幹部が勢揃いしている。
 こんなの……本人だとバレたら大騒ぎどころの話じゃない。

 普段はみんなとっても頼りになるけれど、今は……どうみても私がしっかりしなくちゃいけない様子。
 とはいえ、混乱した大人達を一人で纏めきれる自信はないので、ここは神頼み……いや、鬼頼み。土方さんを頼ることにした。

 相変わらず察しの良い土方さんは、このままではマズイということだけは理解してくれたようで、黙って頷くのを確認するなりその口を解放する。
 と同時に、意識がはっきりした人達から順に、不安と動揺の声が漏れ始めた。

「と、とりあえず、黙って私についてきて下さいっ!!」

 立ち上がり慌てて告げるけれど、歩き出そうとした私の腕を近藤さんが掴んで引き留めた。

「春、何か事情を知っているのか?」
「えーっとですね……その……」

 移動よりも先に伝えるべきだろうか?
 そのためには、私の秘密も明かさなければいけないような気がするけれど。
 一度に話し、余計に混乱させて収集がつかなくなっても困る……と迷っていれば、どうやら土方さんも同じことを思ったらしい。

「近藤さん、一先ず場所を変えた方がいいらしい」

 わかった、と意外にも冷静に近藤さんが頷く横で、山南さんが不安そうにこちらを見た。

「一体ここは……何処なんだい?」
「山南さん、詳しくは後でちゃんと説明します。とにかく今は移動を――」
「ああっ!? もしかしてここは、春のいた――ぐふっ」
「源さんっ!! 今は移動だろ!? なっ?」

 慌てて口を塞ぐ土方さんの殺気をも帯びた視線に、井上さんは激しく首を上下させながら頷いた。
 その様子を見ていた山崎さんも状況を察したようで、みんなに向かって声をかけた。

「どうやらここは、春さんのいた故郷のようです」

 や、山崎さーん!
 言っちゃいますか? 今、それを言っちゃいますか!?
 “故郷”と言っただけで“時代”とは言っていないから、私の秘密を暴露したことにはならないけれど!

 ここで事を荒立てないようにと、土方さんが井上さんの口を押さえたことが完全に無意味と化した。
 固まった二人に視線を戻せば、井上さんの口を塞いでいた土方さんの手もぽとりと力なく落ちた。

 と、とにかく移動しよう!
 改めて全員を見渡し口を開こうとすれば、今度はふらりとどこかへ行く沖田さんの背中が見えた。

「ちょ、沖田さん!? 勝手にどっか行かないで下さい!」
「怪しい人がいたので、尾行しようと思ったんですけど……」

 尾行と言いつつ、刀の柄に手をかけているように見えるのは気のせいか? 抜く気満々か!?
 それほど怪しい人とは一体どんな人物なのか……と、沖田さんの視線を辿ってみた。
 濃紺のパンツに濃紺のジャケット、そして濃紺の帽子……って、お巡りさんじゃないかっ!

「お、沖田さん! あの人は怪しくないですからっ!」

 むしろ、今の私達の方が数倍怪しいから!
 沖田さんの背中を押してみんなのもとへ戻せば、次は藤堂さんが、子犬のようなまんまるな目で前方を指差した。

「春……あの塊、何……」

 藤堂さんが指差す方を全員で見れば、永倉さんは動揺を隠しきれないのか、明らかに震える声で藤堂さんに説明し始める。

「お、落ち着け、平助。あれはな……きっと、あれだ。……猪だ」

 えっ、あ、うん。そうだね。
 大きさとか質感とか全然違うけれど、凄い速さで真っ直ぐに走っているしね。猪突猛進、まさに猪だぁ!
 ……って、んなわけあるかぁー!

「あれはですね、自動車と言って、駕籠みたいに移動するための乗り物です」

 二人に向かって簡単に説明をすれば、側に立つ原田さんが豪快な声を上げ納得する。

「ありゃ鉄か? 鉄の駕籠とは洒落てるな! 随分はええが、駕籠舁《かごかき》はよっぽど鍛えた奴なんだな!」

 そ、そうくる……?
 早すぎて見えていないのかな? 駕籠舁いないからね? タイヤだからね?
 人力であのスピードが出せたら、それはそれで凄いからねっ!?

 驚いているかと思えば妙に冷静だったり、普段と少し違うみんなの反応は読めなくて正直面白いけれど。
 そんなことを思っていたら、斎藤さんが頬をつねった。

「これは夢か? 幻か?」

 夢かどうか確かめるために頬をつねるという行動は、決して珍しくはない……と思う。
 がっ!
 斎藤さんがつねっているのは私の頬なのだけれど! しかも両頬って!

「しゃ、しゃいとーしゃんっ!」
「何、だ……くくっ」

 なっ! 笑われたし!
 堪えきれなかったらしい斎藤さんは、私が払うより先に自らその手を離し、くるりと背を向け肩を揺らした。

 自分でやっておきながら笑うって、どういうことだ!
 その背に向かって一言文句を言おうと思うも、突然視界に入ってきた手が私のおでこを弾いた。

「おい、場所変えるんじゃなかったのか? 遊んでねぇでとっとと案内しろ」
「あっ、変えます! 移動しますっ!」

 痛むおでこを摩りながら頷いてみるものの、どこへ行こうか。
 ひとまず、あまり人気のないところを目指そうと改めて全員に声をかければ、今度こそ揃って歩き出すことが出来たのだった。
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