落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 落の章 】

065 望みと願い

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 大坂から帰って来ると、翌日には普段通り巡察に出た。
 どうせ幕末、江戸時代にいるのだから、もう少しこの時代のお正月を味わいたかったけれど……屯所も市中もお正月の雰囲気は消え去っていて、すっかりいつも通りの日常だった。



 今の今まで、ゆっくりと顔を出す暇もなかったから、巡察が終わり次第、その足で山南さんの部屋へ向かった。
 人づてに聞いた話では、年末の風邪は一度良くなったものの、寒さのせいか体力が落ちているせいか、寝たり起きたりを繰り返すばかりで部屋に閉じこもりがちだという。
 この日は調子がいいという山南さんの前に腰を下ろすと、沖田さんが買ってきてくれたというお団子を、一人では食べきれないから、とお裾分けしてくれた。

「新年早々、ご苦労だったね」
「いえ、お仕事ですから。でも本音を言うと、もうちょっとだけお正月気分を味わいたかったです」

 そう言って苦笑すれば、山南さんも同じように笑ってくれて、お団子をいただきながらいつものように他愛もない話をしていった。

「そういえば、もう少しで梅が満開になりそうです」
「梅、か。……そうか、もうそんな季節なんだね」

 少しだけ開いた障子に視線を移した山南さんは、どこか遠くを見るような目で隙間から外を眺めた。

「山南さん。今度、梅を見に行きませんか?」

 体調が優れないとはいえ、ずっと部屋にいるばかりではきっと気分まで落ち込んでしまう。
 そんな状態では、色んなことを悲観的にとらえてしまいかねない。
 その横顔は少しだけ戸惑っているように見えたけれど、ゆっくりとこちらを向き、優しく微笑んでくれた。

「そうだね。体調がいい時に」
「はい!」

 外に出て日光を浴びて、肌を刺すような冷たい空気でさえ、季節を感じるためには大切なこと。
 そういえば……。

「山南さん、年賀の挨拶状はもう書きましたか?」
「年賀の? そういえば、今年はまだ書いていなかったかな」
「年末から体調崩してましたし、仕方がないです。今からでも間に合うと思いますよ?」
「そうだね。あとで書くことにするよ。思い出させてくれてありがとう」

 そう言って微笑む山南さんの顔は、とても儚く見えて、続ける言葉を見失ってしまった。
 二人の間に落ちた沈黙を破ったのは、山南さんだった。

「ここのところ体調を崩すことが増えてしまったから、みんなには迷惑をかけてばかりだね」

 そんなことないです! そう反論しようとした私を制するように軽く右手を上げ、再び障子の隙間に視線を移す。その横顔は、何かを堪えるように苦しげで、ゆっくりと絞り出すように言葉を紡ぐ。

「体調はね、寝ていればいずれ回復するんだ。でもね、腕は……左腕だけは、いまだ思うようには動かないんだ……」
「それは……それはきっと、まだ――」
「このままずっと動かなかったら、もう、今までのように刀を持つことはできないね。そうしたら私は……厄介払いされてしまうのかな……」
「山南さんっ!」

 気がつけば、呼び止めるようにその名を呼んでいた。
 だって、このまま消えてしまうんじゃないかと思うほど、あまりにも儚げな横顔だったから。

「山南さんは私にとっても、新選組にとっても必要な存在です! だから、そんな言い方しないでください!」

 ゆっくりとこちらを向く表情は、酷く苦しそうな笑顔を浮かべている。

「はは……君ならきっと、そう言ってくれると思ったよ。……本当に、君は優しいね」
「そんなんじゃありません。私はただ、真実を口にしただけです」
「真実、か……」

 山南さんは右手で怪我をした左腕を一撫ですると、真っ直ぐに私を見た。

「なら、真実を教えてくれるかい? この腕のこと、医者は何と言っているんだい?」
「え……」

 思いがけない問いに、すぐ答えることができなかった……。
 そんな私に嘆息した山南さんは、普段の人柄からは想像もつかない、蔑むような視線と声音で私を問い詰めた。

「君はいつも、まだ完治していないからと言うね。完治には時間がかかるとも」
「山南、さん?」
「君は……君は!! この腕が本当に治るとでも思っているのかっ!?」

 それは、初めて聞く山南さんの敵意剥き出しの怒鳴り声だった。
 普段、笑顔で優しい人ほど怒らせたら怖いというけれど、本当にそうなのだと思った。それでも黙っていることはできなかったから、膝に乗せた手をきつく握ると、小さく深呼吸をしてから山南さんを見つめた。

「……思って、います。私は、治るって信じてます」

 すぐに、山南さんのため息まじりの呆れ声が響いた。

「君のその優しさも、ここまでくるとおめでたいね。でも、君からしたら所詮は他人事だ。どう思おうと君の自由だよ」
「……っ! 他人事だなんて、そんな風に思ってません!」

 思わず声を荒らげてしまった。
 けれど、他人事だなんて思ったことは一度もない。そんな風に誤解されたままは嫌だ。
 それなのに、言葉を紡ぐよりも先に視界が揺らぎ始め、決壊しないようにと奥歯を噛みしめれば、山南さんこそまるで他人事のように淡々と語り始めた。

「そう。それなら教えてあげようか。私がどんなに望もうと、君がどんなに願おうと、私の左腕は二度と満足に動かすことはできない。今までのように刀を持つことは、もうできないんだよ。おそらく、医者もそう言っているんだろう?」

 耳鳴りがしそうなほどの沈黙に包まれた。それでも耳を澄ませば、夕餉のために広間に集まり始めた隊士たちの賑やかな声が遠くに聞こえる。
 俯いてしまえば、すぐにでも涙が溢れてしまいそうで、ただ真っ直ぐに山南さんを見つめることしかできなかった。

「怒鳴ってしまってすまなかったね」
「……いえ」
「すまないが、少し一人にさせてくれるかい」
「……はい」

 静かに立ち上がると、また来ます、と告げてから山南さんの部屋を後にした。
 広間へと繋がる廊下を歩き、ふと、足を止めれば色々なことが頭の中を駆け巡る。

 本当に、山南さんはもう刀を持つことができないのだろうか……。治ると信じて励ますことは、山南さんを苦しめてしまうだけなのだろうか……。
 私が知っている山南さんは、いつか脱走の末に切腹させられてしまう。
 もしかして……これが原因で脱走を……?

 正直なところ、脱走そのものを食い止めることは難しい。四六時中側で見張ってでもいない限り、自分の意思で出て行こうとする人を止めることなんて不可能だ。
 だとしたら、脱走しようという気を起こさせないようにするしかない。脱走さえしなければ、法度にも触れず切腹にもならないはずだから。

 私は山南さんに救ってもらったし、希望も与えてもらった。それなら次は、私が山南さんを救う番だ。
 今はまだ、どんな方法があるのかもわからないし、私なんかの力じゃ何の役にも立てないかもしれない。
 それでも諦めたくはないから、泣いている暇なんてない。
 目に溜まったままの涙を少し荒っぽく拭って顔を上げれば、空には小さな雲がいくつも散らばっていて、赤と灰の斑模様を描いていた。

 山南さんは、絶対に私が守ってみせる。
 そう強く心に誓うのだった。
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