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第7章 嘘だろ?

【不明瞭然】

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 お互いに開始当初のトークを読み返しては
あまりにもよそ行きな文章に笑った、と言うさりー

今のこの関係性を誰が想像しただろうか?

ーその頃の私たちは
今じゃこんなにになったこと
予想もしてなかっただろうね…

俺は“仲良し”…その言葉に過敏に反応した、

そうか、俺たちもう仲良しなんて言う間柄なのか?

 ひとりの風俗嬢と常連客の関係だったのが
いつの間にかあれやこれやのやり取りを繰り返し
来店すれば生まれたままの姿で愛し合う…

でも普段は趣味やお互いの家庭の会話に終始、

でもこうしてひとりの男と女として
日常的に言葉のやり取りを続けている…

俺らって一体、どんな関係なのだろう?

SNS隆盛のこんな時代、ならではの関係…

これを目くじら立てて
不倫や浮気と呼ぶのは早計で軽率だし

だからと言って友人と言うには
身体の交わりが無い、でもない…

つまりは友達だけど体の関係が
最後までではないにしろある…

でも普段は仲のいい同性感覚の友人
で、ありながらいち店員と客…

自分でも関係性の序列と
気持ちの切り替えをしていないと

何が何だかわからなくなりそうだ。

それでもただひとつ言えるのは

俺たちはビジネスとして成立する
限られた時間、限られた場所では
何一つ憚ることなく求め合う男と女、であり

話す時は友人、しかしながら
決められた場所で愛し合う時間は彼女…

普段のやり取りは…それもまた友人

 しかし今や俺とさりーは友人であることに関しては
時間と場所の境界線がなくなりつつある。

お店でも友人であり男女の仲、
でもトークの中では健全たる友達のまま…

トーク内で下ネタやプレイに関する話題に
及ぶ機会が少ないのがその証拠だ。

後はお店で彼女…として過ごす時と
日常でのやり取りのバランスがうまく取れていれば
この関係性は未来永劫続いてもおかしくはない。

割り切った関係、ではなく関係の棲み分け…
それが出来ていれば過ちは生まれないだろう

俺はそう思っていたし、
さりーもきっと同じ思いだった…はずだ。

 そして4月上旬にさりーを訪ねてから
2週間が過ぎようとしていたが

ここでひとつ大きな変化が生まれた。

さりーから届くトークの内容が
どんどん趣味や家族の話題が増加傾向となり

更には好きなアニメ当てクイズ出題の
影響もあってかアニメの話題が増え

遂にはこのチャット内容でのトークに
文字制限があることにお互いが気づいてしまった。

あまりにも長文のトークを書くと
途中から文字が入力出来なくなってしまう

そこでさりーは何と、
二回に分けて送信してくるようになったのだ。

実は客側は一度に1回しか送信出来ない、

再度送るには一定の時間を費やすか
さりーからの返信が届くまで不可能なのだ。

 さりーの送ってきた文章に全て答えようとすると
途中で文字制限になってしまう…

この文字制限との戦いもさりーとのトークでは
ごくごく日常的なものになっていった。

アニメ、海外ドラマ、音楽、そして
ありふれた日常会話に主婦トークのような家事の話…

本来はこのような会話をするためのトーク、
ではないはずだ。

訪問に際しての質問や性癖、
どのようなプレイを得意とするか
攻め派なのか受け派なのか…など

質問や予約に関することをメインに
少し話題を広げる程度のはずだろうし

実際にさりーもそんなことを話していた。

下手すれば検閲している運営サイドから
勧告を受けてもおかしくないはずだ。

にも関わらず二人のやり取りと言えば…

俺の趣味のひとつ、プロレスにまで
トークの話題は広がり

お互いの趣味トークがこれ以上増えると
収拾がつかないレベルにまで肥大化した頃、

遂に二人の距離を最も近づける要素となる
あるバンドの話題でもちきりになることに

俺はまだ気づいていなかった。

それを決定づけたのが4月20日…

俺がそのバンドのライブで大阪へと遠征する
バスの中で届いたさりーからの返信。

これが“あの日”へと向かう全ての始まりであり

このバンドが二人の共通項となったことが
今後の二人の関係性に大きな影響を及ぼすことなど

当然ながら予想だにしていなかった。

あの日から始まったやり取りこそが
あのあまりにも切ないドラマへの序曲となった

そう、そのバンドとは…
皮肉なことにかつてレイナとの間でも話題に出た

陰陽座…だった。
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