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第4章 深淵へ

【異体同心】

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 互いの息が触れ合うくらいの距離で
俺の足の上に向い合わせに乗ったさりーは

「じゃ!始めよっか!」

「え?」

そう微笑んで軽く俺と唇を重ねながらこう言った。

「クイズの答え合わせ!」

「あ…そう、そうだったね」

事前にトークで話していた
さりーにとっての最強音楽ジャンル当てクイズ
当たればごほうび、外れたら罰ゲーム。

罰ゲームとは言いながら恐らく大したものではない、
そう思い込んでいた俺だったが
音楽の分野で答えを外すのはやはり悔しい。

 俺はさりー世代が聴いて響きそうなジャンル
そして何よりも最大のヒントが
「観る聴く作るにおいて最強の」と言うさりーの言葉、

そこからひとつの解答を導き出した。

観る、聴く、だけなら答えは難しい
だが作る…となると…俺もクリエイターの端くれ、

動画作成がどれほど大変なことかは心得ている。

と、なるとこれしかない

ボカロ、または歌い手のどちらか
特にボカロPは自分で動画作成する人が多い

幾つかの答えを準備していたが、まず間違いないだろう…

「ボカロ…かなぁ?」

その瞬間、さりーの表情が何とも言えない
至福の笑顔を浮かべながらも驚愕の顔つきに変わった

「それで決定?」

「うん!」

そしてさりーは自分の名刺に手を伸ばすと

「じゃ、ズルしないようにこの裏に書いてるから、見せるね…じゃーん!」

そこには可愛い字で「ボカロ」、そう書かれていた!

「よっしゃー!正解ー!」

「えー!!何で!何でわかったのー?」、

「世代的なのとあと、作るってとこでね」

「えー!凄ーい!好きなボカロPとかいる?」

「俺はそこまで聴いてなくてね、息子が好きでよく聴いてたんだよ、ボカロの歌詞は大抵病んでる…とか言ってた」

「うんうん!わかるわかる!」

 さすがに自分自身でも驚いた、
もしかしたら前回の“悟り”の影響で
さりーの口の中に発射しなかったことにより

俺自身にも人の心を読み取る能力が備わったのかも、
などと妄想じみたことを考えたくなるほどだ。

推測は出来るもののこうも見事に正解出来るものか?
さりーとは何か通じ合うものを感じずにいられなかった。

それは“正解された”さりーもまた同様に
そう思ったかも知れない、あの笑顔を見る限りは。

 そんなさりーは俺の膝に向かい合わせに乗ったまま
嬉々とした表情で無邪気に体を揺らし

その度にそのしなやかな体躯が俺を刺激する。

小さな胸の膨らみが俺の体に揺れては当たると
それだけで股間が熱くなるのだが

どちらかと言えばそんな空気感よりも
音楽トークで熱を帯びた二人がそこにいた。

「他にも2つ答え考えててね…」

「え!どんなの?教えて…!」

ーまずひとつは90年代J-POP、
最近の若者の間でブームが再燃してるらしい

「あ!私も結構好きー!」

「そう言や『夢見る少女じゃいられない』好きって言ってたもんな」

「そうそう!で、もうひとつは?」

ーK-POPかな…?これもまた最近また
熱くなってるかなー?と思ってね。

「すごいね!ちゃんと分析して答え出してる!」

「音楽なら大抵の人と話せるかもね」

「あー!楽しかった…じゃ、横になろっか?」

 未だ俺の太ももの上に乗ったままのさりーは
そのまま俺を押し倒すようにベッドに横たわった。

しかし、ここから濃密なプレイが始まるわけではなく
さりーは俺の横に寝転がると
その柔らかな体と長い髪をすり寄せながら

トークと穏やかな愛撫を交互に続けた。

「そうだ!この前は口コミありがとう!」

「あぁ、あれ?口コミでさりーの人気が上がればいいな、と思ってね」

「そうなの?中にはさ、書いたら人気出るからイヤとか予約取りづらくなるから…て人多いみたいだよ」

「そっかぁ、そう言う考え方もあるんだね」

「うん、だから書かないんだって…」

俺はアイドルで言うところの“推し”を
みんなに拡散したい感覚で口コミを書いた。

それで推しの人気が上がるのなら俺にとっても喜び、

これはきっと俺のように過去にアイドルを
推した経験のある人間なら理解出来るだろう。


「そっか、俺はさりーの人気が上がったら嬉しいけどな」

「ありがとう!そんな風に言ってくれる人、なかなかいないけん嬉しい」

あどけない表情で喜びを表現する
さりーのイントネーションから地元感が伝わってくる

「何かさ、こっちの方言聞くと安心する」

「もう、ガチガチの地元民だから!」

 風俗嬢は身元や素性がバレないように
他県から出稼ぎ感覚で働く娘も多いが
さりーはそんなタイプではないらしい

トークの端々にもこの街の方言が散りばめられていて
そこに好感を抱いていたのだが

初対面の時はここまで露骨に方言を出していなかった。

そんな一面ですらさりーとの距離感が
少しずつ近くなっている、そう実感させられた。
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