上 下
11 / 68
第2章 その比率は6:4なり

【一期一会】

しおりを挟む
 それでも何だか申し訳なさそうな表情で
俺を見る沙理奈、

こんなフィニッシュ、これまでのお客さんで
体験したことはあまりないだろうから。

それでも俺は強がるでも沙理奈をかばうでもなく
本心からこう伝えた。

「いや、ほんと、こんなかわいい女の子の口の中に放出しなくてよかったよ」

「うぅん、全然…出してくれてよかったんだよ…」

「また来るから、その時は…ね」

「うん!ありがと」

曇りかけた沙理奈の表情にようやく笑顔が戻った。

 入室してプレイが始まりフィニッシュまでの
約40分
プレイとトークの比率は約6:4、と言ったところか?

とにかくよく話した、プレイ中でも沙理奈は
手を止め口を放し、色々話しかけてきた。

だけどそれは決して時間稼ぎの行為ではなく
むしろ心地よく不快に感じなかったし
それだけ親しみを感じてくれていたと思いたい。

結果、俺は"発射"出来なかったにも関わらず
これまでにないくらいの充足感を得られた。

風俗店に来て言う台詞にはふさわしくないが
身体以上に心の繋がりすら感じられた。

本来は小説のネタ探しのための潜入捜査、
今回が"不作"ならまた別の女の子で…

などと考えていたが

初回でとんでもないヒロインを引き当てた。

 それでも俺はこの"潜入捜査"については
今回も一期一会にしよう、3年前と同様に

それでいいんだ…

この時間、この場所だけで思い出が綴られること
そんな儚さを物語として紡ぐことが美しい…

などと勝手な構想を描いていた。

疲れを癒すようにシャワー室へ向かうまで
しばらく二人並んで横になっている時

「ねぇ、後でお礼メッセージ書くから…読んで」

「う、うん、そんなのあるんだ?」

「うん!そうなの」

どうやらこのお店の系列グループのサイトがあり
そこで来店したお客さんに対して

女の子からのお礼の言葉がブログ形式で
公表されるらしい。

俺は名前を名乗るつもりはなかったし
それを見るにはサイトに登録しなければいけない…

"そこまですることもないだろう"

まあ見るだけなら見てもいいかな、とは
思ったが。

「うん、じゃあ帰ったら確認するよ、お店の名前で検索したらいいかな?」

「うん!ありがとう!じゃ、シャワー行こ!」

 沙理奈に促されすっかり疲れ果てた体を起こして
シャワー室へと向かった。

湯気の立ち込める狭いシャワー室でも
未だ俺たちの会話は止まらなかった。

が、いつもと違ったのは俺から発信して
あれこれ趣味の話題を振ることがなかった、
と言うこと。

こんなに波長の合う女の子と出会えたのに

この段階でも俺はまだこの出会いを
一度きりでも構わないと決め込んで

普段なら自分の趣味や制作活動について
あんな話、こんな話を切り出すのに
今回は敢えて身を引いていた。

何故なのか?

もう会いたくないと思ったわけではない
その話題に触れたくないと思ったわけでもない、

正直、彼女との時間が楽しすぎて
そんな話題すら出す必要にかられなかった。

年の差が20歳ほどもあることはさして気にならなかった、

年齢差を埋め合わせるくらいの話題やトークとネタは
それなりに持ち合わせているつもりだ。

最大の要因は趣味の小説執筆や楽曲制作について

やたらと自分の世界をひけらかせないほど
今、俺がやってる制作活動に自信がなかった。

 そしてこの短時間で沙理奈の好む世界観を
見い出すことが出来なかった俺の詰めの甘さ、

この話題を出してもし、
沙理奈から関心を持たれなかったら…?と
それを危惧していたのも否めない事実だった。

風俗に来てるのだからプレイに終始すればいい、
俺はそんな風には考えない。

短い時間でどれだけお互いを知り、わかり合えるか?
それがプレイに反映されるし
満足度の高さに繋がると思っている。

それを知るには40分は短すぎた、

そして沙理奈の魅力に圧倒され
そんなチャンスをみすみす逃してしまった。

だがしかし…

最後の最後にその手の話題を俺から引き出したのは
以外にも沙理奈の方からだった。

「今日はお仕事おやすみ?」

「うん、普段は夜勤だからこの時間に、ね」


「ねえねえ…お休みの時って何してるの?」

まるで子供のような罪のない表情で
沙理奈は俺にそう聞いてきた。
しおりを挟む

処理中です...