俺と彼女の共呑み日記

味噌漬け

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第8話 シチュー 前編

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「それでコーハイ。どう思う?」

「いや、どう思うって言われてもっすね~。」

 目の前のコーハイがコーヒーを飲みながら困った顔で言う。
 今、俺は水国さんに教える料理についてコーハイに相談していた。もちろん、彼女の名前は伏せた上で。

「そもそも俺、料理できないっすよ。シゲ先輩も知ってるっすよね?」

 コーハイは料理ができない…というより見た目は綺麗なのだが、とにかく味が不味すぎるのだ。
 その味はあのコーハイラブのセンパイにして「私が料理するからしなくてもいいぞ。」と言わせるほどだ。
 料理の才能というよりメシマズの才能があるのだろう。

「あぁ。知ってる。だからこそお前に聞きたいんだ。お前が料理を教わるとしたら何が作りやすい?」

「…あ~そういうことっすか。」

 コーハイは納得した顔で頷く。
 そう、料理と言っても炒め料理や煮込み料理、蒸し料理など種類は沢山ある。
 豊富な種類の料理の中から作りやすい献立を選ぶのはそれなりにプレッシャーがあり、ベストなレシピを考えるにあたって、失礼だが料理が出来ないやつからの意見がほしいのだ。

「まぁ無難にカレーなんてどうっすかね?」

「カレーか…」

 キャンプや家庭科の授業の定番カレー…。
 確かにカレーならリカバリーも効くし、誰でも十分に美味しくできるだろう…しかし…

「でもカレーって家庭によって味が違くないか?」

「あ~確かに…」

 カレーは家庭によって作り方や隠し味が割と分かれる。
 意外と派閥もあって下手すればトラブルに発展するかもしれない。

「まぁ考えすぎだと思うっすよ。でも、シゲ先輩、高校の時から真面目っすからね~。」

 コーハイが笑いながら言う。
 俺はそこまで真面目ではないとは思うんだがな…。

「それならシチューとかは?それならそこまで味が変わることはないんじゃないんすかね?」

「シチューか…確かに…」

 シチューはありかもな。
 隠し味はそれなりに違う家もあるかもしれないが、流石にカレーほど作り方が変わることはないだろう。

「コーハイありがとうな。」

 俺がお礼を言うとコーハイはワハハと笑う。

「お礼なんて良いっすよ!シゲ先輩も水国先輩と楽しんでくださいっすね!」

「あぁ。……ん?」

 今こいつ水国先輩って言った?

「おい、なんで水国さんの名前が出てくるんだ?」

 俺がそう言うとコーハイは首をかしげる。

「あれっ?てっきり水国先輩に教えるんだと思ってたっすけど…違いました?」

「い…いや、間違ってはいないが…。なんでわかったんだ?」

「ん~いや、シゲ先輩がわざわざ人に相談するなんて、それなりに気を使ってるってことっすし、千尋に相談しないのは相手が女性だと間違いなくからかわれるからだと考えると当てはまるのは俺が知ってる限り水国先輩くらいかなぁと思ったんすけど間違ってました?」

 いや、大体合ってる…怖っ。

「あぁ…。概ね合ってる。」

 俺が内心ビビりながら言うとコーハイは再び笑いながら口を開く。

「そうっすか~!これで外れてたらダサかったっすね。それにしても水国さんが料理できないなんて意外っすね。」

「それ、本人も含めて誰にも言うなよ…。本人気にしてるから…。」

 俺の言葉にコーハイは胸を叩く。

「当然っす!シゲ先輩の大切な人を陥れるような真似はしないっすから、安心しててくださいっす!!」

「いや、俺と彼女はそんな関係じゃ…」

「あれっ?そうなんすか?……水国先輩も大変っすね…いやお互い様か…?」

 最後の方は小声で聞こえなかったが、何となく良いことではないんだろうなとは思った。

「おい?なんか言ったか?」

 俺が聞くとコーハイは慌てて手を振る。

「いやいやなんでもないっすよ!自分、これから講義あるんでそろそろ行くっすね!」

「ん?あぁ。わかった。ありがとうな。」

「いえいえ、これぐらいなんでもないっすよ!それでは!」

 コーハイはそう言って去っていった。







 
「…お邪魔します。」

「あぁ。いらっしゃい。」

 その日の午後、約束通りの時間に水国さんが来た。
 俺は水国さんをいつもの通りテーブルに案内する。

「アイスティーで良いか?」
 
 俺は前もって作っておいたアイスティーをグラスに注ぎ、彼女に渡す。

「…ありがとうございます。」

 アイスティーを渡した後、俺もテーブルにつき彼女と向き合った。

「今日はシチューを教えるつもりなんだが…どうだ?」

 俺が聞くと彼女は頷く。

「…はい。よろしくお願いします。」

「よし、じゃあこれから作るか。」

「…わかりました。」

 俺が立つと彼女も立ち上がり台所へと向かった。

「まずは肉の下準備からな。」
 
 俺達は台所に立つ。
 俺は台所のスペースに大学から帰った後に買っておいたシチューの材料を並べた。
 
「…はい。」

 俺は彼女の後ろに立って教えることにした。
 俺がある程度、進めるのもありだとは思うが、一からした方がわかりやすいだろう。

「まずは鶏肉のパッケージを破って、そこに置いてある塩コショウと酒をかけるんだ。量は入れ過ぎなきゃいいぞ。」

「…これですか?」

 彼女は塩コショウのボトルをとって振りかける。

「そうそう。」

 次に彼女は酒をもってほんの少しだけかけた。

「もっとかけていいぞ。肉が浸かるくらいな。」

「…わかりました。」

 そうして肉にたっぷりと酒をかけた。

「よし、それで肉の仕込みは大体終わりだな。肉を酒で漬けると柔らかくなるんだ。次は肉を漬けている間に野菜を切る作業だ。」

「…わかりました。」

 彼女はまず玉ねぎを取る。

「あ、いやまずじゃがいもを切ろう。灰汁を取らなきいけないからな。」

「…なるほど。そうですね。」

 彼女はそう言うと玉ねぎを起き、じゃがいもを持った。

「最初はじゃがいもを洗って皮を剥こう。俺が一旦お手本見せるから真似してくれ。」

「わかりました。」

 俺は台所の蛇口の前に行き、じゃがいもを洗い、皮をピーラーで剥く。
 普段は包丁で剥いているが、今回は水国さんもいるしピーラーの方が安全でいいだろう。

「よし、やってみてくれ。」

「…はい。」

 彼女は蛇口の前に行き、丁寧に芋を洗う。むしろ丁寧すぎるとも言っていい。
 汚れがなくピカピカだ。
 彼女はきれいになったじゃがいもをピーラーで剥いていく。
 そうして全部の芋の皮を剥き終える。

「それにしても剥きすぎだな…。」

「…す…すいません。」

 剥き終わったじゃがいもは身ががっつりと削ぎ落とされていた。
 ミイラではないが、じゃがいもが小さい人参みたいになっている。

「い、いや大丈夫。次はあまり剥きすぎないようにな。さて、次の工程はじゃがいもにおいて最も重要なことだ。これを怠ると下手すれば食中毒になる。」

 俺はそう言ってじゃがいもの芽をくり抜く。

「じゃがいもの芽は毒だからな。ちゃんと取り除くこと。」

「…そういえば小学校で習いました。」

 彼女は同じようにじゃがいもの芽を取り除く。
 しかし、余分な身も思いっきり削ってしまい、食べられる部分が減っていく。
 だが、彼女の一生懸命な顔を見ると止めることができない。
 じゃがいもを見るとこれ以上切る必要がないくらい小さくなっていた。
 取り除き終えると彼女はじゃがいもの惨状に気づいたのかじゃがいもを置き、俯いた。

「……………すみません。」

「だ、大丈夫大丈夫。まだ全然食べられるところあるし。あれだな、水国さんは力の入れ過ぎだ。もう少し力抜いてもいいんだぞ。」

 俺の言葉に納得したのか彼女は元気を取り戻す。

「…そうですね。がんばります。」

 彼女はフンスッと鼻息をならし気合いを入れる。
 しかし、次は最も懸念していた包丁を使う作業だ。

「次は玉ねぎだ。まずは玉ねぎの根の部分を切ってくれ。」

「…わかりました。」

 彼女はそう言って包丁を持つ…逆手で。

「いやいや!ちょっと待とう。」

 俺はあまりに予想外な持ち方に勢いよくツッコんでしまった。
 しかし当の本人は何がおかしいのかわからないって顔だ。

「…なんですか?」

「いや、それだと切りにくいだろう。」

 そんな持ち方じゃみじん切りもできないし、なにより危なっかしくて見てられない。

「俺が包丁の持ち方教えるから。」

 俺は勢いのまま彼女の手を触った。

「…あ。」

 彼女を見ると顔を真っ赤にしている。

「あ、す…すまない。」

 俺も自分がやったことに気づき慌てて手を引っ込めた。
 その後、空気が一気に静かになる。

「………」

「………」

 この重たい空気の中、彼女が口を開いた。

「…あの…大丈夫です。さっきの方法でご指導お願い…します。」

「え?良いのか?」

「…私、不器用で…聞いただけじゃわからないと思いますので。」

 確かに不器用ではあるが…さすがに男が教えるためとはいえ女性の肌に触れるのは…だが本人が許可しているわけだし…
 色々考えたが、彼女が望むやり方でするのが一番だろう。
 そんな言い訳じみたことを考えた俺は再び彼女の手に触れた。
 色々緊張するが落ち着け俺~

「まず、包丁の…握り方だが…」

「…は、はい。」

 俺は彼女にたどたどしい教え方ながらも人差し指を包丁の背に添えるタイプの握り方を教えた。
 なんか物凄くドキドキした…。
 彼女を見ると何か俯いていてどんな顔をしているかわからない。

「これが包丁の握り方だ。」

「…わ、わかりました。ありが…とうございます。」

 なんかもやっとした空気になるが、とりあえず気を取り直そう。そうしよう。

「よし、今度こそ玉ねぎ切るぞ。」

「…は、はい!」

「玉ねぎだが、まずはみじん切りを教えるぞ。」

 まずはスライスを教えるべきだろうと思うかもしれないがみじん切りだってゆっくりすればそうそう怪我するようなことはないし、みじん切りが出来ればスライスも覚えるだろう。

「まずは玉ねぎを半分に切って」

 俺がそう言うと彼女は力みながらも半分に切る。

「そして玉ねぎの筋にそって切れ込みを入れるんだ。」

「…こうですか?」

 彼女は玉ねぎに切れ込みを入れる。しかし、まだ浅い。

「そうそう。でも、もっと深くて良い切り落とさないくらいで十分だ。」

「…わかりました。」

 彼女はそう言うとしっかりと切れ込みを入れた。逆に深いような気がするがまぁ大丈夫だろう。

「次は横に半分くらい切れ込みを入れて…」

 トントンと丁寧に切れ込みを入れる。

「切れ込みを入れたらゆっくりでいいから切れ込みを入れた方の端から切るんだ。」

「…はい。」
 
 彼女はゆっくりと丁寧に切っていく。少し危なっかしいが、四分の一ほど切り終えた。

「…ふぅ。」

 彼女は疲れたのか息を吐き出す。

「大丈夫か?」

 俺が聞くと彼女は「大丈夫」と首を振った。
 そして同じ要領で残りもみじん切りにする。

「切った玉ねぎはそのポリ袋の中に入れて、次はスライスやるぞ。切れ込みを入れずにさっきみたいに薄切りにするんだ。」

「…わかりました。」

 彼女はそう言っておぼつかない包丁の使い方ながらも玉ねぎを切り終えた。

「最後は人参だ。人参は水で洗ったら食べやすい大きさに切るだけで良い。」

「…皮は剥かなくても良いんですか?」

「人参は元々洗われてるから皮むかなくてもいいんだ。もちろん、家庭菜園とかで採れたやつとかだと洗った方がいいがな。それに人参は皮の方が栄養が高いんだ。」

 俺が説明すると彼女は納得したのか人参を洗って一口サイズ切り出す。
 少しは包丁に慣れたらしい。

「…終わりました。」

「よし、それなら焼く工程だな。」

 俺は鍋を取り出す。

「この中に肉を入れて弱火でじっくり焼くんだ。そうすると柔らかく焼けるし、出た脂を拭けばアク取りにもなるぞ。」

「…そうなんですか。初めて知りました。」

 彼女は鍋に肉を並べ、コンロを弱火でつける。
 しばらく焼いてくといい具合に焼け色がついてきた。

「よし、そろそろひっくり返して」

「…わかりました。」

 彼女は渡した菜箸で肉を返していく。
 しばらくすると肉が焼けたようだ。

「そしたら脂をキッチンタオルで拭いて…そうそう…」

 丁寧に鍋の中にある脂を拭いていく。

「そうしたら、バターを入れて玉ねぎのみじん切りを炒めるんだ…」

 彼女はポリ袋に入っている玉ねぎのみじん切りを加えバターで炒めていく。

「一分くらい炒めたら他の野菜を入れてバターを絡ませるように更に炒めていくんだ。」

「…こんな感じですか?」

「そうそうそんな感じ。」

 しばらく炒めていくと少しだけ野菜がしんなりしてきた。

「炒め終わったら水を入れて、大体ルー1パックで700mI くらいな。」

 俺は彼女に軽量カップを渡す。

「…ありがとうございます。」

 彼女は軽量カップに水を入れ、鍋に注ぐ。

「そうしたら、キッチンタオルを入れて蓋をしてしばらく煮込むぞ。これでアク取りも兼ねているんだ。」

「…わかりました。アク取りは大変なイメージありましたが、これで楽にできるんですね。」

「そういうことだな。この間に洗い物するぞ。」

「…あ、はい。」

 俺達は煮込んでいる間、洗い物をした。
 洗い物を終え、しばらくすると鍋が煮えてきた。

「うん。良い感じだな。次はルーを混ぜるんだ。」

「…わかりました。」

 彼女はルーを入れ木べらでぐるぐると回した。

「……これで完成ですか?」

 彼女が俺の方に振り向いて言う。

「いや、この後、牛乳を混ぜながら煮込んでとろみをつけたら完成だな。」

「…そうですか。後もうちょっとで完成なんですね…。」

 彼女はほんの少し残念そうな顔をする。
 なぜこんな顔をするのだろうか。

「大丈夫か?」

「…いえ大丈夫です。味見お願いしてもらっても良いですか?」

「あ…あぁ。わかった。」

 しばらく煮込んでいると彼女からお呼びがかかった。

「…味見…お願いします。」

「あぁ。」

 俺はスプーンでシチューをすくい口に入れる。
 うん、十分に美味しい。まさしくシチューだ。

「美味しいぞ。」

 俺がそう言うと彼女は満面の笑みになる。

「…そ…そうですか?良かった…。た…高橋さんのおかげです!」

 彼女は感動のあまり少し涙組んでいる。

「いや、これは間違いなく水国さんが作った料理だよ。俺のおかげじゃなくてお前の努力の成果だ。」

 そう言うと彼女は震えながら

「こ…これが私が初めて作った料理…。う、嬉しいです!」

 と言う。
 そう言いながら俺を見る涙が少しだけ残っている笑顔がいつにもまして魅力的に映った。
 しかし、俺は彼女の中にある一抹の不安に気づいていなかった。
 



 

 




 
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